19話 初顔合わせ
「ははっ、あの時ぶりだな!
相変わらず仲が良さそうでオレも嬉しいよ!」
ヴェベールの姿を認識した途端、呆気にとられるレイモンを除く仲間達は一列に並び敬礼をした。
レイモンはその様子を見て大慌てで皆に倣い、背筋を伸ばして右手を目の上に添える。
ヴェベールの軍服はレイモンが着ているものとは違い、とても格式があった。
鮮やかな装飾に、腰の由緒ありそうな刀、胸に付けられた勲章のバッジ。
それだけで、20代前半の彼が本当に少佐であることが一目で分かる。
(まさか、ヴェベールさんがこんなに偉い人だなんて……
試験の時はそんなに畏まった格好していなかったから、全然気付かなかった)
レイモンが意外な人物との再会に驚く中、ヴェベールは困ったかのように腕を組んだ。
「よしてくれ、オレは堅苦しいのが苦手なんだ。
特に王女様にそうされると、なんだか悪いことをしている気分になる。
公の場とか真面目な時以外はリラックスしてくれ」
レイモン達は少し戸惑いながらも、言われるがまま緊張を解いた。
ヴェベールは自然体になった皆を見て、満足そうに微笑む。
「そう、それでいい!
いやぁ、こう見ると壮観だな!
おまえ達を引き込むの、滅茶苦茶大変だったんだぞ!」
彼の話では、卒業生の割り振りの会議で取り合いになったそうだ。
特別チームを圧倒した実力と、国家レベルの重大事件の収めた時の活躍ぶり。
それを知っていた隊長たちは、是が非でも誰か一人引き込みたくて仕方なかったらしい。
そんな中、ヴェベールは全員を引き込むことを堂々と宣言した。
もちろん反発がすごかったが、彼はそれを丸め込んだ。
「彼らはチームだったからこそ実力を発揮した。
だからこそあいつらをバラバラにしたくない。
それに実際に戦ったオレだからこそ、彼らを強くできる自信がある」
そう言うと他の人達は黙ってしまったらしい。
結局、ヴェベールの弁論によりレイモン達六人をまとめて入隊させることに成功したというわけだ。
「……相手の弱みをちらつかせたの間違いだろ」
話を聞いていたアデルは、隣にいたレイモンでも聞き取れないほどの小声で呟いた。
しかしヴェベールには聞こえたらしく、笑顔で彼の肩に腕を回した。
「おやおやアデルくーん?今何か言ったかなぁ?
あ、そういえばお前がまだ三歳の頃、お化けが怖いって泣きながらオレのベッドの中に――」
「その話はやめろ!!」
トマトのような顔をしたアデルは、ヴェベールの話を無理やり遮った。
そんな彼をヴェベールは茶化すかのように顔を横から覗かせている。
二人は血がつながっていないらしいが、本当の兄弟のようだ。
なんだか微笑ましい。
……でもヴェベールが”相手の弱みに付け込むのが好き”という噂は、あながち間違いではないようだ。
「そういえば、王女様。
一応確認するけど本当にここでいいのかい?
今ならまだ異動可能だけど」
突然、怒り狂うアデルを片手で押さえながらヴェベールは真面目な話を切り出した。
ジャッドは少し考え込んだかと思うと、凛々しい目つきで彼を見た。
「ええ、構わないわ。
確かに王族である私は、後方で戦略を練る方が立場的に正しいのでしょう。
……でも、私は最前線で戦う方が性に合っているの。
少佐には色々迷惑をかけるかもしれないけど、私のワガママ受け入れてくれる?」
腹の据わった彼女を見て、ヴェベールは晴れやかに「御意」と言って頭を下げた。
どうやらジャッドがここにいるのは、彼女自身の意思のようだ。
恐らくこの部隊でも後ろで待機していることが多くなるかもしれないが、それでも前に出たいという意思がひしひしと伝わる。
そんなジャッドの人柄に、レイモンは眩しくなった。
「じゃあ入隊手続きを始めよう!
その後施設の案内も軽くさせてもらうよ。
……おいアデル、いつまで暴れている気だ?
ロープで縛りあげるぞ?」
ヴェベールが低い声で牽制するとアデルは萎れた花のようにしぼんでしまい、すぐに大人しくなった。
流石少佐だ。
事務的な手続きが終わったあと、レイモンたちはヴェベールに連れられて施設を案内された。
グランドに訓練場、射撃場、ジム……
学校とは比較にならないほど充実していて、レイモンは感動を隠せなかった。
「あれ?魔術の練習場は?」
一通り周り終わったあと、ナタンはきょとんとしていた。
確かに今まで見たものは肉体的な訓練施設で、魔術に関するものが一切ない。
強いて言えば、魔導書が置いてある図書室くらいだった。
「悪い、うちの部隊は武闘派が多くてな。
魔術を扱う人があんまりいなくて、整備を後回しにしてたんだ。
来年には専用の訓練場が完成予定だから、しばらく勘弁してくれないか?」
ヴェベールは申し訳なさそうに、ナタンに向かって手を合わせた。
ナタンは少し不満げだが、「それまで開けた場所を使わせてくれるなら」と渋々了承した。
ここで初めて、第14部隊が設立されたばかりなのだとレイモンは実感した。
最後に、宿舎に案内された。
基本的に二人部屋で、予想よりもプライベートが確保されていている。
ちょうど空部屋が多かったらしく、女性陣は二人とも同じ部屋に、男性陣はナタンとセレスト、アデルとレイモンという組み合わせで入ることになった。
(嘘だろ……ナタンと一緒が良かった……)
レイモンが落ち込んでいる中、早速アデル節が発揮される。
「ふん、貴様とともに過ごすことになるとはな。
……まぁいい、もし日課の瞑想の邪魔をしたら叩き斬ってやるから覚悟しておけ!」
そう言ってベッドの上で胡坐をかく彼は、レイモンを見下した。
物凄く気まずくて、思わずため息が出てしまう。
彼なりに、相部屋になって喜んでいるようだ。
(いや、本当に喜んでいるのか?アレ……)
レイモンがしょぼくれながら荷物を置くと、ヴェベールは18時に食堂に来るようにと言ってどこかに消えた。
これからアデルと苦楽を共にするなんて、精神が持つだろうか?
いつの間にか、ヴェベールが言った時間が迫っている。
荷解きはまだ終わっていないが、遅れるほうがまずいと思いアデルと一緒に食堂へと足を運んだ。
何も考えずに扉を開けると、既に先輩にあたる隊員たちが大勢食事をとっていた。
彼らは一斉にレイモンたちの方を向くと、一瞬真顔になった。
だがすぐに興奮しだし、いきなり騒ぎ始める。
「――おお!お前達が新入隊員か!?」
「すげぇ!ピチピチしている!滅茶苦茶可愛い!」
二人が何事かと戸惑っていると、数十という大人数で一気に押し寄せてきた。
どこから来たのか、趣味は何か、好きな異性のタイプは何か……
ありとあらゆる事を根掘り葉掘りと聞かれ、色々と頭が追いつかず困惑するばかりだ。
アデルの方も、父親の話とか剣術の話を振られてかなり面倒臭そうな顔をしている。
その間にも他の四人が食堂へとやってきたが、その度に歓声が上がり二人と同じ目に合って困り果てていた。
どうやらこの部隊は全体的に、長と同様かなり気さくみたいだ。
そんな人だかりの中に、ヴェベールが姿を現す。
「はいストップ!少し落ち着け」
その一声で、現役隊員たちはやっと距離を置いてくれた。
勢いがすごすぎてレイモン達は息切れを起こし、かなり疲れて果ててしまった。
ヴェベールはそんな彼らの前に立ち、現役隊員に向かって声を張り上げた。
その姿は、数百の兵を率いるリーダーそのものだ。
「みんな!紹介しよう!
彼らは今年の新入隊員で、軍学校の事件で大活躍した優秀な後輩たちだ!
くれぐれも優しく接してあげるように!」
「おぉぉぉぉぉ!!!」
現役隊員たちは、一斉に歓喜を上げた。
食堂に入った時点で分かったことではあるが、皆レイモン達を心から歓迎している。
軍に堅苦しいイメージを持っていたレイモンにとって、目から鱗の光景だった。
最初はどうなるかと思ったが、ここなら自分でも気楽に過ごせるかもしれない。
そう考えると、肩の力が自然と抜けていった。
「驚いたか?
まぁ、うちの隊がかなり変わっているのは事実だ。
でもな、この雰囲気が全体の団結力が上げるんだ。
オレはこれこそが軍に一番必要なものだと思っているし、ここの強みだと自負している」
ヴェベールは振り返り、レイモン達を一瞥しながらにこやかに手を差し出した。
「改めて歓迎しよう!
――第14部隊にようこそ、諸君!」




