表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/81

45話 理性と狂気の狭間

 四人が降り立った地下は、不気味なほど静かだった。

 風も気配も匂いも何もない、ただの広い空間と化してた。

 もちろん、セレストとレイモンの姿もない。


 ナタンは不安になり、アデルの肩をつついた。


「ねぇアデル、本当にここにいるんだよな?」


「……」


 アデル自身も、自分の記憶を疑っていた。

 確かにこの穴で、セレストと会話をした。

 それで彼は、ここで待っていると言っていた。

 なのに、どこにもいなかった。



 不意に、ヴェロニックがある方向に向かって歩き出した。

 そして突然しゃがみ込み、地面の砂をまじまじと見つめている。


「……足跡」


 彼女に近寄ってみると、確かにくっきりと残っていた。

 しかも、二人分。

 向きから察するに、奥の崩落した場所に行ったらしい。


 ここで皆、一気に青ざめた。

 最悪な事態が、同時に脳裏をよぎったからだ。


「急ぎましょう!」


 ジャッドの一声と一緒に、四人は一目散にその跡を追いかけた。




 二人の痕跡は、瓦礫の下まで続いていた。

 確実に、その場所に足を踏み入れているようだ。

 でも引き返した様子はない。

 だとしたら、二人ともこの下に……


「お、おい……あれ!」


 ナタンが何かに気付いて、ある方向を指さした。

 瓦礫の下に、何かが埋もれていたのだ。


 よく見るとそれは、人の手だった。

 力なくだらんと垂れていて、ピクリとも動かない。

 しかもそこから、見慣れた軍服の袖がはみ出ている。



 アデルはそれに気付いた途端、血の気の引いた顔で駆け寄った。

 そして必死に瓦礫をかき分けて、それを掘り起こそうとする。


「――貴様ら! 何している!?

 とっとと手伝え!」


 アデルの怒号が響き渡ったとき、三人も大慌てで近寄った。

 そしてみんなで重い瓦礫をどかして、埋まった人物を助け出そうとする。


 幸いにも、積もっていた量はそこまで多くなかった。

 あっという間にある程度除去することができ、相手の肩から上までを露わにすることができた。



 そこに埋まっていたのは、レイモンだった。


「おい、起きろ!」


 アデルは必死に彼の頬をひっぱたいたが、全く反応がない。

 傷は大したことないが、頭から血を流している。

 どうやら頭を打って気絶しているらしい。

 一応脈を確認したが、生きてはいるようだ。




 そうしてほっとしたのも束の間、ジャッドが急に自分の口を手で覆った。


「う……そ……」


 他の三人は、一体何にショックを受けているのか分からなかった。

 彼女の視線の先は、レイモンだ。

 不可解そうにアデルが彼をまじまじと見つめた時、あることに気付いた。


 うつ伏せになっている彼の体の下から、血があふれ出ている。

 それは瓦礫の中を伝い、奥の方まで流れ続けていた。

 しかも尋常な量じゃない。


「まさか――!」


 アデルはその場の瓦礫を全部、焦りにかられるまま後方に投げ捨てた。

 周囲に仲間がいることすら忘れて、止まることなく。

 ただ夢みたいな希望に縋って、ひたすらにどかし続けた。

 そしてレイモンの全身を視界に収めた途端、彼は突然固まってしまう。



 彼の背中には、金属片が垂直に突き刺さっていた。

 幅は拳サイズで、薄くて細長い。

 なのにかなり丈夫で、鋭く尖っている。

 何かの部品か破片のようだ。


 血の流れから察するに、腹部まで貫いているのは確かだ。

 しかもその状態で、長い間血を失い続けている。


 ……致命傷かもしれない。




 全員、その場で放心状態になっていた。

 目の前の光景を、受け入れることができない。

 そもそも何でこんなところにいたのかさえ、さっぱりだ。


 一番先に我に返ったのは、ジャッドだった。

 彼女は自分の頬を叩いて、一瞬で頭の中でやるべきことを整理した。


「ヴェロニック! 医療班呼んで!

 早く!!」


 ヴェロニックは肩を一瞬振るわせた後、すぐに穴の入口へと駆けだした。

 ジャッドは深刻な表情のまま、他の仲間達の方を向く。


「ナタン! あなたの魔術で止血できる!?

 一時的でいいから!」


「――! やってみる!」


 ナタンは咄嗟にレイモンの横に駆け寄り、液体を操る魔術を起動させた。

 すると出血がピタッと止まった。

 ジャッドとアデルはそれを見て、思わず脱力してしまった。

 しかしナタンの顔は、険しいままだ。


「どんどんあふれ出てくるせいで、制御が難しい……!

 ただでも魔力が枯渇寸前なのに!」


 それを聞いたアデルは、自分の軍服を脱いで金属片が刺さった状態の傷口を塞いだ。

 そして圧迫して、止血を試みる。

 ジャッドもそれを見て、アデルの軍服を必死に抑えた。


「一体どれだけ失血してやがる!?」


「分からない!

 でも医療班が来るまでこうするしかないわ!!」


 よく見てみると、レイモンの肌に全く血の気がない。

 唇まで真っ白で、貧血どころの話ではない。

 少しでも長く、流血を抑えないと。




 そんな時、瓦礫の山の一部が動いた。

 それはガラガラと音を立てながら、徐々に大きくなっていく。

 三人がかりでレイモンの応急処置をしたまま視線だけ向けると、セレストがその中から這い出てきた。


「……」


 彼は立ち上がると、驚いて口を開けている三人を見た。

 そしてその中心にいる、瀕死のレイモンをじっと観察し始める。

 やがてセレストは「生き残ったか」とボソッと呟いて、つまらなさそうな顔を見せた。


「セレスト……一体何が?」


「ん? あぁ……」


 ジャッドの問いかけに、セレストはいつもの飄々とした様子で返す。


「実は、敵の施設を見つけてな。

 レイモンがまだ気絶していたから一人で散策してたんだけど……

 何とびっくり! 自爆装置を発見したんだ!

 そんで面白そうだったからポチって押してみたわけだが……

 この様というわけ」


 三人とも、絶句せざるを得なかった。

 嘘かどうかは重要ではない。

 彼は、レイモンがこうなったことを一切反省していない。

 むしろ、どこか誇らしげだ。

 ただでも、仲間が死にかけているというのに。



 突然、アデルの中で何かがプツンと切れた。

 彼は止血するのをやめると、立ち上がって突然消えた。

 セレストが驚いて周囲を見渡し始めた矢先に、アデルは目の前で居合の態勢で姿を表す。

 そしてそのまま、血まみれの手で刀を引き抜こうとする。


「ちょっ――!?」


 セレストは反射的に、刀を握った。

 そして間一髪のところで、アデルの攻撃を防ぐ。

 その刃からは、ジリジリと嫌な音が出ていた。


「……レイモンに何をした?」


 アデルは悪魔のような形相で、セレストに疑問をぶつけた。

 その声はとても冷たく、静かなようで辺りを震わせそうな重さだった。

 質量でセレストは押され始め、彼は焦りだした。


「説明しただろ!

 確かにこうなったのは俺のせいだが、意図的じゃなくてな――」


「ほざけ!!!」


 アデルは更に刀に力を入れた。

 セレストが必死に抑えるも、刃はどんどん近づいて行く。


「アデル! やめて!!」


 ジャッドが必死で声を上げるが、アデルの耳に入らなかった。

 彼はそのまま、セレストの喉元まで刀を詰め寄らせた。


「下手な演技はもう沢山だ!!

 貴様、本当は冗談を言う輩ではないのだろう!

 その癖いつも嘘をついて、何か下らんことを必死に隠している!!

 俺にはバレているぞ!! この阿呆が!!!」


 アデルが言ったのはハッタリだった。

 でも彼に違和感を感じていたのは確かだ。


 セレストは恐らく、アデルが知る人物の中で一番強い。

 普段の武器の太刀筋を見れば、一目瞭然だ。

 にも関わらず、本人は並の実力しか出さない。

 しかもわざとだ。

 そうでなければ、特攻部隊の先頭で自分とレイモンの身を守りきるなんて不可能だ。



 セレストは、かなり動揺していた。

 ただ唇を噛んで、必死にアデルを押し返そうとしている。

 どうやら見事に言ったことが命中していたみたいだ。


 その僅かな心の隙を、アデルは見逃さなかった。

 彼はさらにセレストに迫り、その場に押し倒した。

 そして刀に体重を乗せ、全力で首を狙い続ける。




 そしてとうとう刃がセレストの喉元に触れ、血が一筋流れたときだった。


「……あ、で……る…………」


 レイモンのか細い声が、アデルの耳に届いた。

 目線だけ向けると、虚ろな目でアデルを見る彼の姿があった。


「レイモン、動くな!!

 体力を温存するんだ!」


 疲弊の色が濃くなったナタンが、必死にレイモンに訴えかけた。

 なのにレイモンは、頭を上げようとしている。

 自分のことなど気にも留めずにアデルを止めようとしているのが、ひしひしと伝わってきた。


「……ぢっ!!!」


 アデルは大きな舌打ちをしたあと、乱暴にセレストから離れた。

 その後刀をしまい、レイモンに駆け寄って止血を再開する。


 セレストは医療班が到着するまで、その場に仰向けになった状態で空を眺めていた。

 自分がどうしてこうなってしまったのかと考えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ