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59話 生き残るための作戦

 ヴェロニックが入手した情報は、瞬く間にチュテレール軍全体に広がった。

 あまりにも絶望的な内容だったため、同時に重苦しい空気も感染していった。

 

 ほぼ敗北前提の戦い。

 そうと分かれば、誰だって気持ちが落ち込む。

 だからこそ兵士達は、軍の指揮官に多大な期待を寄せていた。

 まるで神にすがるように。


「……」


 レイモンは、医療用のテントの中でその様子を眺めていた。



 彼の目の前には、未だに目を覚まさないセレストがベッドに横たわっていた。

 ジャッドの話ではとっくに麻酔は覚めているはずなのだが、一向に目を開ける気配はない。

 それだけ、彼の精神は参っていたのだろう。

 今はこのままゆっくりと休んでほしい、ついそう願ってしまった。


「……起きたら、どうなるんだろう?」


 冷静さを取り戻すのか?

 それともまた暴れだすのか?

 いくら考えても、答えは出なかった。

 だからこそレイモンは最悪の事態を想定して、苦虫を噛み潰したような顔で剣を強く握っていた。




***




 一方でチュテレール軍中枢では、緊急会議が行われていた。

 

 参加者は13人。

 今回の戦いの指揮を取るルイーズ・エベール総司令官。

 先の戦いで活躍したオランド少将、ドラクロワ中将、レジェ大将。

 その他参戦する将官8名に加え……

 今ヴェロニックが得た成果を共有している、ヴェベールだ。

 彼らは机の中心にあるテアトロの地図を囲むように座り、眉間にしわを寄せていた。


「……以上が、部下が得た情報の全てとなります。

 オレの推測ですが、グエッラ軍は未知の新兵器を使用してくる可能性が高いでしょう。

 ですので、最悪の事態を想定して我々は動いたほうがよろしいかと」


「そうね。ありがとう、ジャン」


 ヴェベールはエベールに向かって深く頭を下げた。


 

 エベールは軍のトップとは思えないほど、おしとやかな人物だ。

 見た目も垂れ目で水色のロングヘアという、優しい女性を想起させるものだ。

 

 本来階級の低いヴェベールの憶測に耳を傾ける必要はないが、彼女は最後まで真剣に聞いていた。

 誰もが想定していた内容というのもあるが、そもそもエベールは他人を否定することなんざしない。

 だからこそ、総司令官が務まるのかもしれない。


「かなり不利な状況ね……

 ジャンの推測が外れていても、甚大な被害が出る覚悟をした方がいいでしょう。

 マルク、何か妙案はあるかしら?」


「えぇ……ボクぅ?」


 エベールはこの中で一番頭が回るオランドに話題を振った。

 あまりにも重たい責任を押し付けられたせいで、彼はあからさまに嫌な顔をした。

 だが妻であるエベールの笑顔と、策略家としてのプライドに背中を押された。


「はぁ……こういう空気、だいっきらいなんだけどぉ。

 でも状況があれだし、おふざけなしでやらせてもらうよ?」


 そう言うと彼は珍しく、姿勢を正した。


「まず最優先事項として、相手の手の内を少しでも曝け出さないとダメだね。

 開戦当日ギリギリまで情報収集するべきだ」


 エベールは頷いた。

 同時に、オランドの正面に座るレジェが誰かを探すかのようにキョロキョロ見回す。


「なら諜報部の出番だが……

 おい、ガルニエは何処だ?

 こんな重要な局面にあの鵺面(ぬえずら)はいないのかよ」


「彼なら別ルートでグエッラの情報を自分で集めているわ。

 大丈夫、お詫びとして諜報部の部隊を少し預かっているから。

 私が直々に指示出しをしましょう」


 レジェは小さく舌打ちした。


 ガルニエは情報官として優秀だから、独自の情報ルートを持っているはずだ。

 恐らく本人しか扱えないのだろう。

 真面目な彼なことだし、恐らく情報を得られる確信があって動いているはず。

 そう、ヴェベールは考えることにした。




 構わず、オランドは話を再開する。


「んで、何も得られなかった時の作戦も投下するね?

 兵器の特性がわからない以上、高度な作戦は立てても無意味。

 だから柔軟に対応できるような兵の配置と指揮系統を築かないと」


 彼はリラックスするように、両足を机の上に投げ出した。

 しかし、顔は至って真剣で周囲の目を気にせず続ける。


「最初に、軍を12に分けて各将官の指揮下に置く。

 そんでさらに細かく分けて十数人程度のチームを幾つも作る。

 各チームにはリーダーを決めて、最悪個々で判断できるようにする。

 それをバラバラに配置するんだ。

 固めちゃ絶対にダメ、格好の的になるだけだから」


 ヴェベールは顎を触った。

 確かに、軍を細分化して柔軟に対応できるようにするのが最適解だろう。

 そして均等に兵を置けば、大きな被害が出づらくなる。


 だが、それだけでは足りない。

 そう思った矢先、レジェが不満を露わにした。


「……それだと最悪の事態が起きたときパニックになるぞ?

 それに、兵が戸惑う」


「そう、だからいくつかルールを設けたほうがいいね」


 オランドがそう言った途端、ずっと黙っていたドラクロワが低い声を漏らした。


「『敵の元帥と君主を殺す』……

 そうすれば、こちらの勝ちが確定する」


「うん、そうだね赤イノ……いや、ドラクロワさん。

 さらに万が一に備えて2つ追加しよう。

 1、異常事態時には将官が指定した場所に移動する。

 2、得体の知れない兆候を感じた場合生存を優先する。

 後は普通の戦いみたいに指揮官の指示に従う……くらい?

 異論反論、大歓迎だよ」


 将官達は何も言わなかった。

 唯一ドラクロワは”赤イノシシ”と呼びかけたオランドを睨みつけていたが、当の本人は無視した。

 彼ら以外は皆、少し暗い顔をしている。

 これ以上の妙案を、誰も出すことができなかった。




 だがやがて、思いついたようにエベールが顔を上げた。


「だけど、それじゃあ相手の掌の上よ?

 向こうの企みを阻止する案を立てないと、ただ無力に兵を失うだけになるわ」


「そう、そこなんだよなぁ……

 憶測だけど、兵器があるなら一番安全で守りやすい拠点に置くでしょ?

 だから秘密裏に拠点への突入部隊を編成して、直接潰すのがいいと思うんだけど……

 丁度いい指揮官は――あ」


 その時、ヴェベールとオランドの目が合った。

<<補足>>

エーベル総司令官は仕事の関係上、旧姓を名乗っています。

戸籍上の名前は「ルイーズ・オランド」です。

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