53話 刀の振り方
翌日のいつもの時間、アデルはレイモンを連れて剣道場に向かった。
レイモンが来るのは初めてだったが、意外にもとても落ち着いた雰囲気で木のいい香りが漂っている。
この場所が戦闘訓練の場所とは思えないほど、すごく和やかだった。
アデルは徐に、手に持っていた刀をレイモンに押し付けた。
そして道場の奥の方にあった練習用の藁人形を引っ張りだし、彼の前まで持ってくる。
「斬れ」
「は、はいぃぃぃぃ!?」
あまりにも突然のことに、思わずレイモンは驚愕した。
今まで同期に戦い方を教わった際、武器の構え方や体勢など基礎的なところから入った。
しかし、アデルは違う。
いきなり刀を持たされ、手本もなしにやれと言っている。
さすがに文句がこぼれてしまった。
「いやいや、それは無理だよ!
せめて持ち方とか振り方とか教えてよ!
じゃないと、どうやればいいか分からないじゃん!!」
アデルはわざとらしく、大きなため息をついた。
そして道場の隅まで歩き、胡坐をかいて座った。
「貴様は既に剣を扱えるのだろう?
剣と刀は大して差はない。
しいて言うなら、力加減と気持ちの持ちようだけだ。
それを言葉にするのは難しい。
だから今日中にその藁人形を真っ二つにしろ。
本格的な指導はそれからだ」
そう言い終わると、アデルは瞑想を始めた。
色々教える前に、感覚を掴んでほしいらしい。
と言うより、自力で刀を扱う境地に達してほしいのだろう。
どうやらやるしかないようだ。
と言ってもやはり、手本は欲しい。
アデルに再び催促しようとしたが、今瞑想している彼を邪魔したらどうなることか分かったもんじゃない。
レイモンは鞘から刀を抜く以前に、どうすればいいのか戸惑っていた。
(こうなったら仕方ない……!
刀を使っている人達がどう扱っていたか思い出そう!)
幸いにも、レイモンの周りには刀使いが多くいる。
彼らの真似をしよう。
まずは、今すぐそばにいるアデル。
彼とは初めて会ったときに手合わせをしたことがある。
その時のことをレイモンは必死に思い返した。
でも正直、動きが速くて見えないせいで全く参考にならなかった。
強いて言うなら、重量だろうか?
アデルは体格が小さいのに、こちらの体が押されそうなほどの質量をぶつけてきた。
なら、力を入れるのは必須だろう。
次に、ヴェベールだ。
彼は基本馬に乗った状態で戦っている姿が印象に残っている。
だが何度か馬から降りて戦っている場面もあった。
その時彼は、全身を使って斬撃を繰り出していた。
腕の力だけに頼ったところは見たことない。
だとしたら、体幹を駆使して斬るのが正解だろうか?
もう一人、刀を使った身近な人物がいる。
……セレストだ。
彼が本気で刀を振ったところを見たのは一回しかない。
しかも、遠目でだ。
しかし思い返すと、その時の彼は怒りに囚われていたのと同時に、かなり冷静だった。
そういう点で見れば、アデルも同じだ。
激情に駆られているときこそ、落ち着きを見せている。
それによくアデルは今みたいに瞑想することが多いし、この道場も静かだ。
もしかして、冷静になって集中することも重要なのかもしれない。
(つまり、ゆっくり落ち着いて……
全身を使って、力を込めて斬ればいい……!)
レイモンは深く深呼吸した。
そして集中力が最高潮になった時、刀を抜いて構える。
そのまま頭の中に刀を扱う三人の姿を重ね、藁人形に向かって振り下ろした。
――ドサッ
藁人形は上下で静かに真っ二つになり、音を立てて床に落ちた。
「え……本当に、斬れた……」
目の前の光景に、レイモン自身が驚いていた。
まさか、1回でできるとは思ってもいなかった。
ここまでいろんな武器や戦闘方法を試して、うまく行かなかったのだから尚更だ。
だけど、今まで扱った武器の中で一番しっくりした感じがあった。
(何だろう、これ……
雑念を捨てたから、か……?)
剣は正直、どんな心持でも斬ることができる。
言い換えれば、持ち主の気持ちがあまり太刀筋に反映されないのだ。
だからどんな感情に駆られようとも、剣は敵を作業的に屠ることしかできなかったのだ。
しかし刀は違う。
冷静にならないと、斬ることができない。
つまり、扱い手の気持ちが素直に出やすいのだ。
恐らくレイモンは、無意識にそれを求めていたのかもしれない。
自分の気持ちがより反映される武器、それが自分の価値観を押し通すことを決めたレイモンに最も合うものだった。
その最適解がどうやら、刀だったようだ。
藁人形の落ちた音を聞いたアデルは、瞑想をやめて立ち上がった。
「ほう、貴様意外と素質があるようだな。
ならもう試す必要はあるまい。
早速特訓してやろう」
アデルはレイモンが持っていた実刀を無理やり奪うと、道場に置いてある竹刀を2本取った。
その片方をレイモンに投げ渡すと、意気揚々に竹刀を構える。
「俺の頭をひたすら狙い続けろ。
その際に体の動かし方などを適宜レクチャーしてやる」
レイモンは未だに自分がやったことを信じ切れていなかった。
だがいつも不機嫌なアデルの笑顔を目の当たりにして、やっと実感することができた。
レイモンは嬉しくてはしゃぎたくなったが、再び深呼吸して気持ちを抑え込んだ。
そしてずっと待っているアデルに向かって、竹刀を振り下ろし始める。
「足を使え! 腰を引くな!
――そうだ!
それで刃に真っ直ぐ力を込めろ!
さもないと綺麗に斬れないぞ!
――ふん! やればできるではないか!」
アデルはひたすらにレイモンの攻撃を淡々と捌いていた。
しかし、とても楽しそうだった。
レイモンは想像以上に飲み込みが早く、1回だけ言えばすぐに実践することができた。
それが嬉しいのか、普段人前に出さない感情を隠せずにいた。
――だが。
「刀を投げ回すなぁぁぁ!!」
「――ゲフッ!?」
レイモンが癖で竹刀を回して持ち方を変えようとした時、アデルは全力で彼の脳天を叩き込んだ。
あまりもの痛みでレイモンはできたたんこぶを抑えながら、その場に蹲ってしまった。
「刀は剣よりも切れ味がいい!
実戦でそんなことをしたら貴様の腕が飛ぶぞ!
二度とやるな!」
アデルはレイモンを乱暴に立たせると、再び自分に竹刀を打ち込むように催促した。
そして特訓を再開するも、またしてもレイモンは無意識に竹刀を回してしまう。
「だから投げ回すなと言っただろうが!
いい加減直せ! この凡人が!」
「――いっったぁ!? 分かった、分かったから!
もう竹刀でバチバチ僕を叩くのをやめてくれ!」
結局、アデルはやはりスパルタ指導だった。




