55話 城下町の跡地
重苦しい空気の中、第14部隊は戦地テアトロに到着した。
道中この前の戦いがあったイニーツィオの地を通り過ぎた時、そこに居たのは敵兵ではなく味方だった。
しかし兵士の顔は皆暗く、これからその場で戦いが繰り広げられるのではないかと疑ってしまう。
実際にはそんなことはないのだが、それほど軍全体が緊迫しているのは確かだ。
到着後、部隊は本陣と一緒の場所に拠点を置くように指示を受けた。
この前と同様に、ヴェベールとジャッド、そしてアデルが軍の中枢に向かった。
残された兵士は荷解きとともに、緊張感を紛らわすために下らない会話に花を咲かせていた。
そんな中、セレストはずっと遠くを眺めていた。
「おーい、サボってないでこっち手伝ってくれー!」
レイモンが少し遠くから声を掛けるも、全く反応がない。
ただじっと、これから地獄と化す場所に魅入られている様子。
セレストは戦いの告知があったときから、ずっとこんな感じだ。
何かずっと思い詰めて、すごく難しそうな顔をしている。
誰が何を話しかけようとも、業務の事以外一切返事をしないのだ。
やはりもとの調子に戻ったのは、表向きだけだったのだろうか?
レイモンは手を止めて、古傷を抑えながら彼の隣に立った。
そして興味本位でセレストが見ているものと全く同じ景色を眺め、少しだけ思いを馳せてみた。
「静かだね……」
思わずレイモンは、そう呟いていた。
テアトロは城下町の跡地と聞いていたが、それらしき面影はまったくない。
ただ広がる平原の中に、人工的に切り出された大きな石の山がゴロゴロと転がっているだけ。
到着するまでは廃墟を活かした潜伏行動がメインになるかと思ったが、意外と隠れられる場所は限られている。
どうやらこの戦いは、思ったよりも早く決着がつくかもしれない。
「……なぁ」
「ん?」
突然、セレストが零すようにレイモンに話しかけた。
その声色はいつもの陽気さはなく、まるでこちらに縋るような弱々しさがあった。
「……気にならないか?」
「何が?」
「敵の元帥が動いた理由」
それは確かに気になる。
敵軍にとって都市と結ぶ重要な道があるとはいえ、それだけでトップが動くとは到底思えない。
この前ヴェベールも言っていたが、絶対に何か裏があるはずだ。
そんなレイモンの心の声を、まるで全部聞いていたかのようにセレストは話を続けた。
「……確かめないか?」
「はい?」
「俺達で、あっちが何を隠しているか……
調べないか?」
レイモンは何を言っているのか分からず、セレストの顔を覗いた。
彼はいつものおちゃらけたような笑みを零しているが、目は真剣そのものだ。
その雰囲気はレイモンを殺そうとした時と全く同じで、思わず背筋が凍った。
***
その日の夜、レイモンは無理やりセレストに引きずられるように拠点をこっそり抜け出されられた。
これは明らかな軍規違反だ。
下手したら、ヴェベールに怒られるだけでは済まされない。
だからレイモンは、全く乗り気じゃなかった。
しかし、セレストは全く彼の話を聞こうともしない。
レイモンに猿ぐつわを嵌め刀を抜いてまでして、外に出たのだ。
どうしてそこまで知りたがるのか、レイモンを巻き込みたいのか一切理解できなかった。
チュテレール軍の拠点から少し離れ、叫んでも誰にも気づかれないところまで来た。
そこでやっと、セレストはレイモンの拘束を解いた。
「――ゲホッ、ゲホッ!
おい、セレスト! 何で僕まで巻き込むんだよ!?」
正直、彼だけで調べに行くのは個人の自由だ。
しかしここまでするのは、流石に度が過ぎている。
今までの合理的な彼なら、絶対にしないことだ。
本当にセレストは、前の戦いの後からどんどんおかしくなっている気がする。
セレストは何の躊躇いも見せず、レイモンの喉元に刀の先を突き付けた。
「さすがの俺でも、一人での潜入はきつい。
誰一人快く協力してくれるとは思えないし、部隊の中で一番誘拐しやすいのはお前だったからな。
それに――」
生唾を飲みながら両手を上げるレイモンの前で、セレストは言葉を詰まらせた。
しばらく考え込んだかと思うと、やがてゆっくりと刀をしまって後ろを向いてしまった。
「……お前、『お前の暴挙を本気で阻止するなら、僕が直にお前を止めるべき』って宣言しただろ。
もしそれが本音なら、またやらかす前に僕を止めてみろ。
それがお前にやる、最大限の配慮っていうやつだ」
「……」
レイモンは何も言えず俯いた。
こう見えてセレストは、誰かに止めてほしいのかもしれない。
自分が狂気に堕ちかけていて、後戻りできなくなりつつあることを理解しているのだ。
でも、何らかの理由から自分で自分を止めることはできない。
だからこそ、こんな訳の分からない行動をとっているのだろう。
なら猶更、今剣しか持っていないが誓いは守らなければならない。
彼の理性が残っているうちに。
「安心しろ、お前を地獄の底まで付き合わせるつもりはない。
もし少佐に問い詰められたら、俺に脅されたって言えばいい。
実際、それが事実だからな。
だから――」
セレストは突然、横を向いた方と思うと持っていた和傘で何かを掃う仕草をした。
その途端金属同士が当たるカチンという音が鳴り、レイモンの横を何かがかすめた。
恐る恐る振り返ると、真後ろの木にナイフが突き刺さっている。
(て、敵襲!?)
レイモンは咄嗟に臨戦態勢を敷いた。
セレストも肩の上に和傘を置いて、ナイフが飛んできた先を睨んでいる。
そうして見えない敵との緊張感に包まれていると、すぐに見覚えのある男女二人組が現れた。
「あれ? ヴェロニックとナタン?
どうしてここに?」
レイモンは警戒を緩めた。
ヴェロニックはナイフを握っており、ナタンは少し気まずそうだが気さくに手を振っていた。
その間もセレストは、傘から手を離そうとしなかった。
「ごめん……止めたんだけど、ただならぬ様子だからってヴェロニックが……
君達が外に出るのを見たらしくて一緒に追っかけてきたんだ。
どうしたんだい? こんな場所まで来て」
「えっと、それは……」
隠す理由もない。
むしろ自分は被害者側なのだから、セレストの行動を暴露する権利がある。
だがどうしてか、ヴェロニックとセレストは一切警戒を緩めていない。
まるで互いに本当の敵に遭遇した時のように。
レイモンが訳を話そうとした途端、ヴェロニックが突然口を開いた。
「あなたがレイモンを拘束して連れ出すのを見た。
一体何を考えているの?」
その瞬間、ナタンの顔から笑みが消えた。
今起きている事の重大さに気付いたらしい。
直後セレストは敵意を隠すのを一切やめ、素早くレイモンを取り押さえた。
そして傘を捨て、彼の喉に刀を押し付ける。
その瞬間、ナタンもヴェロニックと一緒に臨戦態勢を敷き始めた。
「俺の指示に従え。さもないとこいつを殺す」
セレストは低い声で、2人を牽制した。




