18話 第14部隊新入隊員
4月10日、軍服に包まれたレイモンは機関車を乗り継いで第14部隊の基地へと向かっていた。
車窓を眺めていると、澄み渡る青空とのどかな田園風景が広がっている。
通り過ぎていく人々は皆、楽しそうに畑仕事をしていて平和だ。
そんな風景とは反対に、レイモンの心はどんよりとしていた。
(第14部隊か……とんでもないところに入っちゃったな……)
聞いた話数年前に全滅したが、最近になって再編成された部隊らしい。
三百人程で構成され、他の隊と比べると少ない部類だ。
だが戦局を大きく変えることができ、かなり精鋭が集まっていると聞いた。
特に部隊を率いる少佐は、トップクラスの強者。
最前線で一人で戦って無傷で生還したという逸話を持っているそうだ。
しかも相手の弱みに付け込むのが好きな、変わった性格らしい。
ただでも平凡極まりない自分が、そんな部隊でやっていけるのだろうか?
例の事件の活躍の噂を聞いて恐らくレイモンを引き抜いたのだろうが、少佐を失望させる未来しか見えない。
そうなったら、最悪追い出されてしまうのだろうか?
そのうえ、今年の第14部隊の新入兵士は両手で数えられるほどしかいないらしい。
そんな中で、もし同期とうまくいけなかったら?
肩身狭い中で期待を裏切らないように気を張り続けるなんて、できるのだろうか?
(……はぁ、こんなことをくよくよ考えてもしょうがないか。
国の命令で配属された以上、そんな環境でも生き残っていくしかない。
大丈夫、学校でも何とかしがみつけたしあのシュヴァリエ伯爵にも褒められたことがあるんだ。
きっとうまくいくさ、レイモン!)
そう前向きに考えようと努力していると、いつの間にか目的の駅に着いた。
基地は、駅からそう遠くはなかった。
駅前の商店街や賑わいを抜け十五分くらい歩いていると、目の前に立派な建物が見えた。
入口の立派な門の看板に目をやると、”第14部隊本部”と書かれている。
(ここか……最近できたって聞いたのに、建物は古くて貫禄があるなぁ)
レンガ造りの二階建ての見たことのある建築様式の建物。
どうやら昔ここに住んでいた富豪が手放したものみたいだ。
建物の奥には最近できた高い建物が連なっており、どうやらそこが宿舎らしい。
隊員が少ない割には、とてもしっかりとしていて趣がある。
もしかすると、これこそが国からの第14部隊への期待の表れなのかもしれない。
「やばっ!もうすぐで約束の時間だ!」
レイモンは大慌てで、門の前に立っている守衛の元へ向かった。
レイモンが入隊の通知書を見せると、守衛は何も言わずそれを眺めた。
「あの建物に入ってすぐの右手の部屋で待機しろ。
時間になれば少佐が直々にお見えになられる」
守衛はそのまま、何もなかったかのように本来の仕事を再開した。
どうやら必要以上に話すことは禁止されているらしい。
折角だから部隊について少し聞こうかと思ったが、人を寄せ付けない雰囲気に圧倒されてしまいそのまま指定された場所に向かった。
部屋の前にたどり着くと、ドア越しに複数人の話し声が聞こえてきた。
他の新入隊員はもうすでに到着しているみたいだ。
数は五人と言ったところだろうか?
一体どんな人達だろうと考えていると、全員の声に聞き覚えがあることに気がついた。
(ちょっと待って、まさか――)
レイモンは思わず荷物を地面に置き、ドアを勢いよく開けた。
そこにいたのは、かつて一緒に過ごした仲間達。
アデル、ジャッド、ナタン、ヴェロニック、そしてセレストだった。
見間違えでもないし、誰もかけていない。
「レイモーン!会いたかったぜ!再会のハグしようや!」
「え?これ、どういうこと?――おい、ちょ待っ!離れろ!!」
セレストはレイモンを見るなり、抱きつき唇を尖らせて迫ってきた。
思わず寒気が走り、レイモンは反射的に彼を必死に引き剥がそうとする。
「……気持ち悪い」
明らかにドン引きしたヴェロニックに反応するかのように、ナタンがセレストを無理やり剥がしてくれた。
そして軽くげんこつを落とされたセレストは、部屋の隅っこでブーブー言い始める。
本当に彼はいつもブレないから困りものだ。
「やっぱり、レイモンもこの部隊に入るのね。
新入隊員は六人って聞いているから、これでピッタリだわ」
ジャッドはアデルの方を向きながら、短い青色の髪の毛をくるくるいじり始めた。
彼女の軍服は、皆とは違い高級感があった。
恐らく身分的な問題でレイモン達より良いものを身にまとっているのだろう。
逆に王族である彼女が最前線で戦う部隊にいること自体が不思議だった。
一方のアデルは少し気まずいのか、後ろを向いて爪を無我夢中で噛んでいる。
仕方ないだろう。
あんな甘酸っぱい別れ方をした後に、すぐに再会することになったんだから。
レイモンとて、少し気恥ずかしくて耳を赤らめていた。
「みんな、久しぶり……?
まさか同じ部隊だなんて想像していなかったよ。
こんな偶然あるんだな」
レイモンがそう言うと、アデルが振り返った。
彼は相変わらず不機嫌そうだが、いつもと違う。
どこか落ち着かない様子で、ずっとキョロキョロ見回している。
まるで誰かがいないことを確認しているかのように。
「たわけ!偶然なわけあるか!
絶対に、アイツは狙って俺達を引き込んだのだろう!
ちっ、面倒な……!」
「……少佐のこと?一体誰なんだ?」
レイモンの質問に、一同は驚愕していた。
普通なら自分の上司が誰なのかを把握するところを、彼は知らなかったからだ。
もちろん気になって調べたが、噂話だけで名前などの詳細までは聞いていない。
レイモンは自分の情報の疎さに嘆きざるを得なかった。
そんな彼を気遣ってか、ナタンが口を開く。
「全く、それくらいはきちんと調べろよ?
いいか、ここの部隊を率いる少佐は――」
「そう、オレだよ!」
何者かが突然話に割り込み、レイモンの背中を叩いた。
かなり強い力で体のバランスをが崩れたが、危ういところで踏みとどまった。
レイモンが振り返ると、人懐っこい笑顔の相手を見て思わず声が出そうになった。
卒業試験の特別チームのメンバーであり、アデルの父の弟子――
ヴェベールだった。




