幕間 予期せぬ訪問客
ミュリエルの自宅には、いつもの静寂に包まれていた。
レイモンとセレストがいた何日も前までの騒がしさというのは一切ない。
動物の鳴き声が時々聞こえてくるくらいだ。
元の孤独な日常が戻っただけだったのに、ミュリエルは少し寂しかった。
習慣の花の水やりをしていても、時々2人の顔がちらつく。
その度に今度いつ会えるかと考えるが、なぜか複雑な気持ちになってしまった。
突然、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。
最初は聞き間違えかと思ったが、その後何度も同じ音が聞こえてくる。
こんな山奥に来訪客は珍しい。
道に迷いこんだり、たまたまこの家を見つけた登山者はごく稀に来ることがある。
でも、今回は明らかに違う。
「失礼、金の君はここにいるか?」
扉の奥から、聞いたことのない男の声が聞こえた。
ミュリエルに会いに来る訪問客なんて、指で数えられるほどしかない。
大抵は彼女にまつわる噂を聞きつけて、何かにすがるように来ることが多い。
でも悪意を持った輩である場合もある。
万が一に備えて、ミュリエルは机の引き出しに隠していたハンドガンを取り出した。
そしてそれを懐に隠した後、覚悟を決めて玄関のドアの前に立った。
「……どなたですか?」
「チュテレール王国の使いの者だ。
そなたにお願いがある。
ここを開けてくれるか?」
「……」
ミュリエルはゆっくりと鍵を開け、ドアを開いた。
目の前に立っていたのは、どこかで見たことがあるかもしれない立派な制服に包まれた男性だった。
胸にはチュテレール王国の紋様のバッジがつけられており、本物の国の使者のようだった。
端正な顔をした礼儀正しいその人物は軽く会釈した後、ミュリエルをまっすぐ見た。
「そう警戒しないでくれ、身分は偽っていない。
右手を銃から離していただきたい」
指摘されて初めて、ミュリエルは自分が銃を握って背中の後ろに隠していることに気づいた。
しかし、まだ警戒を解く気にはなれなかった。
「それでしたら、身分を証明するものをお持ちでは?」
「……少々お待ちを」
男性は取り乱すことなく、懐を漁りだした。
あまり時間が経たないうちに彼は丸まった紙を取り出した。
そこには人間が書いたとは思えないほどきれいな文章と、王国の透かし紋様が刻まれていた。
かなり精巧に作られており、明らかに偽物ではない。
「国王陛下からの密書だ。
此度開催される軍事会議にそなたも参加してもらいたく、参上した」
「……なるほど」
ミュリエルはやっと銃を手放した。
そうして男性から書類を受け取り、書かれている内容をじっくりと読み込んだ。
「馬車の用意は済んでいる。
今すぐ荷造りをし、一緒に王都へ来ていただきたい」
「……」
文書から目を離すと、男性はただじっとミュリエルを見ていた。
彼からはこれといった感情は感じ取れず、あくまでも事務的に会話をしている様子だった。
だからと言って、機械的ではなくどこか人間味を帯びていた。
「ちなみに、世俗から離れた私をお呼びになる理由は?」
「ご存じかもしれないが、我が国は戦況的に危機に陥っている。
グエッラ国の新兵器に対抗するには、我々も何かしらの常軌を逸した兵器が必要だ。
……そなたが人知を超えた研究を行っているという情報が、陛下のお耳に入られた。
今チュテレールは藁にもすがりたい思いだ、どうか我々を助けてほしい」
「……そうですか」
ミュリエルの頭に、セレストの言葉が思い浮かんだ。
――チュテレールを助けないでください。
そんなことと言われても、困っている人を見捨てることなんてできない。
現に目の前の男性は、どこか懇願するような思いを隠しきれていない。
それほど、彼らは切羽詰まっているのだ。
そんな状況で、拒否をすることなんてできるだろうか?
「……わかりました、今すぐ荷造りをいたします」
ミュリエルは男性を外に待たせて、一旦家の中に入った。




