49話 魔術の訓練方法
翌日レイモンが訓練に参加するようになった時には、既にセレストは前みたいに打ち解けていた。
いや、遠慮気味の隊員達にセレストが何気ない顔で歩み寄っているという方が正しいだろう。
そうしているうちに、やがていつもみたいにセレストは部隊に再び馴染んだように見えた。
流石、と言うべきだろうか?
この部隊の和やかな空気のおかげで、表向きはすっかり元通りだ。
これでいい。
調子の戻ったセレストを見て、呆れながらも何だかホッとした。
あの時、気まずい中一緒に食事をしてよかった。
でも、根本的な問題は解決したわけじゃない。
もし、また彼が許せない行動を取ったら……
初日はヴェベールの計らいで、朝夕のトレーニングか軽かった。
しかしレイモンは、可能な限りみんなと同じ量をこなすように努力した。
自分がまだ弱くて、強くならないと思っていたからだ。
あの一人で何人も殺したセレストを止めれるくらいには。
だが逆に、ヴェベールに怒られる羽目になった。
「退院したとはいえ、まだ完治したわけじゃないだろ?
だったら無茶は良くない。
ここで血を吐いて倒れられでもしたら、冗談抜きでオレの心臓が止まるから」
ヴェベールは笑顔で睨みながら、聞き馴染みの無い低い声を発した。
流石にレイモンは彼の圧力に負け、その場で力なく頷くしかなかった。
でも、この前の戦いからあることが引っかかっていた。
それは……武器との相性だ。
レイモンは成り行きで大剣から剣に切り替えて、飛躍的に戦闘力が向上した。
なのに、言葉に言い表せない違和感がある。
なんか違うような、思うように斬れないというか……
何となく体に全くなじまないような、奇妙な感覚があった。
それにどんなに練習しても、今以上に強くなれる気配が全くない。
色々原因を考えて試すも、全て徒労に終わってしまった。
そのため根本的な部分、武器に問題があるとしか思えなかった。
だから試しに、武器を変えてみたらどうかと考えた。
実際、学生時代にヴェロニックから「武器が合っていない」と言われていた。
今まで大剣と剣以外の武器を触ったことないし、いい機会かもしれない。
いっそのこと、剣とは全然違う魔術を試すのもありだ。
***
「……それで、僕に魔術を教わりたいってことか」
夕方のトレーニング後にレイモンに呼び出されたナタンは、頭を掻いていた。
色々考えた挙句、一番協力してくれそうな彼に話を持ち掛けることにしたのだ。
レイモンは顔の前に手を合わせて、「お願い!」と申し訳なさそうにねだっていた。
かなり無理なお願いなのは重々承知だ。
しかし部隊の中で魔術に詳しいのは、ナタンだ。
そう言った理由でも、彼に頭を下げるしかなかったのだ。
「うーん……隙間時間を縫ってでいいなら、構わないよ」
「本当!? 恩に着るよ!」
ナタンは愛想よく、レイモンに向かって親指を立てた。
彼の良心に対して、思わず涙が出そうになった。
「じゃあ早速始めよう! 魔導書はある?」
「えっと……あった!」
レイモンは軍服の内ポケットから、小さな一冊の本を取り出した。
それは部隊に入って支給されたもので、兵士ならだれもが持っている代物だ。
しかしナタンは魔導書を見て、満足そうに頷いた。
「じゃあ、今から君に練習してほしいことを教えるね。
基本的な魔術の扱いは分かるよな?
だからこれから、精密な操作をしてほしんだ」
そう言うとナタンは懐からインクの入った瓶を取り出した。
蓋を開けた後、魔術で床に複雑な風の魔法陣を一瞬で書いてしまった。
そして今度はポケットから小さなリンゴを取り出すと、陣の上に置いた。
ナタンが魔力を陣に注ぐと、赤く光り出した。
そして小さなつむじ風ができたかと思うと、リンゴが宙に浮かぶ。
やがて目線の位置まで上がると、釘を打ち付けられたかのようにピタッと止まってしまった。
「す、すごい……」
注がれる魔力には、手がいつも無意識に震えているように揺らぎというものがある。
そのため、威力を一定に保つのは至難の業だ。
にも関わらず、浮いたリンゴはピクリともしない。
ナタンがいかに練習して、どんなに努力を積み重ねてきたかが明らかだった。
呆気にとられているレイモンの前で、ナタンはリンゴを手に取った。
「今見せたように、風魔術でリンゴを同じ高さでキープするんだ。
僕みたいにやる必要はないけど、10秒は保ってほしいかな。
必要なのは集中力と忍耐力、それだけだ。
魔術使いなら誰でもできることだから、頑張って!」
ナタンはレイモンに向かってリンゴを投げ渡した。
どうやら魔術の操作は感覚の問題になるらしく、ナタンでも説明ができないらしい。
だからがむしゃらに練習して慣れるしかないようだ。
でも集中力と忍耐力なら、少し自信がある。
もしかすると自分に魔術は向いているかもしれないと、少し確信に近いものを感じた。
レイモンは力強く頷いて、リンゴをしっかりと握った。
一週間後、ナタンはレイモンの前で眉間にしわを寄せていた。
「うーん……」
驚くことに、どんなに練習しても初日から一歩も前進していなかった。
普通なら数日で身に付けられるはずなのに、だ。
何度も何度も調整するも、リンゴは吹き飛んだり落ちてしまっていた。
コツを掴もうにも、どうすれば魔力を調整できるのかすら理解できていない。
ナタンが頑張って感覚的なことを言語化しても、全く効果がない。
本人が一生懸命であるにも関わらず。
レイモンは気まずそうにナタンの方を向いた。
どうやらナタンと同じことを考えている様子。
本人にとっては酷だろうが、これからのためにもあえて口に出した。
「レイモン、悪いけどはっきり言うね」
「はい……」
レイモンがさらに沈み、ナタンは一瞬戸惑った。
思わず言葉を飲み込みそうになったが、ナタンは心を鬼にした。
「――君、魔術向いてない」
「……は……い…………」
その時、レイモンの口から魂が飛んでいった。




