60話 策略家同士の会話
会議が終わった後、ハイテンションなオランドはヴェベールと一緒に第14部隊の拠点へ向かった。
そして鼻歌を歌いながら何故かジャッドを呼び、指揮官用のテントの中でチェスを広げ始める。
軍の作戦を共有しながら対戦し始めた彼を、ヴェベールは眉をひつくかせながら笑顔で眺めていた。
「……てなわけで、この部隊にまた重大任務を任せようと思いましてね。
せっかくの機会だしぃ、あなたとお話しながら突入部隊の作戦を練ろうかとぉ。
いやぁ、ジャッド様と対局できる日が来るなんて、夢にも思っていませんでした!」
「そ、それは光栄だわ、少将……」
反応に困るジャッドをよそに、オランドは楽しげに黒のビショップを進めた。
横を見ると、ヴェベールは「オレのテントなのに我が物顔でくつろぎやがって」って言いたげだった。
確実に怒っているのだが、無理やり愛想笑いを作っている。
ジャッドは目線で彼に誤りながら、ナイトで先程動いた相手の駒を取る。
「でも、なぜ第14部隊にしようと思ったのかしら?
かき乱すっていう点なら、ドラクロワ中将の得意分野のような気がするのだけど」
「えー……だってあの人、暴れることしか考えてないんだもん。
確かに場を乱すだけなら最適任だけど、それだけじゃあ敵の目論見は阻止できないですよぉ。
ここは確実に素早くできる精鋭部隊じゃないと務まらないんだなぁ、これが」
オランドはため息混じりに、白のナイトをポーンで倒した。
ジャッドはそれを見て、自分の青色の髪をくるくるといじり始める。
「バランス型で精鋭揃い、かつ勢いもあるってなると意外と限られるんですよねぇ。
そうやって頭を抱えてたらさ、ヴェベール君と目があったってわけ。
お世辞抜きで、今回の突入部隊はここ以外だと無理だと思いますよ?」
彼が遊びに来たのは、そんな重い責任を押し付ける代わりに自分の頭脳を貸す為みたいだ。
そして今ジャッドと対局しているのは、半分は二人で作戦を練りたいからのようだ。
その点に関しては、ヴェベールも同感しているように見える。
ジャッドはビショップでチェックをかけ、自分の考えを整理するようにゆっくりと口を開いた。
「……なら、部隊を3つのチームに分けるのはどうかしら?
1つ目は、敵の兵器を探る調査チーム。
2つ目は、敵を撹乱して勝利の成功率を上げる陽動チーム。
そして3つ目は――」
「実際に兵器を潰す攻撃チーム、でしょ?」
オランドは満足そうにナイトを手に取り、キングを守った。
ジャッドは肯定するようにキャスリングという特殊な動きに出る。
その時、ずっと蚊帳の外だったヴェベールが話に入った。
「……なるほど、探りつつ攻めるというわけか。
なら調査チームはそれが得意な隊員数名で構成しましょう」
「うんうん、特にガルニエさんのお弟子ちゃんは必須だね。
そんで陽動チームは百人程度で行けるんじゃない?
ヴェベール君と子供の赤イノシシを入れればさ」
一瞬ヴェベールは”子供の赤イノシシ”が誰か分からなかった。
だがどうやら、アデルのことを指しているらしい。
まぁ人選としてはとても理にかなってはいるだろう。
「問題は攻撃チームの動きね……
少将は何か案、あるかしら?」
「うーん……そうですねぇ……」
オランドはルークを使って守りを固めた後、天井を向いて唸り始めた。
その間にジャッドは白のルークで黒のナイトを取り、彼の返事を待つ。
しばらくすると、彼女が動かした駒を自分のルークで取って思考を整理するように話し始めた。
「……敵の拠点は、崖の上にある。
これは結構厄介で、攻められる場所も限られちゃう。
でも裏返すと、逆に相手の退路が限られているんだよなぁ」
オランドは奪った白のルークをまじまじと眺めた。
ジャッドは彼を横目で見ながら、残ったルークを移動させる。
その後盤面を複雑そうな顔で、オランドは分析を始めた。
「詳細な拠点の布陣は既に把握済みだけど、穴というものもなさそうですし……
それこそ陽動チームで敵に穴を開けるしかないかなぁ。
そんでとにかく兵器の場所まで一直線に走って、目的地までたどり着いたら徹底的に潰す。
……どうですか? ヴァルキュリャ様」
オランドはクイーンを一歩手前に動かした。
それを見たジャッドは髪を再びいじりながら、次の手を考え始める。
「合理的だけど、1つ問題があるわ。
第14部隊は数百人の少数部隊だから、人員が足りなくなるはず。
そこはどうするつもりかしら?」
「あぁ、大丈夫!
ボクの兵を少し貸してあげますから!
ついでに攻撃チームが確実に敵陣に入れるよう、ボク自身が誘導してあげますんで」
ならば文句はあるまい。
人数不足以外にも、そもそも部隊が拠点にたどり着けないと話にならなかった。
だがそこもオランドは考慮し、彼なりにカバーするつもりのようだ。
ジャッドも、これ以上の妙案は思いつかなかった。
「そうね、あなたの提案に賛成するわ。
ただもう少し成功率を上げるために、1つ提案させて頂戴」
「へぇ? それは一体?」
「敵の拠点の位置の関係上、軍の中枢は高確率で崖の隅――
つまり、一番奥にあるはずよね?
兵器もそこにあるかは分からないけど、そこに一番たどり着きやすい攻撃チームに入れたい人がいるの。
彼は少し危なっかしいけど、意欲と熱量は他の兵士と段違いだから」
「――んん?」
オランドは彼女がビショップを動かしてチェックを決めたことに、首を傾げた。
局面的にも話の内容においてもジャッドの考えを読めずに、どうすればいいのか分からないようだ。
ずっと2人を見ていたヴェベールも、一体誰のことを指しているのかと頭を悩ませた。
しかしほどなくしてある人物が脳裏によぎった途端、ヴェベールは思わずぎょっとした。
「おいおい、まさか――
セレストのことを言っているのか!?」
ジャッドは力強く頷いた。
部隊の最近の内情をよく理解していないオランドは不可解そうに、彼女が動かしたビショップを奪った。
「彼は精神的に今不安定だし、戦いの時にどうなるか分からないわ。
でも、1つ言えることがある。
それはね、彼の狂気はこの戦争がもたらすかもしれない最悪の未来を憂いているからよ。
だからこそ、チュテレール軍で一番やる気があって強いのはセレストだって断言できる」
ジャッドは説明しながら、クイーンで再びチェックを宣言する。
大方の事情を理解したオランドは、ヴェベールの顔を覗き込んだ。
彼は冷や汗をかきながら目を見開いている。
それがいかに危険なことなのか、それを物語るかのように。
「もちろん、彼の暴走を止めるための手段を用意すべきね。
なら、一緒にレイモンも入れましょう。
まだ実力不足なところはあるけど、彼なら絶対に止められるはず。
だから心配することはないわ、少佐」
笑みを向けてきたジャッドを見て、ヴェベールは何かを飲み込んだ。
実際、セレストの勢いはかなり重要になる気がしていた。
しかし彼が一体何をしでかすのか、誰も保証できない。
そうヴェベールが悩んでいると、オランドはキングを守っていたナイトでジャッドの駒を取る。
直後彼は背中を押すように、ジャッドの意見を肯定した。
「アハハッ、ボクそういう危険な手は大好物だよ!
いいんじゃないかなぁ、ヴェベール少佐?
あのレイモンって子、見くびっちゃいけないよ?
彼の土壇場で発揮する力はピカイチだからねぇ」
前の戦いで、オランドがレイモンを意図的に追い込んだ時があった。
その時彼は実力以上の成果をもたらし、ある意味で彼は限界を突破した。
であれば、セレストの監視を任せても問題ないかもしれない。
(まさか、レイモンがそこまで重要な立ち回りに入る日が来るとはね……)
そう思い、ヴェベールはため息交じりに頷いた。
「ふふっ、じゃあこれで行きましょう。
もう少し詰めないといけないところはあるけれど、それは追々話せばいいわね。
――はい、チェックメイト」
「……あぁぁぁぁあ!!??」
オランドは聞いたことのない声で絶叫した。
ジャッドは白のルークをキングの隣に置き、遠くにあるビショップと協力して退路を断ってしまった。
オランドは汗だくで必死に手を考えるも、やがてガクッと項垂れて負けを認めた。
ヴェベールはやれやれと言った感じで、首を横に振った。
ジャッドはそのまま、少し意地悪そうな顔をしてテントの外に出た。




