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21話 生き地獄とは?

軍隊の一員としての日々は、正に地獄だった。


朝は死にそうになりながら、次の業務が始まる寸前までトレーニングに励む。

その時点で、レイモンは皆からだいぶ遅れを取っている。


その後は兵法などの座学の講義の時間もあるが、半分以上は潜伏の仕方や戦い方など肉体的な訓練。

既にヘロヘロの状態で体を動かすのは、本当にきつい。

全力で取り組んでも、教官から怒られることなんて日常茶飯事だ。


そして夕方は、朝と同じトレーニングで締めくくり。

レイモンが全メニューをこなした頃には、既に空は真っ暗で夕食の時間になっている。

無論、その時間までやっているのは彼だけ。


レイモンの一日は、壊れた体を引きずって流れるようにベッドに潜ってやっと終わる。

そして朝になれば、またトレーニング――



毎日、自分がどこまで限界を越えられるかの戦いだった。

訓練中に休んだり、倒れ込んでもしたらヴェベールの刺々しい言葉責めが炸裂する。

その度鞭を打たれたかのように、レイモンは立ち上がってボロボロの体を酷使しなければならない。




時には本当に限界で、朝全く起き上がれないことがあった。

だが――


「くそっ!何故貴様の世話までやらねばならん!」


見兼ねたアデルが無理やりレイモンをベッドから引きずり出し、そのまま服を着替えさせグランドまで連行する。

その日は訓練中に気持ちよくなって、三途の川を生まれて初めて見た。

逆にそれ以降、アデルに強制的に叩き起こされることが増えた。



入隊してから一週間だった頃には、同期の仲間と大きな差が開いていた。


アデルは対人戦で、度肝を抜かすほどの大接戦を繰り広げる。

ジャッドは、射撃訓練で過去最高記録を余裕で更新。

ナタンは魔術を披露した際、圧倒的な高威力で先輩達を圧倒。

ヴェロニックは潜伏訓練で、最短記録で目的地に到達。

セレストは全訓練を涼しい顔でこなし、逆に目立っている。


一方のレイモンはというと、全てにおいて過去最低記録を絶賛更新中。

初日と比べてよくなるどころか、どんどんひどくなっている。

完璧に悪循環だ。



唯一心の支えは、仲間の励ましだった。

レイモンが中々メニューを完遂できず残ると、必ず誰かしらが最後まで見届けてくれる。

その人物はジャッドやナタン、時には出会ったばかりの先輩方だった事もある。

皆必ず疲れ果てた彼に差し入れをしたり、話を聞いてくれたりと寄り添ってくれた。


それにヴェベールも含めて誰も、「故郷に帰れ」とか「やめてしまえ」という言葉は冗談でも絶対に口にしない。

こんなに足を引っ張っていても気にかけてくれるなんて、恐らく他の部隊ではあり得ないことだろう。

その事実だけで、レイモンの折れそうな心は何とか繋ぎ止められていた。




一体何が問題なのか、自問自答してみたことがある。

そこでレイモンが導き出した答えは、”代謝効率の悪さ”だった。


限界を迎える時は大抵、体はまだ余裕があるのに息ができなくなっていた。

どんなに必死に空気を吸っても、体の要求量を満たすことができずに酸欠状態になる。

そして次第に、体が鉛のように重くなって動けなくなるのだ。


だからレイモンは、隙間時間に無理のない範囲の有酸素運動を行っていた。

おかげで最初より呼吸は楽になったが、本当に僅かだ。

皆の背中はそれでも、とても遠かった。






ある日の夕食後、いつものように死人みたいな状態で部屋に戻った。

すると、木刀を持ったアデルが仁王立ちでレイモンの帰りを待っていた。


「……少し付き合え」


彼は有無を言わさず、レイモンの首根っこを掴んだ。

そして無理やり部屋から連れ出し、どこかへ向かっていく。


「おい、やめろ!

僕は疲れているんだ!せめて訳を話してくれ!!」


アデルはレイモンの話に聞く耳を持たなかった。

ただ他の隊員達から憐みの眼差しを向けられながらも、すたすたと宿舎の外に出た。




開けた場所に出たところで、レイモンはやっと解放された。

彼が戸惑いながらアデルを見ると、珍しくとても真面目な顔をしている。

それだけで、レイモンの苛立ちは急に収まってしまった。


「その場で軽く走ってみろ」


アデルは顎で指示を出した。

状況についていけないレイモンは、何事かとアデルをただ見つめる。

だが本人が至って真剣なことしか分からなかった。

仕方なく、言われたとおりにレイモンは渋々走り出す。



しかし数歩進んだところで、アデルの表情が激変した。


「ちっがぁぁぁぁう!!!」


アデルはいきなり、レイモンに向かって木刀を投げつけた。

思わず驚いてレイモンは避けたが、木刀は後ろの壁に深く突き刺さっている。

青ざめながらゆっくりと振り返ると、怒りで震え出したアデルがいた。


「なんだ!そのブリキの玩具みたいなよちよち走りは!!

軸と重心の位置がブレブレで、気持ち悪いにもほどがある!

もっと姿勢を意識しろ!!」

「……え?」


レイモンは呆気にとられた。


完全に盲点だった。

今まで適当なフォームで走っていたから、その分余計に疲れていたのだ。

もししっかりと姿勢を正せば、毎日のランキングの負荷が軽くなるかもしれない。



アデルは構わず、言葉をまくしたて続ける。


「それに貴様、呼吸リズムが滅茶苦茶だ!

学校で言われた基礎がまっったく身に付いておらん!

さては他のトレーニングでも適当に息しているだろ!

阿呆が!よく今日まで生き残れたものだ!」


そこでやっと彼は、息を荒げながら止まった。


そういえば、一年生の頃に”運動中の呼吸方法”に関する授業があった気がする。

すっかり忘れていた。

確か、呼吸を意識しないとうまく息ができていない場合があったり、酸素を効率よく取り込めないと言われたような。


(だから今まで息がきつかったのか……)


レイモンの頭の中で、全ての辻褄が合った。




レイモンがぼうっと感心している間、アデルは壁に刺さった木刀を引き抜いた。

そして般若のような顔をしながら、刃をレイモンに向ける。


「俺は貴様の母親ではない、毎朝世話をするのはもう限界だ!

基礎が身に付くまで、俺が直々に調教してやる!

光栄に思うがいい、剣聖の息子が一肌脱いでやるんだからな!」


あまりもの気迫に、レイモンは肝を冷やした。



だが本気でレイモンを後押ししようとしているのは確かだ。

成り行きに近い理由であれど、アデルは心配しているのかもしれない。

だとしたら、感謝しきれない。


「アデル、ありが――」

「礼を言う余裕があるならとっとと走れ!!」


アデルは怒り任せに木刀を振り下ろした。

レイモンは再び躱したが地面に木刀が叩きつけられると、大きな音を立てて地面がへこんだ。

殺気を感じて縮み上がったレイモンは、咄嗟にアデルから逃げ出す。


「違うと言っただろ!!

もっと背中を伸ばして手を振れ!のろまが!!」


アデルはそのまま、涙目のレイモンを追いかけ回した。

そして何度も助言をぶつけ、彼に徹底的に基礎を叩き込む。




そんな二人の様子を、遠くから窓越しにヴェベールが眺めていた。

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