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幕間 グエッラの君主

 イニーツィオの戦いに幕が閉じてから、グエッラの軍本部はとても慌ただしくなっていた。

 多くの兵士がてんやわんやしながら、あらゆる端末を調べ回っていたのだ。

 それは敗北が原因ではない。


「おい! いつまでかかってる!!

 データは見つからないのか!?」


 グエッラ軍の元帥を務めるベルトルト・ビアンキは、収まらない焦りを部下に向かって撒き散らしていた。

 皆それを見て短い悲鳴を上げて、必死に端末の中を探り続ける。

 だがある一人の部下が恐る恐る、ビアンキの方を向いた。


「げ、元帥……バックアップの隅々まで探しましたが……

 ありません。

 イニーツィオの施設に保管してあったデータはすべて……削除されています」


「クソッ!!!」


 ビアンキは近くにあった椅子を思いっきり蹴飛ばした。

 それは近くの台に激突し、無残にも壊れてしまう。




 イニーツィオに隠していた軍事施設は、この国の集大成とも言える最新技術の開発に従事していた。

 国の最も優秀な研究者が集い、グエッラの軍事の要となっていたのだ。

 最新の毒ガスを仕込んだロボット兵器"SOL-2813"は、そこで発明されたものだ。

 そんな技術の何もかもを失うのは、あまりにも痛手だ。


 施設だけならともかく、人材とデータまで失ったとなると再起不能だ。

 ただでも今、重要な局面を迎えようとしているのに。

 これでは君主様に合わせる顔がない。

 あの方の努力を、全て水の泡にするのと同じだ。


「まぁまぁ、やられちゃったもんはしょうがない。

 こっからどうするか考えたほうがいいぜ、元帥?」


「――あ゙!?」


 ビアンキは隣りに居たジャコモの胸倉を突然掴んだ。

 彼からはいつもの酒臭がプンプンする。

 それが余計に腹立たしく感じた。


「てめぇ、雇い主に向かってなんだその口の聞き方は!?

 お前の強さと情報収集力を買って、高い金を払ってんだぞ!!

 機械音痴の国の奴が、何でデータもろとも吹き飛ばせるんだ!?

 こうなったのはてめぇが仕事を怠けたせいだろうが!!」


「ちょっ、ストップストップ!

 あれは偶然が重なってそうなったんだよ!

 俺様だって驚いたんだっつーの!!」


 ビアンキは拳を高く上げた。

 そして感情のままにジャコモの顔面に向かって振り下ろされそうになる。




 その時だった。


「――ステファノ殿下、ご着御です!」


 兵士が部屋に入ってきたかと思うと、声を張り上げた。

 それと同時にビアンキははっと我に返り、ジャコモを掴む手を離した。

 そして部下たちと一緒に、我らが君主を迎えるための敬礼を捧げる。



 コツ、コツ、コツ……


 扉の奥から、ハイヒールの音が聞こえてきた。

 その音はゆっくりと、着実にこちらに向かってきている。

 皆固唾を飲んで、その人物が現れるのを待ち続けた。



 そうして現れたのは、齢12の少女。

 彼女はアルビノで、肌もポニーテールの髪も真っ白だった。

 それなのに、目は赤く透き通っている。

 男性のような黒い衣装を纏っていて、一瞬美男子と見間違えてしまう。


 彼女にはあどけなさが少々残っていた。

 しかし、目つきは鷹のように鋭い。

 それに立ち振る舞いには威厳があり、年齢を忘れさせるほどの権力者の雰囲気を纏っている。



 彼女は後ろに連れていた従者と一緒にその場に立ち止まった。

 そしてその場にいる兵士を全員一瞥した後、腰に右手を当てる。


「――出迎え、ご苦労。

 全員持ち場に戻ることを許可する」


 ステファノの透き通った声がその場に響くと、全員「はっ!」と声を上げた。

 そしてビアンキとジャコモ以外、全員仕事を再開する。


「ビアンキ、お前の声が廊下まで響いていたぞ?

 どうやら相当機嫌が悪いようだな」


「も、申し訳ありません、殿下」


 ビアンキはステファノに向かって頭を深く下げた。

 彼女が「もうよい」というまで、ずっとだ。

 その間ジャコモは面白そうにそれを見ていたが、彼の無言の圧力でそっぽを向いてしまう。



 そんなぎくしゃくとした二人のやり取りを、ステファノは鼻で笑った。


「ふん、下らぬ。

 例の準備は順調なのか?」


「えっと、それは……」


 ビアンキの目線が泳ぎ始めた。

 しばらくその状態が続くと、ステファノは持っていたステッキを手でトントン叩き始める。


「順調なのかと聞いている。

 ”YES”か”NO”か、さっさと答えろ」


「い、”YES”です!

 計画通り次の戦いで運用可能です!

 で、ですが、その資料が全て消失してしまいまして……」


 不安そうに言い淀む彼とは裏腹に、ステファノは満足そうに微笑んだ。

 そしてステッキを地面に叩き、ビアンキに近寄る。


「なら、心配する必要もなかろう。

 確かにデータの損失は痛手だが、既に完成してさえいればいくらでも補填できる。

 逆に敵に多めのプレゼントを渡したと考えればどうだ?

 今頃予想以上の手柄で、奴らは小躍りしていることだろう」


 ステファノはビアンキの顔を見上げ、小悪魔のような笑みを浮かべた。



 彼女は、年齢に似合わぬ頭脳の持ち主だ。

 9歳で即位したにも関わらず、君主としての役割を臣下に丸投げせず全てをこなして見せた。

 その上よく国民の前に姿を現し、積極的に交流を図ろうとする。


 だからこそ、ステファノは皆に尊敬されて頼られている。

 もちろん、ビアンキも例外ではない。


「駒は揃った。

 そして此度の戦いで、局面も整った。

 後は対局を見計らい、王手をかけるのみだ」


 ビアンキとジャコモに見守られるように、ステファノは部屋の前方へと歩き出した。

 そして皆から顔が見える位置に立つと、振り返って演説を始める。


「グエッラの兵士達よ、よく聞け!

 次の戦いで、新兵器”PLUTO-0001”の試運転を行う!

 そこで盛大に、平和と安息への第一歩を高らかに宣言しよう!

 安心するといい、此度の戦いで我々は”勝利”を治めたのだ!!」


「うおぉぉぉぉぉ!!!」


 彼女がステッキを高らかに上げると同時に、兵士達も拳を高く上げる。

 軍の本部はイニーツィオの障壁が崩れたにもかかわらず、歓喜と熱で満ち溢れていた。

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