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31話 初戦の成果

夕方頃、開始時と同じホラ貝の音が戦場に鳴り響いた。

撤退の合図だ。

チュテレール軍は速やかに退き、程なくしてあんなに賑やかだった戦場は静寂に包まれた。


グエッラとの戦争初日は、結果としてチュテレールの勝利と言えよう。

敵の無尽蔵な数をもろともせず、彼らは的確に司令塔となっていた兵士達を何人も倒した。

無論チュテレール側もダメージを受けたが、指揮官は皆無事だ。




第14部隊は、四十名程の兵士を失った。

最前線で戦ったわりには、かなり少ない犠牲だ。

だがその中には、レイモンが入隊当日に仲良くなった人や訓練で挫けそうになったときに支えてくれた人が混ざっている。

そんな気さくな仲間と、もう二度と語り合えない。

隊員達の心に影を落とすのには、十分過ぎる被害だった。



幸い、新米隊員は全員無事だった。

ジャッド、ヴェロニック、セレストはほぼ無傷で、レイモンとアデルは擦り傷だらけだが問題なし。

ナタンは無茶をしたせいで貧血状態で、命に別状はないものの数日は安静にする必要がある。


だが皆、開戦前の明るい雰囲気はない。

どこか疲れ果てていて、仲間と世間話に花を咲かせる余裕なんてない。

善戦したというのに、レイモンが入ってから一番空気の悪い時だった。



レイモンは、寝床で横たわるナタンに夕飯を食べさせていた。

だいぶ彼の顔色は良くなったものの、まだ起き上がるのに一苦労だった。


「君は食べないのか?」


冴えない顔でスプーンを運んでくれるレイモンを見て、ナタンが心配した。


レイモンは仲間と協力して敵の戦力を大きく削ることに成功した。

それはとても喜ばしいことで、本人も嬉しい気持ちだった。

だがこの部隊の空気では、素直に喜べなかった。

それに、自分に親しくしてくれた先輩が何人も戦死したのだ。

食べ物を口にする気力にならない。


「あ……大丈夫、もう済ませたから」


レイモンは嘘をついた。

ナタンは少し疑いの目を向けていたが、「そうか」と言って引き下がった。

優しい彼をだますなんて、すごく罪悪感を感じる。

でも体調の悪い彼に心配を掛けまいとしたことだから、いいことをしたのだとレイモンは必死に自分に言い聞かせた。



すると、後ろから足音が聞こえてきた。

リズムや重みから察するに、アデルのようだ。


「嘘つけ」

「え――むぐっ!!」


レイモンが反射的に振り返った瞬間、アデルは彼の口に乾パンをねじ込ませた。

突然のことでレイモンは抵抗するも、強制的に食べ物を噛んで飲み込まされる。

少し落ち着いた後、今度は水を無理やり口に注ぎこまれた。


「っ――――!ゲホッゲホッ!

いきなり何するんだ!」


レイモンはむせながらアデルを睨むと、再び乾パンを咥えさせられた。


「戦場で空腹は命取りだ、食え」


喉の奥まで押し込まれたので、流石にレイモンは苦し気に彼の腕をバンバン叩いた。

そうしてやっとアデルは手を離してくれたが、レイモンが完食するまでじっと見張っていた。

その様子を見たナタンは、少し面白可笑しそうだった。


「やり方はともかく面倒見いいよな、アデルって」

「……あ゙?」


アデルはナタンに対してメンチを切ってきた。

ナタンは彼の殺気に身震いし、「なんでもない」と言って目を逸らした。

まだ空気は重苦しいが、なんだか少し胸が軽くなったような気がする。

レイモンは乾パンの甘みを噛み締めながら、最後の一口を飲み込んだ。



ナタンとアデルの間に居た堪れない風が吹いた。

せっかく居心地が良くなったのに、このままだと元通りになりそうだ。

レイモンは無理やり、話題を変えることにした。


「そういえば聞いたよ、アデル。

少佐よりも多くの敵を倒したんだって?

流石だな!」


……少し、あからさま過ぎただろうか?

アデルは何も言わないどころか、微動だにしなかった。

ナタンも無反応だ。

余計に気まずい。



その沈黙を破ったのは、アデルだった。


「……57勝83敗」

「えっ?」


なんのことが分からず、アデルの顔を覗いた。

彼は相変わらず少し機嫌が悪そうに、腕を組んでいる。


「ヴェル兄との模擬戦の勝敗だ。

認めるのは癪だが、俺は奴より弱い。

そこに白星が一つ増えたところで、何も変わらん」


レイモンは驚いて声が出そうになった。

アデルは同期の中でずば抜けて強いのに、ヴェベールとそこまで差があるとは思わなかった。

彼が素直に認めたのも驚愕だが、それだけヴェベールのことを信頼しているのだろうか?

いや、尊敬と言ったほうが近いかもしれない。


「でも、これから巻き返せるだろ?

この戦いもまだ続くだろうしさ」

「ふん、どうだか」


ナタンの励ましに対して、アデルはそっぽを向いてしまった。


ジャッド(ヴァルキュリャ)が言うには、この部隊はあと一回くらいしか最前線で戦わないそうだ。

機会は限られている」


どうやら、初日に第14部隊を前に立たせたのは勢いを作るためらしい。

この後はいざという時に活躍してもらうため、しばらく後方に回されるか待機になる。

次に本格的に動くのは、恐らく敵の首領の首を取るときだろう。


そうジャッドは推測しているらしい。


「なるほど……犠牲の数を気にする少将らしいな」


ナタンは納得したかのように、天井の方を向いた。


「だったら、インクを作る時間はありそうだ。

今日大量に使っちゃったし、材料は持ってきてるし。

動けるようなったら早速取りかかろうかな」


レイモンは思わず「えっ!」と声を上げた。

インクを作るには、自分の血が必要なはず。

ただでも今貧血で寝込んでいるのに、更に追い打ちをかけるのは身を削りすぎだ。


あたふたしているレイモンをみて、ナタンは彼が何を考えているのか察したようだ。


「あぁ、大丈夫大丈夫!

流石にこれ以上は無茶しないさ。

血一滴でインク10mL作れるから、樽何杯分も作らない限りは貧血にはならないよ。

そんだけあると逆に邪魔だしな、ハハハ!」


ナタンは二人を元気付けようと笑い出した。

少し無理をしているようだが、言っていることは本当のことのようだった。

それだけでも、レイモンの胸のつかえが綺麗に取れた。

一方アデルは大きなため息を漏らして、頭を抱えている。



こうして、イニーツィオの戦いの初日は幕を閉じた。

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