33話 正面突破部隊
翌日、第14部隊の半分は東軍の本陣の先頭に組み込まれた。
彼らの主戦力はヴェベールとアデル、ナタン、ヴェロニックだ。
戦い開始のホラ貝の音が聞こえた途端、皆初日と同じように敵と全面衝突した。
しかし、今回はそれだけでは済まない。
ナタンは持ってきた樽を開け、魔術の刻印を発動させる。
(あの時は冗談で言ったのに、まさか本当に樽一個分準備する羽目になるとはね……!)
彼は中に入っていた大量のインクを操り、敵の上空に魔法陣を形成した。
そして気がつかれないうちに魔力を込め、陣を起動させる。
「――食らえ!!」
ナタンは以前よりもはるかに高威力の、雷魔術を雨のように降らした。
それはまるで、赤い空から天罰が落ちたかのようだった。
バリバリという音が何十にも響き渡り、戦場全体に地響きが伝わる。
それが終わると今度は複数の魔法陣を作成し、至る所に雷を振らせ始める。
敵の動きを封じるだけでなく、派手さという点からも彼の攻撃は凄まじいものだった。
その後、ヴェロニックが動き始める。
オランドの提案で、彼女は自分の体に刻んだ迷彩魔術を発動させた。
そして、そそくさとロボットに指示を送っている兵士を見つける。
直後煙弾を気づかれないように放ち、味方に敵の居場所を教えた。
その合図に最初に気付いたのは、アデルだ。
「そっちか!」
彼は意気揚々に、魔術の刻印を光らせた。
そして全速力で駆け抜け、同時に何体ものロボットの首が宙に舞い上がる。
アデルは高速移動中に、邪魔な敵まで倒していたのだ。
結果数百メートルも離れた敵陣に、僅か一秒でたどり着く。
「て、敵襲!!!」
グエッラの兵士の一人は、アデルを見て悲鳴を上げながら尻餅をついた。
他のメンバーも、何が起きたのか分からず慌てふためいている。
アデルはそんな彼らから目を離さない。
そのまま走った勢いに任せて、陣に貼られた防御魔術を粉砕する。
「う、ウソだろ!
たったの一撃で……!?」
彼の圧倒的なパワーと速さに圧倒されたまま、敵は逃げ始めた。
しかしアデルも逃がしまいと、刀を咄嗟に構え直す。
だが、彼の攻撃が繰り出されることはなかった。
「ヴェル兄!貴様……!!」
アデルが倒す前に、ヴェベールが全員を両断してしまったのだ。
同時に、周囲のロボットが一斉に動きを止める。
憤慨している彼を見て、ヴェベールは楽しそうに馬に乗りながら見下ろした。
「アデル!久々に勝負しないか!?
ルールはシンプル!敵陣を全滅させた数の多い方が勝ち!
どうだ!?」
アデルは一瞬舌打ちをしたが、”勝負”と言う言葉を聞いて機嫌を直した。
むしろ、彼の提案にノリノリだ。
「いいだろう!今回は俺が勝ってやる!!」
「ははっ!そう来なくっちゃ!!
……まぁ勝ち星一つ奪われたところで、オレは痛くも痒くもないけどねぇ」
ヴェベールはわざとらしく、アデルの逆鱗に触れた。
アデルは頭に湯気を出しながら、怒りを露わにしている。
今この場で喧嘩が起こってもおかしくないほど、二人の仲は緊迫していた。
そんな中、再び黄色い煙柱が遠くから放たれた。
「おっと、もう見つけたのか!
じゃあお先にっと!」
「待て!話は終わってないぞ!!」
ヴェベールはアデルを無視して、にこやかに馬を走らせてしまった。
残されたアデルは、獣のような咆哮上げたかと思うと咄嗟に猛スピードで駆けだす。
そんな二人のやり取りは、しばらくの間続いた。
***
その頃、チュテレール軍の本陣ではレジェ大将が東軍の派手な動きを遠目で眺めていた。
「やはり動いたか……スローロリス」
好きに動いていいとはいえ、やはり内心穏やかではない。
昨日の夜『彼が攻めに出る』と部下から聞いた時は、正直驚いた。
無駄な犠牲を嫌う彼であれば、もう少し敵の動向を見ると踏んでいたのだ。
(士気の低下を危惧したか、あるいは気まぐれか……)
どっちにしろ、オランドの腹の中を探ろうなんて時間の無駄だ。
彼の頭は、まさにブラックボックス。
あの和やかな笑顔の裏は、どす黒い何かが蠢いている。
かなり派手にやっているようだが、恐らくそれは本命ではない。
何か……かなり大掛かりなものを用意している可能性が高い。
「全く、一体何を考えているんだ?あの策略家は」
レジェは言葉にならない疑惑を払拭するために、ため息を漏らした。
しかし、嫌な予感は的中する。
「大将!報告です!!」
突然、連絡係の兵士が息を切らしながら駆け寄ってきた。
彼はレジェの前で手早く敬礼をし、興奮したまま口を開く。
「西軍を率いるドラクロワ中将が、動きました!!」
「っ!?アイツ――!!」
アデルの父である中将は、かなりの熱血ぶりで知られている。
好機と思えば、ただひたすら前進する。
彼はその狂気じみた勢いだけで、何度も敵の首領の首を持ち帰ってきた。
そんな彼のことだから、恐らくオランドのことを聞いて激情したのだろう。
彼に遅れを取るまいと動き出し、このまま敵を討ち滅ぼすつもりだ。
(バカ!!もし敵側が何か隠していたら、どうする気だ!?)
レジェは頭を掻きむしりながら、その場であたふたし始める。
このメンツで、「好きにしろ」という指示は間違っていたのでは……?
そう後悔せざるを得なかった。
しかし、彼の頭であることが浮かび上がる。
(待て……オランドはまさか、これを利用しようとしているのか?
こちらの総攻撃で敵を錯乱させ、一気に片をつける気なのか……?)
だとしたら、色々と辻褄が合う。
昨日の情報の流れ。
明らかに派手な総攻撃。
そして誘われるような、ドラクロワの動き。
それが全て計算ずくなら、今彼が求めているのは本陣の総攻撃。
レジェも釣られるように動けば、おそらく彼の作戦の方程式はすべて成立する。
だが、それには代償が伴う。
もし敵が何かを隠しているのなら、好機を与えてしまうことになる。
そうすれば、こちらの被害は甚大だ。
計算高いオランドなら、そのことは分かっているはず。
レジェは、少しずつ肩を震わせ始めた。
「……ふふっ」
「れ、レジェ大将……?」
部下は困惑してしまった。
何かを諦めたのか、面白可笑しいのか、レジェの心を一切理解できない。
ただ薄ら笑いを浮かべる彼を、そのまま見守るしかできなかった。
しばらくすると、彼はポツリと呟く。
「……上司を手玉に取るとは、いい度胸だ。
いいだろう、お前の賭けに乗ってやる。
だが失敗したら、軍法会議にかけるからな。
そこで絶対に、お前の名誉と威厳を全部剥奪してやるから覚悟しておけ」
レジェは意を決し、部下に指令を出す。
「部隊に伝えろ!我々も総攻撃に動く!
それから、例のあれも準備しておけ!」
「はっ!!!」
部下は敬礼すると、そそくさと立ち去った。
すると徐々に、本陣の中も慌ただしく動き始める。
レジェは少し納得はできないながらも、終戦への道筋を空を仰ぎ見ながら考え始めた。




