28話 最年少の少佐
チュテレール軍は、部隊の編成関係なしに全面衝突した。
皆物量と個人の戦闘力で殺戮兵器の軍団を押し、徐々に前へと進んでいく。
特に東軍の勢いはその中でも目立っており、衝突から間もない時間でどんどん敵陣に食い込んでいた。
「うゎーお……
凄いなぁ、第14部隊。
ボクにもあんな勢いと元気があればなぁ」
遠くから戦況を眺めていたオランドは、愛馬の上で寝そべりながら呟いた。
背筋を伸ばして礼儀正しくしている部下は、そんな彼の言葉に興味を持つ。
「もしかして、それを見越して彼らを先頭に立たせたのですか?」
「んー……?」
オランドはゆっくりと部下の方に顔を向けた。
彼はとてもおっとりとしているが、少し不敵な笑みを浮かべているようにも見える。
そんな彼を見た部下は、見た目と頭の中のギャップに思わず身震いしてしまう。
「だってぇ、あそこ団結力が並外れているし。
それに少佐はまだピチピチだから、やる気と威勢が他の指揮官よりもあるからねぇ。
これくらい当然でしょー」
オランドはゆっくりと馬から降りた。
そして自分の荷物をあさりだし、何かを取り出そうとする。
「ただぁ……ちょーっと、はしゃぎ過ぎかもぉ?
最初からああだと、大変な目に合うよぉ」
「え?それってどういう……」
部下が反射的に聞き返したとき、オランドは目当てのものを見つけて鞄から取り出した。
……人参だ。
周囲の頭の上に疑問符が浮かんでいるのに気付かないまま、彼は愛馬にそれを差し出す。
「さぁ、ラブちゃーん♪
おやつの時間だよぉ♪
好きなだけお食べ♪」
愛馬は彼に答えるように、人参をガリガリと食べ始めた。
オランドはそれを見て、喜んで彼の首を撫でる。
我が子を可愛がるようなその姿は、さっきまでの会話が夢だったのかと錯覚してしまうほど似つかなかった。
(この人……一体何を考えてるんだ?)
長年付き添った部下が、そう思ってしまうほどに。
***
ヴェベールは千人近くの東軍を引っ張るような形で、敵陣の中を走り抜けていた。
彼は時々後ろを気にするようなそぶりを見せ、部隊がしっかりと自分についていけているか確認していた。
どうやら進むスピードにかなり気を使っているようだ。
そんな中でも、敵の戦闘兵器は彼に容赦なく攻撃を仕掛ける。
だがヴェベールは冷静に、全ての攻撃を捌いた後すぐに全ての個体を両断し続けた。
(相手は鉄の塊なのに、なんで豆腐みたいにスパスパ斬ってるんだよ!?この人!!)
彼の圧倒的な実力に、レイモンは思わず度肝を抜かれていた。
自分なら弱点を意識しないと倒せない敵を、たったひと振りで真っ二つにしているのだ。
ただでも同じ素材で攻撃しているのに、どういった理屈でそういう芸当ができるのか全く理解できなかった。
「進めぇぇぇぇぇ!!!」
ヴェベールは闘志をむき出しにして叫んだ。
周囲の部下達はそれに呼応するように、雄叫びを上げる。
するとさらに、軍の勢いが増していった。
彼が再びロボットを斬ろうとして振り下ろした際、突然バリンと音を立てて刀が真っ二つに砕けてしまった。
相手はそれを見て、隙ができたと思いヴェベールの首を薙ぎ払おうとする。
「少佐!!」
レイモンは大慌てで、彼のもとに駆け寄ろうとした。
しかし、彼が走り出す前にヴェベールは咄嗟に魔術の刻印を光らせた。
そして新しい刀を召喚し、今度こそ敵を両断する。
その数秒の出来事に、レイモンは開いた口が塞がらなかった。
彼はその後もずっと、刀が折れては召喚し敵を斬るということをひたすらに続ける。
これが、ヴェベールの戦い方だ。
とにかく止まることなく、本能のまま敵を屠っていく。
武器が壊れることもいとわず、ただ圧倒し続ける。
それこそまさに、先頭を駆け抜けるにふさわしい指揮官の姿だった。
ヴェベールの勢いが止まらない中、レイモンは違和感を感じた。
最初はとても小さかったが、次第に大きくなり強い不安を抱くまでになった。
でも、それが何なのか一体分からない。
(何だ?このモヤモヤとした感じ……
敵の動きは変わらないし、少佐も相変わらず壊しまくっている。
敵が密集していて進みづらいこと以外、特におかしいことはないはずだけど……
ん?待てよ……)
頭の中で何かを掴んだその時、目の前に急にロボットが一体現れた。
レイモンはハッと我に返ると、今までと同様に足の関節を切断しようとする。
しかし相手のデザインを見た瞬間、卒業試験のことを思い出し体が硬直してしまった。
(コイツ、毒ガスが仕込まれているヤツだ!)
レイモンは咄嗟に距離を取ろうとした。
ここで破壊してしまえば、自分はもちろん周囲の仲間までも危険にさらす。
こんな戦地のど真ん中で、そんな危ないことなんて出来ない。
だが、相手が攻撃を仕掛ける方が僅かに早かった。
レイモンが間合いから離れる前に、ロボットの手に取り付けられた槍が目の前に迫って来る。
(無理だ、間に合わない――!)
レイモンの頭が真っ白になったその時、突風が突然彼の前を吹き抜けた。
ロボットはそれに巻き込まれるように遥か彼方へ飛ばされ、仲間のロボットと一緒に将棋倒しになっていた。
そして何が起こったのか理解する間もなく、レイモンの後方から銃声が聞こえたかと思うとロボットは大きな音と炎と共に爆散した。
「大丈夫か!?」
振り返ると、ナタンとジャッドがいた。
ナタンが風魔術を使って吹き飛ばし、ジャッドが止めを刺したらしい。
レイモンは緊張の糸がほどけてしまい、その場で崩れるように座り込む。
「上の空になったら死ぬわよ!
一体何を考えていたの?」
ジャッドはレイモンをしかりつけるも、彼に寄り添うように膝をついた。
ナタンも心配そうに、彼を見つめている。
レイモンは少し深呼吸をした後、先程掴んだものを言葉にした。
「……敵、増えていないか?」
二人は慌てて周囲を見渡した。
仲間達が必死に敵を倒して言っているにもかかわらず、全然減っていない。
元々の総数がかなり多かったというだけかもしれないが、それにしても異常だ。
最初は窮屈な感じはなかったのに、今では鉄の壁に押されているような感じだ。
どう考えても、レイモンの疑惑が正しいのは明らかだ。
「確かに、少しまずいな……
相手を伺うための戦いとはいえ、このままだと数で押される。
今の勢いが止まったら、こっちが不利になる……!」
レイモンとナタンの額に、脂汗が滲み出た。
どうすればいい?
何か手を打たないと……!
いや、そもそもどうやって敵が補充されている?
どんな命令を受けている?
どこで指示が出されているのか?
そんな考えが、二人の頭の中を駆け巡る。
ジャッドは一瞬だけ考え込んだ後、思いついたように呟いた。
「……少なくとも、彼らに指示を出している兵士を何とかしないと」
彼女は青い光と共に狙撃銃を召喚し、突然構えた。
そして周囲を見渡し、肉眼では見えない遠くの敵を探り始める。
「前方一時の方向、距離九百メートルに複数の敵影あり。
あれは確実に……生身の人間ね。
多分この辺りのロボットは、彼らが統率している」
ジャッドは敵に狙いを定めたまま、二人に話しかける。
「――この状況を打破するために、作戦会議をしましょうか」




