35話 特攻部隊
グエッラ軍東側後方――
数多のロボット兵器が待機しているが、皆微動だにしない。
それに前方とは異なり、生身の兵士が多く待ち構えていた。
彼らの役割は、機械への指示出しだけではない。
障壁を守る最後の砦として、臨機応変に対応し敵を抑え込むことだ。
ロボット達は頑丈で賢い反面、指示役の人間が死ねば一斉に稼働を停止する。
一方生身の人間は、個々の力は劣るものの指令塔が機能しなくなっても戦うことができる。
そのため例え機械大国であっても、最後は人の手が直接介入するのだ。
彼らの出番は、まだ先のように思えた。
前方で激しく戦いが繰り広げられているが、まだこちらに来るには時間がかかりそうだ。
だから後方部隊は、呑気に目の前で起きている戦いに思いをはせていたのだ。
ある時、一人の兵士が違和感に気づく。
「……ん?」
横が、何やら騒がしい。
でも目の前にあるのは、人気のないただの小高い丘。
その兵士は最初、戦場の騒音がやまびこのように反響しているだけかと思っていた。
だが、音はどんどん大きくなっていく。
それが人の声だと分かったとき、やっと兵士は嫌な汗が噴き出始める。
「な、なぁ……あの丘のむこうからなんか聞こえてこないか?」
兵士は恐る恐る、隣にいた仲間に声を掛けた。
彼は相手から、それは気のせいだという言葉が返されるのを期待した。
しかし相手の返答は、一番聞きたくないものだった。
「……本当だ、確かに向こうから聞こえてくるな」
兵士は急に青ざめた。
一方の相手は、一体何のことかときょとんとしている。
彼が危惧しているもの、それは――
丘の上から、徐々に現れ始めた。
「……て、敵襲!敵襲だぁぁ!!!」
彼が張り上げた声に反応して、周囲の兵士は一斉に丘の上を見る。
そこにはおよそ100人程度の小部隊が、猛スピードでこちらに向かって駆け降りてくる姿があった。
「おいおい、まさかあの裏に伏兵がいたのかよ!?」
兵士達は、大慌てで臨戦態勢を敷いた。
あたふたしながら武器を構える者もいれば、状況を飲み込めず動けない者もいる。
そんな混乱の中で整いきる前に、特攻部隊は目の前に迫ってきていた。
「――突撃ぃぃぃぃ!!!」
ジャッドの一声と共に、特攻部隊はグエッラ軍の真横に衝突した。
彼らは勢いに任せて、どんどん中に貫いていく。
その先頭に立つレイモンは、不安と周囲の圧に押された状態でやけくそになっていた。
「がぁぁぁぁぁ!!!」
もう生きるとか死ぬとか、考えている余裕すらない。
後ろの兵士に押されるように、ただひたすら前を走る。
それ以外のことは、既に思考を放棄していた。
それ故、腰の剣すら引き抜かずに全力で駆けていた。
彼の目の前に敵の剣が一瞬ちらつくも、セレストがそれをはねのける。
「おい!少しは周りを気にし――
あ、ダメだこりゃ。
キャパオーバーで暴走してるわ」
レイモンはセレストの呆れた様子に一切気がつかずに、白目をむきかけた状態になっている。
こうなれば、いくら注意しても馬の耳に念仏だ。
セレストは仕方なく、彼を庇うことに専念することにした。
レイモンは、馬に乗ったジャッドでも本気にならざるを得ないほどのスピードを出していた。
自我を犠牲にしているというのもある。
だがこの前ナタンに後押しされながらも、今と同等の速さを叩き出したのが一番効いているらしい。
オランドは恐らく、こうなることを予想してレイモンを先頭に立たせたのだろう。
(でもあの状態だと、一回失速したら終わりだわ!)
レイモンが相当無理しているのは、ジャッドの目でもまるわかりだ。
勢いで何とかしているが、止まれば最悪気絶しかねない。
そうなれば、部隊の勢いは一気に失われて敵の恰好の餌食となる。
だとしたら、目的地につくまで絶対に彼の足を止めさせてはいけない。
それが、勝敗の鍵だ。
「セレスト!レイモンを失速させないで!」
「――はぁぁぁぁあ!!??」
自分と彼の身の安全を守るのに手一杯のセレストは、驚愕の表情をジャッドに見せた。
ジャッドも、かなり無茶ぶりを言っているのは理解している。
それを訴えるように真剣な眼差しをずっと向けていると、セレストは絶望しながら了承するしかなかった。
「……あぁ!もう!!
やりゃいいんだろ!やりゃあ!!!」
セレストもとうとうやけくそになってしまった。
しかし我を忘れることはせず、無闇矢鱈に傘をぶんぶん振り回す。
以外にも彼の攻撃は辺りの敵を薙ぎ払っており、逆にレイモンが進みやすい道ができていた。
(いける、これなら……!)
ジャッドは自信を持って、部隊の皆を全力で引っ張っていった。
だが、現実というのはそこまで甘くはない。
確かに目的通りグレッラは混乱に陥っており、東側は徐々に壊滅していっている。
おかげでヴェベール率いる正面突破部隊も、かなり進行していた。
ジャッドでも彼らの姿がはっきり視認できるほどに。
そんな中、突然障壁の門がゆっくりと音を立てて開き始めた。
「っ!?まさか――」
ジャッドの頭の中に、嫌なシナリオが出来上がる。
門からは彼女の推測に沿うように、大量の兵士が現れる。
そして門の前に厚い壁を作るように、待機をはじめた。
(まぁ、そうなるわよね!
敵に突破されるくらいなら、全戦力を集中させるのは当然だわ!)
門が再びゆっくりと閉まる中、ジャッドはそのまま駆け抜ける。
もうここまで来たら、意地でも乗り越えないといけない。
そう自分に言い聞かせて、彼女は部隊を引っ張り続けた。
しかしやはり、兵士の壁はなかなか突破できない。
なるべく戦わないようにしても、レイモンの勢いはどんどん失速していく。
それにつられて、部隊の勢いもどんどん弱くなる。
「ちっ!!流石にきつすぎる……!」
セレストは何とか全力で役目を全うするも、相手が多すぎで無理ができなくなっていた。
やむを得ないと判断した彼は、何度も背中にある古い刀に手を伸ばそうとする。
でもその度に何かを躊躇し、手を引っ込めてしまった。
その僅かな一瞬に、セレストは敵に間合いを詰められるのを許してしまった。
彼は慌てて防御しようとするも、相手の攻撃の方が早かった。
「っ!!!――か――あ――――!!」
敵の剣は、セレストの喉を貫いた。
そのせいで声にならない悲鳴を漏らしながら、動きが止まってしまう。
……だが、血は流れなかった。
寸前のところで魔術を発動し、攻撃を無効化していたのだ。
敵兵はそれを見て、何が起こっているのか分からず戸惑いを見せる。
そのすきに今度はセレストが睨み返し、傘を使って相手の首をはねた。
そして突き刺さった剣を抜き捨て、魔術を解除する。
「――ゲホッ、ゲホッゲホッ!!!」
喉の痛烈な違和感のせいで、彼はその場で激しく咳き込んだ。
セレストの体に刻まれた魔術刻印は、”ダメージを無効化する”ものだ。
そのため傷はないが、刺されている時の感覚と痛みを味わう羽目になる。
彼にとって慣れた事ではあるが、やはり死を体験するのは堪えるものがある。
そうして精神をすり減らした彼に向かって、再び敵が刃を向ける。
「ハァ……ハァ……鬱陶しいな!!!」
セレストは息が整う前に、敵を薙ぎ払う。
その直後、さらに新しい敵がセレストとレイモンに狙いを定める。
セレストは息を突く間もなく、大量の敵を相手せざるを得なかった。
***
特攻部隊が追い詰められている様子を、オランドは遠くから見ていた。
「…………」
彼は下を向いて、小刻みに震え始めた。
部下達は、想定外のことで落ち込んでいるのではないかと思った。
だが声を掛けようとしたその時、オランドの顔を見てぎょっとしてしまう。
――笑っている。
明らかに不利な状況なのに、楽しんでいる。
まるで罠にはまった獲物を見つけた時のように。
彼の腹の内なんか、その場にいた誰も理解できなかった。
だがそれでも、オランドは肩を震わせ続けている。
やがてゆっくり顔を上げると、そこにいない誰かに対してこう囁いた。
「……特攻部隊が一つって、誰が言ったのかなぁ?」




