20話 本場の訓練
入隊初日の夕食は、お酒はないのに宴会ムードだった。
その場にいた先輩隊員がレイモン達を取り合い、自分たちの席に引き込もうとする。
上手くいった場合は新人の身の上話を話させたり、戦場の話や自身の英雄譚が飛び交う。
しかも隊員たちは皆優しい上に、とてもフランク。
おかげで雰囲気に圧倒されていたレイモン達も、すぐに打ち解けてしまっていた。
そんな様子を、ヴェベールは満足そうに見守っていた。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎてしまい、就寝時間となった。
レイモンは皆と別れて部屋に戻っても、まだ浮かれた気分が残っていた。
「何ニヤニヤしている?気色悪い」
アデルに指摘されて自分の顔を触ってみると、口角が上がっている。
皆に手厚く歓迎されて、自分でも気付かないほど嬉しかったようだ。
「だって、かなりお堅くて厳しいところだと思ってたんだもん。
こんなに過ごしやすい部隊に入れるなんて、お前でも悪くないだろ?」
少し早口気味のレイモンを見て、アデルは舌打ちをして寝支度をし始めた。
どうやら彼も、この部隊に入れてほっとしているようだった。
もちろん口には出さないが。
「……明日から俺達も訓練に参加する手筈だ、とっとと寝ろ。
ヴェル兄は鬼畜だからな」
「え?」
アデルはそのまま、あくびをしながらベッドに入り蹲ってしまった。
直後、すぅすぅと寝息を立てて夢の世界へ旅立つ。
レイモンは彼の最後の一言が頭の中でこだましてしまい、一気に眠気が覚めてしまった。
「……僕、やっぱりこの部隊でやっていけるのか?」
***
――アデルの言う通りだった。
翌朝は五時に起床のラッパの音が鳴り響き、身支度を整えてグランド集合。
そして点呼後、トレーニングを始める。
ここまでは学生時代と同じだ。
その後、学校では腹筋、腕立て伏せ百回ずつとランニング二十周だったが――
「よし、腹筋二百回始め!」
「…………はぁ?」
最初、聞き間違えかと思った。
しかし百回終わってもカウントは続き、本当に二百回行ってしまった。
ただでも軍学校のトレーニングがきつかったレイモンにとって、地獄そのものだ。
何とか完遂し息が苦しくお腹が痙攣している中、次の指示が響き渡る。
「次、腕立て伏せ二百回!」
そうして休む間もなく、次のトレーニングに移行した。
あまりにもきつすぎて、一瞬サボろうかとレイモンは考えた。
だがトレーニング中、ヴェベールが目を輝かせて巡回している。
そして真面目に参加していない隊員に向かって、笑顔で持っている竹刀を投げ飛ばし、見事なたんこぶを作る。
その光景を見た時、どこからか力が湧き上がってきた気がした。
ふと、同期のみんなの様子に目がいった。
アデルは既にこのトレーニングを行ったことがあるみたいで、平然としている。
セレストも同じだ。
ジャッドとヴェロニックは汗をかきながらも、何とかこなしている。
ナタンは元々体力に自信がないせいか、かなり顔が険しい。
それでも、必死についていこうと努力している。
レイモンも遅れをとらないようにと、自分を奮い立たせてしがみついた。
かなりヘロヘロになったところで、今度はグランドを四十周。
学校の校庭よりも短ければまだマシだったが、逆に長い。
レイモンは既に過呼吸気味で、お腹と腕が言うことを聞かなかった。
それでも一生懸命頑張る同期を見て、体に無理やり鞭を打った。
しかし、気合だけで乗り切れるものではなかった。
二周終わった頃にレイモンはとうとう限界が来てしまい、その場で倒れて動けなくなった。
意識はあるものの、とにかく酸欠で苦しい。
まるで誰かに首を絞められながら運動しているかのように。
そんな中ヴェベールが満面の笑みで近寄り、竹刀の先で頬をぐりぐりと押す。
「もしもーし、レイモンくーん?
こんなところで伸びちゃって、どうしちゃったのかなぁ?
まだランニング、始まったばかりだけどぉ?
もしかして、私生活がだらしなさ過ぎて体力落ちちゃったぁ?
そりゃ大変!だったら相部屋しているアデルと一緒に指導しないと。
おーい!!アァァデェェr――」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
レイモンは反射的に叫んだ。
ただでも今死にそうなのに、アデルを巻き込んだら彼に絶対殺される。
冗談じゃない。
それだったら、トレーニング中に昇天した方が遥かにマシだ。
レイモンは死ぬ気で立ち上がり、視界が狭くよろけながらも必死に走った。
彼が走り終えたのは、皆がトレーニング後の朝食を済ませた後だった。
レイモンはヴェベールの目の前でぐったりと倒れ、喉の激痛に耐えながら必死に呼吸をした。
(こ、これが……毎日……続くのか……?)
そう考えると、ゾッとする。
こんなにハードなことを続けたら、かえって悪影響だ。
体を壊しかねない。
でも先輩たちはこれを毎日こなし、訓練を積んでいる。
であれば、恐らく肉体的には問題ないのかもしれない。
なら、必死に噛り付けばいつかきっと学生時代のように――
「おつかれ!初日から死にそうだな!
はいこれ、差し入れだ。
落ち着いてから食べるように。
特に水分は摂取しないと脱水症状になるから、絶対に飲むんだぞ?」
ヴェベールは優しい顔をしながらレイモンの横に、水と箱に詰められたサンドイッチを置いた。
どうやら朝食を食べそこなわないよう、簡単なものを用意してくれたみたいだ。
彼は優しいが、仕事ではかなり厳しくなるタイプのようだ。
トレーニング中はやらせていることと本人の表情が合っていなくてとても恐ろしかった。
でも今の彼は、レイモンに寄り添ってくれる親切な兄のように見える。
それだけで、目頭が熱くなってしまう。
「……ありがとう……ございます……
明日は……こんな……醜態を……さらさないように……気をつけ……」
「ん?何言ってるんだ?」
ヴェベールは無邪気にほほ笑みだした。
「夕方もこのトレーニングするから、その時はちゃんとやり切ってね!」
「――――」
レイモンの中で、何かが壊れる音がした。




