27話 戦争の始まり
それは、とても長い時間だった。
6月11日の8時ごろ、荒れ果てたイニーツィオの地で2つの軍が睨み合っていた。
一つは、この地を治めるグエッラ軍。
彼らは自国を守らんと、昔に築いた障壁を拠点として陣を敷く。
その前には大量の殺戮兵器と、それを指示する兵士達が集っている。
その数、およそ二万。
彼らを束ねる中将フォンターナは、最近昇格したばかりの人物。
それ故、一体どんな手を使ってくるのか誰にも想像できなかった。
もう一つは、報復を試みるチュテレール軍。
敵の障壁の前に陣を敷き、大きく3つの軍に分かれている。
彼らは個々が強い上に、何が何でも勝とうという意気込みでいた。
数は、約一万。
敵よりも少ないが、強国のチュテレール軍に数の差は関係ない。
首領であるレジェ大将は、あまり明確な指示を出さないことで有名だ。
今回も、各部隊や軍のトップにこのことだけを共有していた。
「最初は相手の手の内をさらけ出せ。
その後は各々好きに動いて良い。
グエッラ軍の首領の首は、早い者勝ちだ」
だがこの曖昧な命令によって、各部隊の士気はとても高かった。
皆大きな手柄を取ろうと、自分の持前を武器として躍起になっていたのだ。
この個人の力を応用する方法こそが、レジェの戦い方だった。
そのせいで相手はチュテレールの個々の指揮官の特徴を把握する必要があり、厄介な相手として知られていた。
東軍の先頭に立っていたレイモンは、そんな皆の気迫をひしひしと感じていた。
まるで鋭い殺気が、自分に刃を向けて「敵を殺せ」と脅している感じがする。
死の恐怖より、その空気が彼を押し潰そうとしていたのだ。
レイモンは深く深呼吸する。
無理やり肺に空気を送り、そして熱い空気を吐き出す。
それを何度も繰り返すことで、やっと自分を保っていられた。
(一体、戦いが始まったらどうなるんだ……?)
とにかく、並以下の実力しかない自分は生き残ることが最優先だ。
惨めだろうが誰かに何か言われようが、絶対に生き延びてやる。
そしてこれが終わったら、一回帰省して両親に顔出すんだ――
そうやってレイモンは、ずっと必死に自分を奮い立たせていた。
それから、どれほどの時間が経ったか分からない。
両者の緊張感が頂点に達したのではないかと思った時だ。
ブオォォォォォォン――――
チュテレール本軍の拠点から、ホラ貝の吹く音が鳴り響いた。
その瞬間、何かの糸が切れたかのように皆一斉に走り出した。
皆声を張り上げ、我先に敵に突っ込まんとする勢いで。
これまでの牽制していた時よりも、比較にならないほどの熱気だ。
レイモンは後ろから押されるように、全力で走り始めた。
敵の姿が徐々に大きくなるにつれ、心臓の鼓動も高鳴っていく。
何度か足がもつれて転びそうになるが、何とか踏ん張った。
転べば殺気立った仲間に踏みつぶされて、死ぬのが目に見えていたから。
体も震え出し徐々に体温がなくなっていったが、気合で無理やり抑え込んだ。
そして逃げたいという本能に逆らうようにただひたすら前を走る。
そうしていると、最前列の敵がこちらに向かって銃を向けてきた。
どうやら間合いに詰められる前に、敵を蹴散らす算段らしい。
突然後ろの方から、ヴェベールの怒号が聞こえる。
「防御魔術、準備!!」
レイモンを含む最前列の兵達は、咄嗟に魔道書を準備した。
そして自分の前方に障壁を張った途端、銃弾の嵐が降り始める。
ドドド、カチカチカチ――
障壁をいくつもの弾がぶつかり、金属がつぶれる音が鳴り響く。
物量に圧倒されて仰け反りそうになるが、何とか堪える。
そしてスピードを緩めずに、そのまま走り続けた。
それでも魔術の障壁にも限界がある。
「――っ!?」
敵との衝突まで残り一分のところで、レイモンの頬に銃弾が掠った。
慌ててよく見ると、障壁にひびが入り小さな穴が開いていた。
それから、近くにいた仲間たちが倒れ始めた。
彼らは、頭や首から血を流してこと切れている。
中には完全に防御が壊れてしまい、何発もの銃弾を浴びてしまった人だっていた。
皆、レイモンの先輩であり実力も彼を超えている者達だった。
レイモンは死に物狂いで魔術を酷使した。
終わることのない銃撃に耐えながら、敵に向かって突進し続ける。
魔力を全開にしても徐々にヒビが大きくなる障壁を見るたび、汗が噴き出て体温が下がっていく。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
腹の底から、とても太い声が出た。
仲間が死んでいくことに恐怖や悲しみを感じる暇なんてない。
なにがなんでも、生き延びないと。
そのことだけが、レイモンの頭の中を駆け巡った。
障壁がとうとう粉々に砕けた時、レイモンは既にロボットの間合いに入っていた。
その瞬間、これまでに学んだことを思い出しながら、腰にあった剣を抜く。
(グエッラのロボットは硬い!
だから奴らの弱点、関節部分と首を狙う――!)
剣は弧を描きながら、敵の左足を切り落とす。
そしてバランスが崩れた瞬間、剣の持ち方を変えて首を突き刺した。
「ギギギッ――ガガ――――!」
ロボットは悲鳴のような音を挙げた後、そのまま動作を停止した。
周囲を見ると、他の仲間達も次々にロボットを倒していっている。
部隊の真ん中にいたヴェベールも敵と衝突し、信じられない速さで次々と屠っていく。
そしていつの間にか、彼は最前線で走り回っていた。
(勝利の余韻に浸っている場合じゃない!
僕も一体でも多くの敵を壊さないと!)
レイモンはそのまま、周囲の熱気に飲まれながら別の敵に狙いを定めた。




