12話 その笑顔の裏には
丘の上は、息苦しいほど張りつめた空気で満たされていた。
両者はしばらく睨み合い、相手がどう動くのかに神経を尖らせている。
ジャッドはそんな中、小さい声でジェラールに指示を送った。
「……私とナタンが援護します。
こちらのことは気にせず、存分に暴れてください」
「承知!――うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ジェラールは魔術を発動し、手前にいるロボットへ突進し剣を振り下ろした。
ロボットが受け止めるも、重さで地面に亀裂が走る。
関節からは金属の軋む音が聞こえるが、壊れる様子は全くない。
そのすきに、彼の横から槍を持った個体が参入しようとした。
しかし、ジャッドは手持ちで一番威力の高い銃で押し返す。
ロボットは後方に仰け反ったが、外装がへこんだだけだった。
「なんて硬いの……!」
思わず愚痴をこぼしたが、それでもジャッドはジェラールに近づかせまいと攻撃を続けた。
すると今度は、銃を持ったロボットがジャッドに狙いを定める。
「させるか!」
ナタンは咄嗟に、持っていた血のインクで敵の下に一瞬で魔法陣を描いた。
完成直後、空気が割れるような音と振動が響き渡る。
そして瞬く間に、頭上から巨大な雷が落ちた。
――それでも兵器は壊れない。
しかし大量の電流が流れたせいで、エラーが起きている様子。
しばらくは動けそうにない。
「あぁ、くそが……」
レニエは明らかに苛立っている。
今のところ、ジャッド達の方が優勢だ。
この調子でいけば、この暴動はすぐに収まりそうであった。
その間、ジェラールは自身よりも大きいロボットを両手で持ち上げた。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声とともに、金属の塊はあっけなく前方に投げ飛ばされた。
そして――
「とどめぇぇぇぇ!!!」
ジェラールは大剣を構えて突進した。
相手は胸を貫かれ、激しく悶えた後ぱったりと動かなくなった。
頭を必死に搔きむしっている元同僚に対して、ジェラールは不敵な笑みを浮かべる。
しかし、彼が剣を引き抜いたその時。
プシュゥゥゥゥゥ――
突然ロボットの大きな傷口から、白い煙が大量に噴出した。
そして瞬く間に、ジャッド以外の人間を飲み込む。
「っ!なんだコレ!?」
ジェラールは手で鼻と口を覆いながら後ずさった。
不意打ちで巻き込まれたナタンも、咄嗟に煙を吸わないようにした。
「――ぐっ、ゲホッ、ゲホッ!」
しかし二人は突然その場にしゃがみこみ、咳き込み始めた。
息はできているようだが、肺の奥から何かが出てきそうな勢いだ。
次第にヒュウヒュウという音が咳に混ざり始め、近くで見ていたジャッドも背筋が凍った。
「ゲホッゲホッ、う――ゴブッ!」
やがて二人は大量の血を吐き出しながら、倒れてしまった。
それでもまだ咳と吐血が止まらない。
「先生!ナタン……!」
ジャッドの頭は真っ白になった。
ロボットには毒ガスが仕込まれていた。
大きな損傷を追った時に放出されるよう設計されていたのだろう。
二人が苦しむ傍らレニエはいつの間にがガスマスクをつけており、ガスの中を平然と立っている。
ジャッドは彼らを助けようとした。
でも自分がガスの餌食になってしまえば意味がない。
それに二人とも反射的に吸い込まないようにしていたから、ごく微量で症状が出る可能性がある。
レニエの装いを見るに、触れるのも駄目かもしれない。
そんな推測が彼女を足止めし、苦しむ仲間の姿をただ眺めることしかできなかった。
毒ガスに気を取られている彼女の隙を見て、雷で止まっていたはずのロボットが銃を構えた。
「あ――」
ジャッドはショックで動けなかった。
しかし突然彼女の横を大きな氷が通り抜け、敵を吹き飛ばした。
振り返ると、僅かに残った力を振り絞って頭を上げたナタンの姿があった。
「ちっ、死に損ないが……
仕方ない、お前から殺さないと面倒なことになりそうだな」
レニエが指示を送ったロボットが、ナタンを掴んだ。
そのまま彼を持ち上げると、宙吊りの状態で首を絞め始める。
「お、おい……よせ……ゴボッ!」
ジェラールが剣を持って起き上がろうとしたが、血を吐きながらバランスを崩してしまう。
ナタンも必死に抵抗しているが、呼吸ができない上に体に力が入らず無力だった。
ジャッドは躍起になって銃を構えた。
だがすぐにナタンに飛ばされた個体に取り押さえられ、地面に叩きつけられてしまう。
「がはっ――!」
勢いで頭を強く打ち、一瞬気絶しかけた。
それでも何とか意識を保ち、頭から流れる血が目に入りそうになりながらも立ち上がろうとする。
しかし、ただ無駄に体力を消耗するだけだった。
「王女様、お安心を。
彼を殺した後すぐ首を切り落としてあげますんで」
ナタンを掴んでいるロボットは、槍を彼の心臓に向けた。
そして勢いをつけるためにゆっくりと後ろに引き始める。
「い、いや……ダメ!!」
ジャッドの悲痛な叫びは虚しく、槍がナタンの胸を突き刺そうとした。
……しかし、血は流れなかった。
その代わり、ロボットが急に態勢を崩した。
ナタンを掴む手も緩めてしまい、彼は地面にそのまま落下する。
背後には、見慣れた学生が見下すように立っていた。
――セレストだった。
「……は?何だ?何があった?
というか何で平然としているんだ、コイツ……」
レニエは驚愕した。
普通なら少し吸ったり触れただけで動けなくなるのに、彼は何ともない。
間違いなく、自分の足でしっかりと地面に立っている。
よく見てみると、彼の肌に刻まれた刻印が黄色に光っていた。
「まさか……魔術で無効化してやがるのか!?
そんなの聞いたことないぞ!
一体何の魔術を使ってやがる!?」
レニエは感情のままセレストに疑問をぶつけた。
しかし彼は何も言わず、ただ振り返って睨んでくる。
「ひ、ひぃっ!!」
セレストの目には、何も映っていなかった。
敵も、仲間も、光さえも。
そこにあるのは、彼の中で業火の如く燃える、強い殺意だけだ。
そんな飢えた復讐者のような彼を見て、レニエは思わず腰が引けてしまっている。
無理もない。
本気のアデルが可愛く見えるほど、セレストの威圧感は凄まじいものだから。
(いつも飄々としている彼が、あんな顔するなんて……
本当にセレストなの……?)
ジャッドは思わず、生唾を飲んでしまった。
セレストは近くで倒れているジェラールとナタンを拾い上げた。
「……邪魔」
彼はそのまま、仲間をジャッドの近くにポイっと投げてしまった。
そして身の毛がよだつような殺気を露わにし、背中の刀に手を伸ばす。
「おい!何している!そいつを殺せぇ!!」
レニエはジャッドを取り押さえているロボットと、セレストに蹴飛ばされたロボットに指示を出した。
二体は両方向から彼を襲おうとしたが、刀を抜いた際に一閃されてしまった。
その際大量の毒ガスが放出されるも、セレストは一切気にしない。
ただゆっくりと、死神のようにレニエに歩み寄っていた。
「――く、くそっ!何だよ、何なんだよお前は!!」
レニエは大慌てで近くにいるロボットたちを招集した。
すると次々に、何体ものロボットたちが丘の上に姿を現した。
それでもセレストは、無言のまま着々とレニエに近づいていく。




