61話 「世の中は……」
ジャッドとオランドの立てた作戦は、すぐに第14部隊全体に共有された。
そしてすぐに3つほどのチームが構成され、人員が配備されていった。
2人の会話で配属が決まらなかったナタンは、結局調査チームに組み込まれた。
もし魔術を使った兵器であれば、部隊の中でそれに一番長けた彼が大いに活躍するはずだ。
一方ジャッドは王族であるという立場上、離れた場所で指示出しをすることになった。
オランド本人が彼女と一緒に行動すると宣言しているらしいから、心配する必要もないだろう。
……もっとも、ジャッドの正式な護衛役はアデルのはずなんだが。
その間も、セレストは目を覚ますことはなかった。
彼が暴走してから2日も経つにも関わらずだ。
レイモンは隙間時間に必ず様子を見に行ったが、彼は死人みたいに眠っていた。
寝返りも打たず、夢を見てうなされている様子もない。
ただ不気味に、静かに目を閉じていたのだ。
セレストが目を覚ましたのは、その翌日だった。
チュテレール軍の兵の準備が整い、明日開戦をすると決まった直後。
いつものようにレイモンが様子を見に行くと、突然彼の口が動いたのだ。
「…………悪かった」
一瞬、聞き間違えかと思った。
どこか近くにいた兵士が呟いたのか、ただの空耳かと混乱した。
しかしやがてセレストの重たい瞼がゆっくりと開いたのを見て、それが本当の出来事だとやっと理解できた。
「流石に、取り乱しすぎた……
あんな姿を晒して、本当に悪い……
お前の言う通りだよ、レイモン。
今俺が一人で突入しても、徒労に終わるだけだよな……」
「……」
レイモンは頷くしかなかった。
長く眠っている間に、精神を休ませると共に自問自答していたのだろう。
元気はなさそうだが、あの時の不安定さは微塵も感じられなかった。
まだ覚めきっていないセレストは、ゆっくりと起き上がる。
だが既に切れているはずの麻酔に苦しむかのように、すぐに頭を抱えた。
「うっ……どれくらい、寝てた……?
あれから、何か起きたか?」
レイモンは少しふらついている彼を支えながら、これまでに起きたことを全部彼に教えた。
話が終わった頃には、完全に眠気が覚めたようだった。
しっかりとした目つきでレイモンの話に耳を澄ませていたセレストは、顔に影を落とした。
「……そうか、作戦は分かった。
あの後、グエッラの兵器について分かったことは?」
「それが……ほとんどないんだ。
新兵器が使われるのはほぼ確実なんだけど、どんな特徴なのかさっぱりで。
諜報部とかヴェロニックの師匠とかが全力で情報収集しているけど、これ以上は厳しそうなんだ」
「……」
兵器の情報など、グエッラの機密情報として扱われているのは明白だ。
かの国はチュテレールの内部にスパイを送り込むのが容易なのだ。
そうやすやすと、情報を漏らすことはないだろう。
本来であればもっと時間をかけるべきなんだろうが、これ以上は敵にも準備の猶予を与えるだけになる。
レイモンでさえ大方の予想はついていたが、改めて言葉にすると気持ちが沈んでしまった。
レイモンは気持ちを切り替えるために、話題を変えることにした。
「そういえば、ヴァルキュリャがお前を攻撃チームの前衛に推薦したんだって」
「……は? 正気か?」
思わずセレストは、レイモンの顔を二度見した。
自分でも自分の危うさを自覚しているようで、彼女の判断が信じられないようだ。
これ以上追い詰められれば、セレストはどうなるか分かったもんじゃない。
最初レイモンが聞いた時も、耳を疑ったほどだ。
「でもあの人、『セレストが軍の中で一番やる気がある』って言っていたよ?
多分適当に人選を考えたわけじゃないと思う。
お前の本質的なところを見て、前衛が相応しいって思ったはずだ」
「……は……ははっ……」
俯きながらセレストは、乾いた笑いを溢した。
その声には、不安と安堵の両方が複雑に混ざり合っているような気がした。
だからこそレイモンは、言葉を付け加えた。
「大丈夫だ、僕も前衛に入ることになったから。
正直100%保証はできないけど、もしまたお前が我を失ったら必ず止める。
だから安心して暴れてほしい。
この剣に誓って、僕はお前を全力で見張ってやるよ」
レイモンの目には、あの時――自分の価値観を押し通すと宣言した時と同じ強い火が灯っていた。
それはまだ小さいが、とても温かいような感じがした。
セレストはしばらく言葉を詰まらせていたが、苦笑いを溢した。
「はぁ……全く、頼りない泥船だな。
そこまで覚悟を決めてんなら、もう少し強くなってくれ」
「う、うるさい!」
ムスッとしているレイモンをよそに、セレストは思わず吹き出しそうになっていた。
セレストはベッドから出ると、少しおぼつかない足で立ち上がった。
「レイモン、1つ頼みがある」
「ん?」
セレストにはいつもの飄々とした雰囲気が漂っていた。
しかし、顔はいつにもなく真剣。
真面目な話だと、レイモンは直感した。
「……俺の傘、預かってくれないか?
何なら捨ててくれても構わない。
こっから先は、遊び半分で戦っている余裕はないだろう。
だから俺は、最初から本気で暴れようと思う。
今まで自分が抑えられなくなりそうで、刀を人前で抜くのを避けていたんだが……
もうそんなこと言っている場合じゃないからな」
声が出そうになった。
それはいわゆる、いつものわざとらしい明るさを捨てるということだ。
それほど彼はこの戦いに真摯に向き合おうとしているのだろう。
だがそれは、自分の狂気を受け入れる覚悟をしたことも意味している。
レイモンが引き留めようとしたが、そのままセレストはテントを出てしまった。
外は曇り空だった。
兵士達が忙しそうに行き来する中、彼は一人で戦場を見渡せるような高台へと行く。
そこでは、崖の上にある敵の拠点が見えた。
動きは見えないが、恐らく兵器の準備を整えているところだろう。
この戦いの勝敗で、全てが決まる。
できることなら、自分の力で兵器を壊し、最悪の事態を防ぎたい。
そして世の中がこれまでと同様に、平穏であってほしい。
そんな気持ちに浸っていると、遠い昔に知った故人の短歌を口ずさんでいた。
「世の中は……常にもがもな、渚漕ぐ。
……海人の小舟の、綱手かなしも」




