17話 晴れやかな卒業
春の温かな陽気に包まれて、レイモンは無事に軍学校を卒業することができた。
最初は成績が低過ぎて卒業が怪しかったが、最後の試験で優秀な同級生に巡り合ったことで何とかここまでこれた。
それに成り行きとはいえ、国家的に重大な事件の終止符を自ら打った。
そのおかげで、試験で共に戦った仲間と一緒に特待生として表彰されたのだ。
一年前の崖っぷちのレイモンに、こんなことが予想できただろうか?
卒業式の日、レイモンの両親は息子の姿を見た途端泣き崩れてしまった。
「あの虫一匹殺せなかった子が、ここまで立派になるなんて……」
母親はそう言ってしゃっくりをし始めた。
彼女の背中を擦る父親の目にも、嬉し涙が今にも零れそうだった。
レイモンはむず痒くも、誇らしげに両親の肩を抱いた。
その後たまたま、死地を共にした仲間たちが桜の木の下に集まっているのを見かけた。
「おーい、レイモン!」
すっかり全快したナタンが、レイモンに気付いて手を大きく振り始めた。
駆け寄って輪の中に入ると、懐かしい試験の時の記憶が鮮明に呼び起される。
「卒業おめでとう、まさかみんなでステージに上がるなんて思ってもいなかったわ」
「いやジャッド様、こちらこそお礼を言いたいよ。
もしみんなと一緒のチームになっていなかったら、僕卒業できていたかどうか……」
レイモンがここまで成長できたのは、皆に出会ったからだった。
ジャッドの指導力、ヴェロニックのアドバイス、ナタンの慰め、アデルやセレストの無茶ぶり。
かなりきつかったこともあるが、それらがあったからこそ自分はここにいる。
そう考えずにはいられなかった。
「……下心丸見え」
「えっ!違う!そんなんじゃない!」
ヴェロニックの爆弾発言で、レイモンは物思いに耽っている中ジャッドを凝視していたことに気付いた。
流石に本人を目の前にしてそんなお花畑なことを考えられるわけがない。
しかしヴェロニックは慌てている彼をよそにそっぽを向いている。
完全に分かっててやったようだ。
そんな二人のやり取りを、ジャッドはクスクスと面白そうに笑った。
「入隊先の発表、確か明日だっけ?
僕達もしかすると、この先会えないかもしれないね」
ナタンは少し肩を落とした。
軍学校の卒業生は、すぐに部隊に配属されることになる。
基本的には本人の成績や持ち味によって振り分けられるため、特別な理由がない限りは自由に決められない。
そのため、発表当日にならないと誰がどこに行くのか一切分からない。
隊によっては、もう二度と顔を合わせることが無い場合だってある。
……本当に、彼らに会うのがこの日で最後かもしれない。
「はぁ、せめて卒業前に通知してくれればなぁ。
酷だよ、こんなの」
ナタンの言う通りだ。
上層部の決まりには、下っ端や若者の都合なんて考慮されない。
恐らく軍本部の都合でこのようなスケジュールになっているのだろう。
だとしても、もう少しこちらの気持ちとかを考えてほしいものだが。
「ふん、清々する。
貴様らの顔をもう二度と見なくて済むなんてな」
そういうアデルは、わざとらしく素知らぬ顔を見せた。
彼なりにみんなに会えなくなるのが寂しいのだろう。
誰もがそう言いかけたが、あえて口に出さなかった。
「でも僕は、いつかみんなにまた会えることを願っているよ。
その時は全員で昔のこととか語り合おう」
レイモンの何気ない一言に、一同は和んだ。
素直じゃないアデルでも、同じことを考えていたようだ。
そこでみんなは、いつか分からない再会の約束を固くかわした。
「レイモン」
長い時間が過ぎ、皆が分かれ始めたころに突然セレストが声を掛けた。
彼はいつものようにニコニコしているが、その眼差しは真剣そのものだった。
「……死ぬなよ?」
それだけ言うと、返事を待たずにそのままセレストは立ち去ってしまった。
その時に、強い風と共に桜の花びらが舞い上がる。
そんな彼の背中には何か重たいものがしがみついているかのように、レイモンには見えた。
***
翌日、レイモンが実家でくつろいでいると小包が届いた。
よく見るとチュテレール国王の印鑑が押されており、それが入隊に関するものだとすぐに分かった。
レイモンは慌てて自室に戻り、震える手で手早く小包を広げた。
そこに入っていたのは、国の軍服と一枚の通知書だった。
軍服は幼い頃から憧れて見ていた、兵士が着ているものだ。
当たり前ではあるが、その事実だけでレイモンの心臓を高鳴らせる。
紺色の頑丈な布地、黄色の襟、そして立派な軍帽……
昨日の卒業式の時点で自分が本当の兵士になったことを実感していたが、改めてその事実を噛み締めた。
試しに袖を通して鏡の前に立ってみると、想像以上に似合わない。
まるであどけない子供が、背伸びして大人の服を着ているようだ。
自分の雰囲気と、軍服のオーラがここまであっていないことに思わずへこんでしまう。
(……でも、これから似合うようになればいいんだ)
まだ自分には、兵士として足りていないところが多い。
だからこれからもっと経験を積んで、立派な兵士になればいい。
そうすればきっと、いつかはこの軍服を着て堂々と人前を歩けるほどの自信がつくはず。
そうやって、レイモンは前向きに考えることにした。
ふと、一緒に入っていた通知書が目に入った。
レイモンは軍服を着たまま、恐る恐る手を伸ばした。
緊張しながらゆっくりと封を開け、中身を見る。
そして無意識に、チュテレールの国旗が描かれたその紙に書いてある文言を声に出して読み上げた。
「……チュテレール軍学校第167期生、レイモン・パイエット殿。
貴殿を第14部隊に配属することを、ここに通知する。
正式な入隊手続きを行うため、4月10日11時に荷物を持ち部隊の基地へ来られたし」




