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32話 スローロリス

開幕から3日間、戦況に何も変化はなかった。

グエッラ軍は、ロボットを補給しつつ障壁を維持している。

数は初日と変わらないが、人間の兵士だけが静かに減っていった。


一方のチュテレール軍も、特に変化はない。

ただ3つの軍が前方から衝突し、消耗戦を繰り返していた。

少しずつ犠牲を出しながらも、圧倒的な勢いで押していく。

しかしこのままでは、いつまで続くか誰も分からなかった。


その中で第14部隊は、東軍の後方で待機していた。

初日で作った勢いに乗せられて動く他の隊を見守りながら、体力を温存し続ける。

おかげでナタンを含む疲弊していた兵士達も、既に復帰していた。



だが、レイモンは少し退屈になっていた。

後ろでただ待っているだけというものあるが、全然進展がないのだ。

それは他の仲間も同じらしく、アデルなんか大あくびして涙目になっている。


(一体、いつになったら出番になるんだ……?)


そう思っているのは、恐らくレイモンだけではないだろう。

ここまで暇だと、かえって苦痛に感じる。



それは夜も同じだった。

戦場を引き上げ夕食を取っている際、周囲から聞こえてくるのはいつまでこの戦いが終わるのかという話。


「少将も大将も、一体何考えてるんだ!?」

「同感だ、これじゃ物資を無駄にしているだけだ!」

「一回少佐に相談するか?

上に『モタモタしすぎ』って伝えてもらうようにさぁ」


そういった会話が、イヤでも耳に入って来る。

肌でも隊員のギスギスした感じが伝わってきて、こっちもなんだか落ち着かない。

レイモンは少し人気のない場所で食事を摂ろうと、腰をゆっくりと上げた。


「……ここにいた」

「へにゃぁぁぁぁ!!」


振り返ると、いつの間にかヴェロニックが背後霊のように立っていた。

彼女はいつも唐突に現れるが、どんなに月日が経っても全然慣れない。

今回なんか、自分でも恥ずかしくなるような変な声が出てしまった。

……お皿をひっくり返さなかっただけ、まだマシかもしれないが。


案の定、彼女はドン引きしている。


「何、その反応……」

「そりゃそうでしょ!?

突然背後から声かけられた上に、振り返ったら狐のお面を被ったお前が居るんだから!

誰だって驚くよ!?」


少し注意したつもりで言ったが、ヴェロニックは首を傾げていた。

どうやらレイモンが言ったことが想像できない上に、驚く要素がどこにあるのか全く分からない様子。

彼女は天然のドSなのかもしれない。


「はぁ……少佐が呼んでる。

『オレのテントで一緒にご飯食べないか』って」


そ言うと、彼女はまるで霧のように立ち去ってしまった。


色々と解せないが、丁度どこか別の場所で食べようと思っていたところだ。

ましてあのヴェベールの誘いとあれば、断る理由もない。

レイモンはそそくさと、彼のもとへ向かった。




テントにつくと、中から話し声が聞こえてきた。


(あれ?他にも誰かいるのかな?

まぁ、話し相手が多い分にはいいか)


レイモンは軽いノリで、入り口を潜った。

すると中は、想像以上に混雑状態だった。


「おっ!やっと来た!

待ってたぞ!」


一番最初にレイモンに気づいたのは、ヴェベールだった。

彼が嬉しそうに手を振り始めると、中にいた人達も一斉に顔をこちらに向けた。



そこに居たのは、同期の皆だった。

だがそれだけではない。

ここにいるはずのない、レイモンでも知っている偉人が何故か我が物顔で座っている。


「お、オランド少将!?」

「ハロー、パイエット君……で合ってるかなぁ?」


レイモンは流石に混乱した。

彼は今頃東軍の本陣に居て、ここで仲良く食事をしているはずがない。

しかもヴェベールに呼ばれたということは、彼もレイモンと話をしたいということだ。


その理由が、全く想像つかない。

というより、何で自分のことを知っているんだ?

あまりにも疑問が多すぎて、思考が停止しそうになる。


「まぁまぁ、一旦座って落ち着こうか。

その後ゆっくり事情を説明するからさぁ」


オランドは穏やかそうに、レイモンを手招いた。

それを見たナタンは、隣に一人分の座れるスペースを作る。

レイモンはそのまま促されるように地面に座り、一回深呼吸をした。

オランドはとても満足そうに、彼が落ち着くのを見守っていた。


「じゃあ、役者は揃ったことだし……

作戦会議を始めよう、ヴェベール君。

君達も、食べながらリラックスして聞いててねぇ?」


そう彼が言うと、オランドの部下と思われる兵士がみんなの前に地図を広げた。




「じゃあ、単刀直入に……

ボクはねぇ、明日この戦いを終わらせようと思っているんだ」

「「「……は?」」」


その場にいた男子全員が、一斉に口をポカンと開けた。

レイモンに至っては驚きすぎて、むせてとても苦しい思いをする羽目になった。


一方の女性陣は、意外にも平然としていた。

どうやら二人ともおおよそのことは予想していたらしい。

しかし実際に彼の口から聞いて、びっくりしているのは確かだ。


オランドはそんな皆の様子に構わず、話を続ける。


「第14部隊は明日、また先陣をきってもらうよ?

んで、持ち前の勢いで障壁の中に乗り込んじゃって」


彼はぽわぽわした口調で、あっさりと言っている。

だがその内容は、かなりの無茶ぶりだ。

態度と頭の中のギャップが凄すぎで、自然と頭の中が混乱してしまう。



ヴェベールは眉間にしわを寄せて、腕を組み始める。


「……そこまで言うからには、何か策があるんですよね?」

「もっちろん!良く聞いてくれたねぇ!」


オランドは嬉しそうに手を叩いた。

まるで待っていましたと言わんばかりに。

その間彼の部下は、必死に地図の上に兵士の代わりとなる駒を置き続けている。


「部隊を二つに分けるんだ。

一つはヴェベール君率いる、正面突破部隊。

とにかく派手に動いて、注意を向けさせるのが大きな役目。

特に……そことそこの子達を有効に使えば、楽勝でしょ?」


彼は、アデルとナタンを交互に指さした。

確かにアデルはかなり目立つし、突破力もある。

ナタンも初戦のことを考えれば、派手に戦うことが可能だ。


でもナタンがそう言った芸当ができることを、なぜオランドが知っているのだろう?

アデルは剣聖の息子だから、噂があったと考えれられる。

ナタンも一流の職人の跡取りらしいが、アデルよりは知名度が低い。

もしかして、全ての戦況を細かく観察していたのでは……?



そう考えているレイモンをよそに、話はさらに進んでいく。


「もう一つは、敵の隙を付く特攻部隊。

今士気が下がっているかもだけど、王女様が率いれば何とかなるでしょ?

そんで残りの君達が護衛しながら、前方に気を取られている敵の横を突けば……

はい、敵は総崩れぇ!あとは早い者勝ちで敵の首領の首を取っちゃえばいい!」


オランドは部下が丁寧に並べた駒を、全部綺麗になぎ倒してしまった。

本人は満面の笑みで、自分のアイデアを親に言う子供みたいにはしゃいでいる。

しかし皆の顔はとても暗かった。




作戦としてはとても単純すぎるし、本人のノリが軽すぎる。

理屈は通っているが、ゲーム感覚で作戦が練られている気がしてならない。

どうしても、成功するとは思えなかった。

確かに隙はできると思うが、相手の対応が早ければ特攻部隊の脇腹を狙われかねない。

この状態では、首を縦に振るなんて不可能だ。


「あー……色々心配?

んー、じゃあちょっと面白い話でもしようかなぁ?」


そう言うとオランドは座り直し、笑顔を崩さずに低い声を出した。


「実はね、他の軍に()()()明日ボクが仕掛けるってことだけを流しているんだぁ。

ボスの首は早い者勝ちだから、皆大慌てだろうねぇ。

本軍も西軍も、ボクに先に越されまいと明日一斉に色々仕掛けるはずだよぉ。

それに元々全体の指揮はあってないようなもんだから、内部統制が崩れる心配もないだろうし。

であれば、こんな陳腐な作戦でも結構通用するはずさ」


レイモンは思わず、ゾッとした。


まさか、味方全体を手玉に取るとは。

恐らく他の軍がどんなに仕掛けても、第14部隊の勢いがあれば問題ないと踏んでいるのだろう。

逆に複雑な作戦を実行すれば、他の軍の作戦に巻き込まれて機能しなくなる場合だってある。

オランドはもしかすると、それ以上のことまでを考慮しているかもしれない。


「あとねぇ、情報官から敵の首領の情報貰ったんだけどぉ……

『成り上がりのただの平凡』だってぇ!ぷぷっ……!

あの人の言うことは信用できるから、頭がボクより弱いかもぉ。

……だったらこんな総攻撃に対応なんてできないでしょ?」

「…………」


オランド少将、別名”スローロリス”。


可愛い見た目ながら狂暴である動物の異名は、まさに彼に相応しい。

本人はすごく穏やかそうだが、その作戦と思考はとても恐ろしいものだ。

利用できるものはすべて利用し、最低限の労力で戦果を挙げる。

彼がここまで怖い人間だとは、想像もしていなかった。



そんなことをレイモンが考えていると、オランドは面白そうに彼に向かって不敵な笑みを浮かべた。

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