幕間 感じたくない違和感
休憩時間、ナタンは人気のない場所で空を見つめていた。
最近の彼は、よくこうして一人で考え事に耽ることが多い。
皆の前では普段通りの態度をとるものの、心の中では不安が埋めいていた。
そんな中、真横から待ちわびていた声が聞こえる。
「……話って何?」
「うわっ!びっくりした!」
前触れもなく突然現れたヴェロニックに、思わず驚いてしまった。
大きな声を出したことに気付いた彼は、咄嗟に口を手で覆った。
しかし周囲を見渡しても、その場にいるのは二人だけ。
ナタンはほっとして肩を落とした。
「何でそんなに周囲を気にするの?」
「あ、えっと、それはな……」
ヴェロニックはナタンの不審な挙動に違和感を覚えている。
気さくな彼がそこまでおどおどしているのはかなり珍しい。
彼女を人のいない場所に呼んだことも、気にかかっていた。
ナタンはため息を溢した後、観念したように話し始める。
「はぁ……変に勘違いされたくないし、結論から言うよ。
実は、セレストの身辺調査をお願いしたいんだ」
「……?」
ヴェロニックはいきなりの話に戸惑った。
ナタンは冗談を言うタイプではないし、本人はかなり真剣。
しかしどうしてそんなお願いをするのか、ヴェロニックには理解できなかった。
「相部屋になってから気づいたんだけど、アイツ何か隠している。
しかもかなり重大なこと。
それでよく考えてみたら、僕は彼の身の上話を一切聞いたことが無い。
君もそうじゃないか?」
「……」
ヴェロニックは小さく頷いた。
確かに、セレストとは長い付き合いだが個人的なことは一切知らない。
むしろ、そのことに今まで気づかなかったことが正直疑問なくらいだ。
「……なんでそう思ったの?」
彼女が疑問を投げかけると、ナタンは眉間にしわを寄せる。
「アイツ人前ではへらへらしているけど、毎晩うなされているんだ。
まるで悪夢を見ているみたいに。
心配でどうしたのか聞いたことあるんだが、適当にはぐらかされてな。
なんだか、すごく……不安になった」
ヴェロニックは少しうつむき、彼の話に耳を傾け続ける。
「それに時々、ほんの一瞬だが悲しそうな顔をするんだ。
それを見た時、すごく怖くなった。
あの時の顔は――」
ナタンは言葉に詰まらせ、震え始めた。
この先のことはあまり言いたくないようだが、言わないといけないと感じていた。
ヴェロニックはそんな彼の思いをくみ取り、ナタンが再び話すのを静かに待った。
彼はしばらくして、消えそうな声で言葉を再び口にする。
「――あの時の顔は、母さんが死ぬ直前と全く同じだった」
ヴェロニックは言葉を失った。
こういう時、どういう言葉を掛けるべきなのか?
セレストへの恐怖への同情?
それとも母親に関することの慰め?
何を言うのは正解なのか、彼女にはわからなかった。
「あ、いや、すまない。
君を不快な気持ちにさせるつもりはなかったんだ。
ただ……」
ヴェロニックは彼の謝罪を否定するかのように、ナタンの言いたいことを代弁した。
「……セレストは何か良からぬことを考えている。
だから彼のことを知りたい」
ナタンはゆっくりと頷く。
「もちろん、君ができる範囲でいい。
杞憂かもしれないし。
……でも、どうしても気になるんだ」
ナタンはヴェロニックに頭を下げた。
ナタンが考えていることはあくまで疑惑だ。
こんなことで少佐の手を煩わせることはできない。
だからこそ、ヴェロニックを頼ってきたのだろう。
「……分かった、できる範囲で情報収集してみる」
ヴェロニックはそう言うと、ナタンは不器用な笑顔を見せた。
「恩に着るよ。
今の時点で大事にしたくないから、内密に頼む」
ナタンがそう言うと、ヴェロニックは静かに立ち去った。




