47話 兵士が戦う意味
みんなが病室から出た後、ヴェベール少佐はゆっくりと丸椅子に座った。
口角は少し上がっているけど、目は真剣だ。
たぶん気遣いで笑っているだけかもしれない。
「さてと……リラックスしていいよ、レイモン。
あの時地下で何があったのか、詳しく教えてくれるかい?」
僕は一旦深呼吸した。
それで肩の力を少し抜きながら、心の中を整理してみた。
同時に今出すべき言葉をじっくりと吟味して、声として形にしてみる。
「その前に一つ、聞きたいことがあるんです。
ナタンから、僕の話がセレストの処分を大きく左右するって聞きました。
だから、一体何が正しいのかはっきりさせたいんです」
少佐は足を組み、右手をそっと僕に差し出した。
「構わない」と、そう言いたいらしい。
だから僕は、もう一回深呼吸して少佐の目を見つめた。
「少佐は、何で戦うんですか?」
「……」
笑みが、消えた。
声も全く出さない。
時が止まったかのように身動きさえしない。
なんだか、すごく複雑な顔をしていた。
僕の勘だけど、答えを探しているわけじゃないと思う。
どう答えるべきか、迷っている感じだ。
自分の回答が、レイモンという兵士の運命を左右するって分かったんだ。
だから慎重に、言葉を選んでいたんじゃないかな。
少佐はふと立ち上がった。
そしてゆっくりと窓に近寄ると、雲一つない青空を眺め始めた。
「……それには答えない」
「え?」
僕の戸惑いを分かりながらも、彼は窓から目を離さない。
ただ腕を組みながら、人差し指をトントン弾いている。
少佐は続けた。
「答えても、お前の根本的な疑問には答えられないと思う。
本当は『自分が戦う意味は何ですか?』って聞きたいんだろ?
それに他人が答えるなんて、おかしな話じゃないか?
オレはそうやって、自分の価値観を押し付けたくないんだ」
確かにその通りだ。
自分の知らない本当の気持ちを、他人に聞くようなものだ。
だけど、このままじゃあ頭がおかしくなりそうだ。
何としても、戦う理由を見つけないといけない。
僕はすがるように、少佐を見つめていた。
彼は少し愛想のいい顔をすると、今度はベッドの端に座った。
「でも、答えを導く手助けはできる。
こういう時はな、初心に帰るのが一番近道だったりするんだよ。
なぁレイモン、お前が軍人を志すきっかけって何だったんだ?」
「そ、それは……」
別に隠すような話じゃないけど、突然その話題になってちょっと困った。
その間少佐は、僕が話すのを優しく見守っていた。
ゆっくりと話してほしいみたいだった。
だから僕はゆっくりと頭を切り替えた。
そしてちょっとずつ、家のことを話し始めた。
――僕の家は、貧乏な田舎の農家だ。
誕生日にはご馳走が出たが、普段は雑穀が中心。
苦しいと感じたことはなかったけれど、両親の辛そうな顔は何度も見てきた。
そんなある時、軍人は普通の仕事の何倍も稼げるっていう噂を聞いた。
僕にとってそれは、とてもおいしい話だった。
そうすれば、僕のことを気遣って苦しむ両親の姿を見なくて済むと思ったから。
ここまで大切に育ててくれた恩を、どうしても返したかった。
最初は、親戚にまで大反対されたっけ。
確かに僕は運動だって得意じゃないし、勉学も人並み。
誰から見ても、兵士としての才なんて持ち合わせていなかった。
でも僕は、こっそりと軍学校の志願書を提出した。
結果は”合格”。
通知が来たときは滅茶苦茶怒られたけど、最後は笑顔で送り出してくれた。
だから僕は、「絶対に生きて帰る」って心から誓ったんだ。
少佐は僕が話している間、相槌すら打たずに真剣に聞いてくれた。
語り終えた時に、ようやく彼はゆっくりと頷いた。
「そうか。
お前は『親孝行』のために軍人を志したのか。
そして今では、『生きたい』という願望もあるんだね」
「……はい」
でも、すごくモヤモヤした。
確かに少佐の言う通りなんだけど、それだけじゃないような気がしてならない。
何かが引っかかっている。
彼はその戸惑いに気付いたみたいだ。
ただ僕を見つめて、次に何か言うのをじっと待っている。
僕は自分の頭の中を探ってみて、その違和感を言葉にしてみた。
「……それだけで、人を殺していいのでしょうか?」
生きるためというだけなら、セレストの虐殺は正当化されてしまう。
本人に言わせてみれば、ただ危険因子を徹底的に排除しただけだろう。
それはある意味、”生きるため”に行った殺戮だ。
けれどそれは、なんだか違う気がする。
もし僕が彼の立場だったら、多分施設を爆破して終わりだと思う。
それ以上人を殺す理由なんてない。
それこそ、ただ人の命を弄ぶだけになる。
少佐は自分の顎に手を添えた。
彼は天井の模様をしばらく眺めた後、少しだけ目を見開いた。
その瞳は、ルビー色に輝いているような気がした。
「戦争は、”人殺しが正当化されている場所”だよ?」
「――!!」
言葉が出なかった。
一瞬、自分の心臓が止まったかと思った。
自分の土台を全て壊されたような気がしたけど、どこかすっきりとした感じがする。
確かに、言われてみればそうだ。
そもそも軍人は、”殺人鬼”なんだ。
殺しを躊躇していたら、誰かに殺される。
軍人になった以上、僕は”殺人鬼”に堕ちないといけない。
それは嫌だけど、もう遅い。
僕は既に、あの戦場で敵兵を何人も殺めた。
今更ただの一般人に戻るなんて、できっこない。
でも、軍人の中でも非人道的な行いだってある。
だからこそ、セレストの行動を僕は看過できない。
それでも別の視点から見てみれば、合理的に思えてしまう。
だとしたら、一体何が軍人としての道徳の物差しになっているのだろう?
僕は少佐に見守られながら、必死に頭を働かせた。
こんな哲学的なこと、今まで考えたことなかった。
でも今自分にとって、これは必要なことだ。
だから絶対に逃げちゃダメだ。
そう思うと、どこか朧気だった何かがゆっくりと形を帯びてきた。
……ああ、そういうことか。
どこまで許されるかは、その人の価値観に委ねられているんだ。
だからセレストの行動を、僕は完全に否定できないんだ。
戦争は、己の価値観がぶつかり合う場所っていうことなんだ。
それでセレストは、自分の行動を否定した僕を殺そうとしたのかもしれない。
「……衝突して生き残った価値観が、正義となる」
無意識に出した僕の言葉に対して、少佐は頷いてくれた。
なら殺人鬼になり下がった僕にできるのは一つ。
自分の価値観を貫き通すことだ。
僕は人間だ。
兵器じゃない。
だから僕は、最低限の殺戮を目指す。
無抵抗な人は勿論、兵士だとしても無駄な殺しは絶対に避ける。
それが軍人として、人間らしくいられる最適解だと思うから。
誰かに「それは甘い考えだ」と切り捨てられようとも、それだけは絶対に守りきる。
「”戦場で生き延びて、良心ある殺人鬼になる”……
それが軍人としての、僕のあるべき姿……」
少佐は少し不器用な笑みをこぼしていた。
そして右手で僕の頭を掴んで、雑に頭を撫でてくれた。
傷にちょっと響いたけど、悪い気はしない。
それになんだか……心がすっきりした。
しばらくして僕の頭から手を離した彼は、最初の真面目な感じに戻った。
「じゃあ改めて聞いてもいいかい?
セレストが何をしたのかを」
僕は頷いた。
確かに僕を殺そうとしたのは許せない。
でもそれは、今の処遇で十分な気がする。
それ以上の裁きは、僕に下す資格なんてない。
価値観は違えど、僕とセレストは同じ”殺人鬼”だ。
だったら僕の価値観を無理やり押し付けるのも、どうかなと思う。
それよりも、前みたいに正面からぶつかり合った方が絶対にいい。
だから僕は、こう力強く答えた。
「――なにも、していません」
少佐は驚いて口を半開きにしていた。
でも、問い詰めるようなことはしなかった。
ただ僕の言葉をゆっくりと噛み締めて、飲み込んだ。
「それでいいんだね?」
僕は再び強く頷いた。
「……分かった。
後の事務的なことはオレの方で何とかする。
ゆっくり休むんだぞ?」
少佐は立ち上がると、いつもの調子で笑ってくれた。
そして僕に渡したカスドースをなぜか一個取って、口にくわえる。
そのままの状態で手を大げさに振りながら、病室を後にしてしまった。
「全く、あの人……本当に空気を変えるのうまいよなぁ」
僕もそっと、カスドースを口に運んだ。
「おえっ……やっぱ甘すぎる…………」




