54話 次の戦場は……
アデルに刀を教わってからはや2週間。
レイモンは毎日彼と打ち合いの特訓を続けていた。
そのおかげで、遊び半分アデルに食らいつけていけるほどにまで成長していた。
無論、まだ課題点は山積みだが。
「ひさむぁ、おのぬけまぐすくすぇ、はんうぅむんろぉ。
うぐぬっふかすぐえぇ、むいぇるぁれん」
「アデル、何言ってるのかわからない……
その頬張っているエクレアを飲み込んでから話してくれ……」
引きつった顔のレイモンを見て、アデルは不満げに口の中にあるものを一気に飲み込んだ。
レイモンが買ってきたエクレアを両手に1個ずつ持ったまま。
「……いい加減投げ回すのをやめろと言っている。
どうやらそれが貴様の個性のようだが、見ている俺の方がヒヤヒヤする。
手に刀を固定してでも、その癖は直せ」
アデルは口についたチョコとクリームを指で拭き取り、自分でそれを舐めた。
レイモンはアデルに言われたことを吸収してすぐに実践したり修正していた。
だが、その癖だけはなかなか取れない。
恐らく、楽器を弾く時に独特な構え方をする人がいるのと同じだ。
本能的に回してしまうので、どうしても体が修正を拒絶してしまう。
そのせいでアデルに怒られ、時には竹刀が飛んでくることさえあった。
「ぜ、善処します……」
レイモンがそう言うと、アデルは再びエクレアを頬張り始めた。
アデルが指定してきた店ディ・メタイユは、国内屈指のエクレア専門店だった。
ここから汽車で片道2時間かかる上に、行列までできていた。
そんな中軍服姿のレイモンが5個も買ったのだから、店員はどれだけ驚いたことだろう。
購入時は勿論、列に並んでいる時でさえ周囲の視線が痛くて仕方なかった。
それをアデルは、素知らぬ顔で全部平らげようとしている。
レイモンが無意識にアデルをじっと見ていると、彼は食事の手を止めた。
一人で食べているのが流石に気まずくなったらしい。
空いた右手でエクレアを1つ取り、レイモンに差し出した。
レイモンが予想外のことにぽかんとしていると、アデルはそっぽを向いたままエクレアを押し付けた。
(全く、本当に素直じゃないな……アデルは)
レイモンは人知れず苦笑いを溢し、冷たいエクレアを口に運んだ。
その時、前触れもなく道場の入り口の扉が開いた。
「あっ、2人とも。
やっぱりここにいた!」
ナタンだった。
別に急いでいる様子はないようだが、どうやら何か用事があってきたようだ。
出ないと、刀を扱わない彼がここにくる理由なんてないだろう。
「何用だ? 貴様にまで刀を教える気はないぞ」
「違う違う!
さっき少佐にばったり会ってさ、この後緊急会合を開くって言われたんだ。
これからみんなに通達するらしいけど、君達にも先に伝えとこうかなって」
アデルとレイモンは首を傾げた。
部隊で会合を開くこと自体は珍しくないが、ここまで急に開かれるのは稀だ。
何か事件が起きたのか、それとも――
「また戦争、始まるらしいよ。
対戦相手はグエッラ、そこの重要拠点を狙うって」
***
夕食後、ナタンの言った通り緊急会合が開かれた。
基地の一番広い部屋に隊員が全員集められた中、壁には地図が貼り付けられている。
それを指し棒を使いながら、ヴェベールは話を始めた。
「既に聞いている者もいるかもしれないが、再びグエッラとの戦いに召集された。
今回は敵国の遺跡、テアトロだ」
彼曰く、そこはグエッラの都市に続く道にある、大昔の城下町の跡地らしい。
何もない場所ではあるが、崩れた石垣や建物が多く潜伏がしやすい。
しかも山の上にあるようで、かなり辺鄙なのだとか。
だがそこは、グエッラ軍の本拠地と都市を結ぶ道沿いにも位置している。
そこを占領ことができれば、相手に大きな打撃を与えることができる。
第14部隊は、その戦争に参加することになったようだ。
まだ具体的にどう動くなどの細かい指示は下っていないようだが。
「今回の戦いは、こちらにとっても重要な戦いになる。
なにせ我々以外にも軍の大半が戦地に赴く上に、総司令官が直々に赴くことになったからな」
「――っ!?」
突然、会場がざわつき始めた。
軍のトップが動く戦争なんて、滅多にない。
レイモンが知っている中でも、歴史上総司令官が動いたのは指で数えられるほどだ。
明らかな異常事態だ。
「あ、あの……少佐、よろしいでしょうか?」
「いいよ、レイモン。思ったことを口にして」
ヴェベールはまるで予想していたかのように、レイモンに発言の許可を下した。
彼は皆の注目を浴びながらも、誰もが感じた疑問点を口にする。
「……この戦いでは、一体何が起こるのですか?」
総司令官が動くのは心強いが、相応のリスクが伴う。
万が一こちらが敗北した場合、総司令官の首は真っ先に狙われる。
その際に取られでもしたら、チュテレール軍は再起不能になりかねない。
であれば、その危険性に見合う何がないとおかしいのだ。
ヴェベールは一旦頭を整理するように上を向いたあと、真剣な眼差しで皆を見つめた。
「諜報部の調査によって、相手の軍のトップである元帥が直に動くことが分かった。
具体的なことは情報を入手できなかったようだが、何か大きい事を企んでいるのは確かだ。
下手をすると、この戦いで両国の争いに決着をつける腹積もりの可能性もあるらしい。
だから万が一に備え、こちらも全力で戦うことになった次第だ」
一気に場が静まり返った。
しかし、ヴェベールは構わず続ける。
「今回の戦いで、一体何が起こるのかは想像できない。
もしかすると、今までで一番大きな被害が出る可能性だってある。
……気を緩めるなよ?」
彼は1週間後に出動することを伝えた後、部屋を出てしまった。
いつものように場を和ませるような冗談を言うことなく。
胸騒ぎがした。
軍のトップ対トップ。
もしかすると、人生の中で一番壮絶な戦いが待っているのかもしれない。
周囲の隊員達も、「これは歴史的な大戦になるのでは?」と口々に不安を溢していた。
「覚悟をした方がいい」
近くにいたアデルが、少し怯えているレイモンに話しかけた。
「俺も貴様も、今回ばかりは生き残ることだけを本当に考えた方がいい。
下手に調子に乗れば、痛い目を見るだろう。
……無論、まだ使いたての刀は使うな。
実戦経験が少なすぎて危険だ。
慣れている武器で戦え」
隣にいるジャッドら同期の皆も頷いていた。
あの強いアデルでさえ、ここまで言うとは。
果たして、チュテレールは勝利をつかむことができるのか?
たとえ勝てたとしても、それにどんな代償が伴うのか?
そうレイモンは思わず考えてしまった。
そんな中セレストは誰よりも切羽詰まった顔をしたまま、ずっと黙り込んでいた。




