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41話 平和のための最初の供物

自分、ミルコ・フォンターナはイニーツィオの障壁を守る大将であり、平凡な軍人でもあった。

自分は今チュテレール軍が迫って来る光景を、上から眺めている。


「あぁ……やはり、こうなったか…………」


障壁の見張り台からは、この場所が陥落するさまがよく見える。

気まぐれであの酔っ払いの傭兵ジャコモが時間を稼いでくれたが、それも突破された。

彼は今赤髪の敵兵とやりあっていて、完全に足止めを食らっている。

もう敵がこちらにたどり着くのは、時間の問題だ。




思えば、自分がこの戦いを仕切るのは到底不可能なことだった。

チュテレールの首領は、部下の長所を引き出す天才。

その部下には、策略家として名高いスローロリス(オランド)がいる。

そしてさらには、大暴れをすることで有名な中将というおまけ付きで。



対して自分は、本当に特徴と呼べるものがなかった。

確かに異例の昇格を果たした。

そして最初の戦の舞台を与えられた時、元帥から一言だけ承った。


「――この戦いは、”負ける”ことが最善の解だ。

生贄になれとは言わない。

本気で戦い、全力で敗北しろ」


意味が分からなかった。

この重要な防衛線が、敗北前提の戦だなんて。

それよりも、自分に期待されていないように思えてショックだった。



一体、君主様が何をお考えになられているのか分からない。

しかしこのイニーツィオの戦いを、飴として扱っているのは確かだ。

その後にある鞭を隠すための、敵へのプレゼントなのだ。


だからこそ、平凡な自分にこの戦いを任されたのだろう。

実力のない大将が全力で戦って負けることで、これが罠であることを悟られないようにするために。

だから自分は、昇格することができたのかもしれない。

命までかける必要はないみたいだが、それでも贄として選択されたのは確かだ。




でも、自分にできることはある。

上層部の望み通り、全力であの化け物たちに挑むのだ。

そして自分の限界を知り、必死に一秒でも長く抗うことだ。


「――大将!!ここは危険です!

逃げ道は確保できていますので、どうかご一緒に……!!」


部下の一人が、見張り台のすぐ真下から必死に訴えかけてきた。

今ここを離れないと、恐らく退路は塞がれる。

そしてこの首が、宙に舞うことだろう。


だが既に自分の腹は、もう決まっている。


「……自分は、ここを引くわけにはいかない。

上に伝えろ、『フォンターナは平和のために命を捧げた』とな」

「――!?」


完璧な敗北。

それには、どうしても自分の命が欠かせない。

無様に逃げるより、その方が遥かに敵への勝利の印象を植え付けられる。


今ならわかる。

あの時元帥は、平凡な一兵士に期待を寄せていたのだ。

彼なら絶対に、この劇を演じきれると。

だとしたら、何と光栄なことだろう。


「我々の君主の思い描く平和は、もう目の前に迫っている。

その為なら、この粗末な心臓を捧げよう。

そして穏やかな明日を築く、材料となってやる」


部下は何も言わなかった。

自分の覚悟が決して揺るがないということに、気付いたらしい。

そしてそれが、どんなに重要なことかのかも。


彼はそのまま、下を向いたままどこかへと消えた。

自分は部下が無事に帰還できるよう、天に向かって祈りをささげた。

その時の風は、自分でも驚くほどに心地よかった。




ふと、騒がしい人の声が耳に入った。

とうとう近くまで、敵軍が来たらしい。

グエッラの兵士達は必死に抗っているが、それは全く意味をなしていない。

そんな状態が、目を閉じても伝わってくる。


やがて背後から、知らない足音が聞こえてきた。


「……ミルコ・フォンターナ」


ゆっくり振り返ると、刀を持った敵の兵士が立っていた。

明るい清潔感のある茶髪に、少し幼さの残った糸目。

服装からして指揮官らしいが、かなり若い。

所々返り血が付いていることを除けば、なんて可愛らしい男だろう。



最後の抵抗のために、自分は剣を抜いた。

そして相手に剣先を向け、殺される覚悟を決める。


「――はぁぁぁぁぁぁ!!」

「……」


相手は自分の渾身の一撃を、余裕で躱した。

その後もめげずに攻撃を仕掛けるも、ただ体を反らして避け続けられる。

まるで、赤ん坊をあしらうかのように。



……ははっ、やっぱり化け物だ。

チュテレールの兵士は。

自分はこれでも、グエッラの中で腕が立つほうだ。

にも関わらず、話にもならない。


チュテレール軍は、個々の兵士の実力が桁外れだ。

底辺扱いされている人でさえ、他国の兵と比べるとトップレベルの実力を持っている。

その上、頭の回転が速い奴もごまんといる。

まさに『軍事大国』の名に恥じない、強国だ。



「ぜぇ……ぜぇ……」


とうとう、自分は体力の限界を迎えた。

どんなに頭を使って剣を振るっても、かすりもしなかった。

しかも相手は、一切疲弊していない。

ある程度の実力差は予想できたが、まさかここまでとは。


「――あ゙ぁぁぁぁぁ!!!」


自分は最後の一撃と言わんばかりに、雄叫びを上げた。

そして剣を大きく構え、敵の体を両断しようとした。


……だが、相手が刀を振るう方が早かった。


「――がっ!!??」


自分の胸から、大量の鮮血が吹き出した。

そして力なく、その場に倒れる。



胸をざっくり斬られた。

肺まで達しているせいか、呼吸が上手くできない。

体にも全く力が入らない。

……これ以上足掻くのは、不可能だ。




だが人というものは、不思議なものだ。

自分が死地に立っていると自覚すると、ふと冷静になった。

そして何故か突然湧き上がった疑問を、残った力を使って口にした。


「……お前は……なぜ……戦う……?」

「――っ!?」


歪んだ視界でもはっきりわかるくらいに、相手は動揺していた。

敵からそんな言葉が飛んでくるなんて、想像もしていなかったのだろう。

彼はしばらく黙り込んだ後、目を見開きながら口を動かし始める。

その瞳は、とても澄んだ綺麗なルビー色だった。


「……仲間と共に、明日を生きるため」


あぁ、人間ってなんでこんなにも愚かなのだろう。

平和を願う自分と、仲間と生き残るために奮闘する相手。

一体、何が違うというのだろうか?

この戦いに、一体何の意味があるのだろうか?

根本的に同じ願望をを持つ敵と、戦う必要などあるのだろうか?


「は……はは……

この、戦争は……想像より……残酷で、醜い……ものになるかも……知れないな……」


分かり合えぬ同胞は、苦い表情で刀を振りあげた。

自分はそれを、優しく受け入れる心づもりを見せた。

そして静かに、首をめがけて刀は落とされた。




***





「………………」


後味が、悪すぎる。

こんなに自分の死を快く受け入れた敵に、ヴェベールは初めて出会った。

衝撃が大きすぎて、自分の戦う理由を見失いかけたほどだ。

敵の大将がそれを聞いてこなかったら、今頃人格が壊れかねなかった。


しかし、敵の首を落とすことができた。

これを敵にさらせば、この戦いは終わりを迎える。

ヴェベールは必死に気持ちを切り替えるように努力した。

その安らかな死に顔を、決して視界に入れないように首に手を伸ばした。




その瞬間、大きな地響きが障壁を襲った。

ヴェベールが思わずバランスを崩し、膝をつくほどだ。

しかもその揺れは徐々に大きくなっていく。


(な、なんだ……!?何が起こって――)


彼が状況を把握しきれないでいるその時。

障壁は下の地面と一緒に、ガラガラと大きな音を立てて崩れ始めた。

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