16話 不幸中の幸い
卒業試験で起きた事件の話は瞬く間に国中に広がった。
レニエの謀反、グエッラのロボットの脅威、そして結末……
町に出ればどこにいてもこの話で持ちきりだった。
でも暗い話として盛り上がっているわけではない。
先生や学生達の奮闘を称え、特に学生の将来に期待を寄せる声がとても多かった。
時には狙われたジャッド、無双したセレスト、そして事件に終止符を打ったレイモンの名前が出ることもある。
もちろん、怪我人は多い。
ナタンやジェラールのように、死の淵を彷徨った者だっていた。
そんな人達も、医療班の努力により何と事なきを得ていた。
意識を失っていた二人も事件翌日には目を覚まし、今では会話ができるまで回復している。
幸運なことに死者は出ず、皆無事に兵士に復帰できる見込みがあるのだ。
だからこそ、この事件は国の希望として語られていた。
そんな中、レイモンとジャッド、ヴェロニックは入院中のアデルとナタンの見舞いに来ていた。
二人のいる病室に入ると、彼らは各々に時間を潰していた。
「お!来てくれたのか!」
体を起こして読書していたナタンは、レイモン達に気づき手を振ってくれた。
彼は回復しきっていないため、ベッドからまだ出られない。
でも顔色はとてもよくて、逆に元気が有り余っている様子だ。
そんな彼を見て、レイモンはつきものが落ちたような感覚がした。
一方のアデルは、とても憂鬱なようだ。
レイモン達に一切気付かず、ブツブツ言いながら爪を噛んで歩き回っている。
彼はほぼ全快しているが、呼吸器をやられたため激しい運動は控えるように医者から言われているらしい。
暴れることが取り柄な彼にとって、かなり苦痛だろう。
逆にここで大人しくしている方が気味が悪い。
「二人とも、元気そうでよかった。
……あれ?ジェラール先生は?」
レイモンがナタンの隣のベッドを見ると、寝ているはずのジェラールがいない。
彼もナタン同様、歩くのはまだきついはずだが……
「『我慢できない』って体引きずってトレーニングしに行ったよ。
僕は止めたんだけどな、はぁ……ここの看護師は恐ろしくてね。
この前、病室から抜け出したアデルを一日中鎖でベッドに縛り付けてたんだよ?
多分明日来れば、先生の惨めな姿を見られるんじゃない?」
ナタンの言葉を聞いたアデルが少し反応した。
どうやら相当な目に合わされたようだ。
しかしアデルが病室にいる理由がこれで分かり、逆に安心してしまった。
「そ、そうなんだ……はは……
あっ、三人でクッキー買ってきたんだけど、良かったら食べて」
「おっ、サンキュー!ありがたく頂くよ」
レイモンはナタンに小さな紙袋を渡した。
彼は嬉しそうに眺めていたが、描かれた店のロゴを見た途端に目を見開いた。
「コレ、王室御用達の高級店のやつじゃん!
こんなにいいものを貰っちゃうと、流石に申し訳ないな……
ははん、さてはジャッドさんのセンスだね?」
意地悪そうな顔をしているナタンに対して、ジャッドは少し気まずそうにした。
ジャッドから見舞いの品を買おうと言われて、喜んでレイモンとヴェロニックはお金を出した。
しかし彼女の買ったものは、学生では到底買えない代物。
問い詰めたら、二人が払ったのは二割ほどでほとんどジャッドの自腹だった。
命を張った三人に、どうしても敬意を払いたくて選んだのだそう。
無理にでも二人はお金を出そうとしたが、これ以上は高額になるからとジャッドに止められてしまった。
そんな大まかな経緯を、ナタンは察したようだった。
「全く、ジャッドさんは真面目すぎだよ。
僕達は兵士として当たり前のことをしただけだよ?
逆に仲間に気を使わせちゃあダメでしょ?」
「うっ……それは……」
ナタンの指摘に、ジャッドは言葉を詰まらせてしまった。
彼女が申し訳なさそうに小さくなるのを見て、ナタンは少し吹き出しそうになった。
そして、お菓子の袋を丁寧に開け始める。
「じゃあ、皆で食べよう。
ここにいる全員功労者なんだから、ジャッドさんの敬意を受け取るべきだ。
二人もそれでいいでしょ?
こんな高級なお菓子を食べれる機会なんて、滅多にないよ?
そうだ、折角だからあの後事件の調査で進展があったのか聞かせてよ」
ナタンは見舞いに来た三人に手招きした。
レイモンは最初遠慮したが、ナタンの笑顔を見て素直に好意を受け取ることにした。
ヴェロニックもレイモンに続く。
ジャッドは小さなため息を溢したかと思うと、落ち着きのないアデルを無理やり連れてお菓子を囲んだ。
ヴェロニックが聞いた話、レニエは何とか一命を取りとめたとのことだ。
だがまだ会話できる状態ではないが、彼の身辺調査で色々判明した。
まず、レニエは数年前からグエッラに繋がっていた。
主にチュテレールに潜入していたスパイから、色々指示を受けていたみたいだ。
今まで内通者の存在は疑っていたみたいだが、それが彼であったことが確定した。
さらに、レニエに接触していたスパイたちも芋づる式に居場所が分かったらしい。
だがその多くは事件前に何者かに殺されたらしく、情報収集は難しいそう。
犯人はまだ不明で、本格的な調査が行われているようだ。
「――ウチが聞いた話はここまで。
他のことはまだ全然わかってない。
後はレニエ先生の頭の中次第」
ヴェロニックはお面を少しずらした後、小さい口でクッキーを齧った。
みんな複雑そうな顔をしている。
レイモンも何かが引っかかって気持ち悪い。
それが何なのか考えていると、ナタンが言葉を溢した。
「うーん……戦地であのロボットを始めて導入した方が、こっちに大打撃を与えられるはず。
それなのに、なぜあの時を狙ったんだ?」
――それだ。
あんな量のロボットを敵国に送り込み、試験会場に隠すなんて容易ではない。
そんな労力を費やしてまで、あんな大規模なことをした意図が違和感の正体だ。
「……恐らく、宣戦布告だと思う」
ジャッドは髪をいじりながら、難しい顔で話を続けた。
「知っていると思うけど、我が国とグレッラは何年もの間緊迫状態にある。
だけど、大規模な戦争にはまだ発展していない。
流石に経緯までは分からないけど、本格的に攻める決断をしたのでしょうね。
そのためにまず自分の力を誇示して、我々に喧嘩を売りたかったのでしょう」
レイモンは思わず、クッキーを食べる手を止めてしまった。
もしそうなら、これから大きな戦いを迎えることになる。
しかも相手はこんな大胆に宣戦布告する、高い技術力を持った国。
どんな大きな戦争になるのか、全く想像できない。
そう肩を落としていると、アデルが口一杯に頬張っていたクッキーを一気に飲み込んだ。
「下らん、チュテレールはこの乱世で"生き残るため"に戦うことを選んだ。
喧嘩を売られた以上、戦うしかあるまい。
初戦はもしかすると、グレッラとの対戦かもしれないな。
……だとしたら好都合、この報いを絶対に何倍にして返してやる!」
アデルは拳を強く握り、その目には強い決意がみなぎっていた。
今回の出来事で、皆の闘争心が一気に強まった気がする。
彼のように意気込んでいる者もいれば、状況を憂いて訓練に励む者も多い。
そういった意味では、国の士気を挙げるきっかけとしてあの事件は良いものだったのかもしれない。
「そういやセレストは?
かなり精神的にヤバい状態だったけど」
「あ、それが――」
ナタンのふとした疑問をレイモンは答えようとする。
その時、アデルから禍々しい気が発せられた。
「ふん、あの道化のことなんざどうでもいい!
そんなことよりレイモン、俺を差し置いておいしいところを奪ったらしいな!
いい度胸しているな、貴様ぁ……!!」
「え?あ、アレは偶然そうなっただけで――」
レイモンが事情を言おうとした矢先、アデルはテーブルを思いっきり叩いた。
序盤に動けなくなったことに対する苛立ちの鉾が、何故かレイモンに向けられている。
いつ襲ってくるか分からない勢いだ。
ナタンが慌てて、アデルをなだめようとした。
「おい!彼とヴェロニックが来てくれなきゃ僕達今頃――」
「黙れ!!」
アデルは突如、レイモンの髪の毛を引っ張り出した。
「いてて!やめろ、禿げる!!」
「知るか!外で耳を澄ませば、貴様とジャッド、セレストの武勇伝ばかりではないか!
二人はともかく、貴様が持ち上げられるのは到底納得できん!
少し俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ……!」
そういって、二人の子供のような取っ組み合いが始まった。
周りの仲間はそれを見て、最初は戸惑うも次第に笑顔がこぼれた。
言葉に反して、レイモンの活躍を口にした時のアデルはとても嬉しそうにしていたから。




