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93話 さようなら、愛する我が弟よ

 ホールで皆がヴェベールの遺言を聞いている中、アデルはただひたすら走っていた。

 寂しくて長い廊下に、自分の足音と息切れの声だけを響かせながら。

 でも、アデルはそんなことは一切気にしなかった。

 今彼の眼中にあるのは、彼に宛てられた手紙に示された場所だけだった。



 ヴェベールが書き残した間取り図に、アデルは見覚えがあった。

 それは、ヴェベールの自室だった。

 

 彼はベッドを部屋の真ん中に置いたり、机を窓際に置くなど変なこだわりがある。

 アデルは部屋に入ったことはないものの、生前本人が自慢して話していた。

 正直その時どうでもよくて聞き流していたが、あの家具の配置を見てピンときた。


(なぜ、俺はこんなに必死に走っている?

 俺は心を捨てたはず……)

 

 試しに無理やり足を止めようとしたが、無意味だった。

 自分の本能が、絶対に止まってはいけないと躍起になっている。

 感じるはずのない胸の痛みのせいで、さらに足は動かされる。

 アデル自身、もうどうすればいいのか分からなかった。



 いつの間にか、足は止まっていた。

 頭を上げると、目の前にはヴェベールの自室のドアがある。

 もう誰も触れることのないドアノブには、アデルの酷い顔が写りこんでいた。


 アデルは躊躇しながら、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

 手に力は入らないが、なぜかそれを回すのは簡単にできた。

 ドアノブが一周すると、扉はゆっくりと音を立てて開き始めた。

 そして、少しずつ部屋の中が見え始める。




 間取り図に書かれている通りの家具の配置だった。

 1か月も放置されていたはずなのに、全く埃っぽくない。

 まるでさっきまで誰かいたように。


 真ん中に置かれているベッドも、綺麗に布団が敷かれていた。

 アデルは一瞬、そこにヴェベールが座っているような気がした。


「ヴェル――……」


 しかしそれはもちろん気のせいだ。

 それを自覚した瞬間アデルの声はぷつんと途切れ、喉の奥へと押し込まれてしまった。



 握りしめてくしゃくしゃになった間取り図をもう一度見てみた。

 

 バツ印が書かれているのは、一番奥の小さな箪笥だった。

 桐独特の白さがある、横に細長いものだ。

 あまり見たことのない形状で、服などは入っているような感じではない。


「……」

 

 アデルは間取り図を横目に、その箪笥へとゆっくりと歩み寄った。

 足音は立てず、ただ自分の影を箪笥に重ねながら。


 

 ある程度のところでしゃがんでみると、両開きの扉がついている。

 そして、黒い漆で塗られた立派な取っ手もある。


 ここまでくると、考える余裕もなかった。

 中に何があるのか、そんなのどうでもいい。

 無意識に湧き出る何かに操られるように、手を伸ばすことしかできなかった。

 その後ギィッと嫌な音を立てながら、アデルは箪笥の扉を開けた。




 ――刀。



 中にあったのは、1本の刀だった。


 それはヴェベールが大切にしていた、愛刀だ。

 召喚魔術の使い手である彼が、わざと持ち歩いていたほど。

 しかも彼はそれを鞘から抜いたことがない。

 それほど、大事なものだ。


「――……」


 アデルはそれを手に取った。


 鞘には紅葉と思われる絵柄が描かれていて、取っ手もオレンジと茶色がベースとなっている。

 鍔も秋をモチーフとしたデザインで、窓から差し込む光で金色に輝いている。


 でもそんな華やかさが重要なのではない。

 この刀そのものに、ヴェベールの思いが託されていた。




***




 ヴェベールは昔からアデルの父に刀を教わりに、よくアデルの住んでいた屋敷に出入りしていた。

 その時よく幼いアデルの面倒を、ヴェベールは見ていた。

 まるで実の兄弟のように。

 時には一緒に遊び、時にはからかってアデルをおもちゃにする。

 そんな関係性だった。



 8年前、まだアデルが11歳だった頃。

 ヴェベールはある時を境に、立派な刀を腰にぶら下げるようになった。

 まだ子供だったアデルにとって、それは憧れの代物だった。

 どうしても、手に入れたいと思ってしまうほど。


「ヴェル兄! その刀、俺にくれ!」


 とうとう我慢できなくなったアデルは、年頃の子供らしく彼にねだった。

 当然ヴェベールは、すごく困った顔をしていた。


「えぇぇ……いやなこった!

 だってこれ、父さんの形見だし。

 お前なんかにやらないよーだ」


 ヴェベールはわざとらしく、舌を出してアデルを馬鹿にした。

 だがアデルは駄々をこね始め、さらに執拗に迫った。


「貴様の意見は聞いていない!

 これは命令だ、俺にくれ!」


「はいはい。

 お父さんの口調を真似ても無意味でちゅよー?

 お子ちゃまが威勢を張って、ただ可愛く見えるだけでちゅからねー?」


「俺は子供ではない!!

 その言い方止めろ! 気持ち悪い!!」


 暴れ始めたアデルを、ヴェベールは子猫のように首根っこを掴んで持ち上げた。

 それでもアデルはじたばたし続け、ぐちぐちと文句を並べている。

 これでは彼を止められないと判断したのか、ヴェベールは大きなため息を漏らした。


「あぁ、もう……仕方ないなぁ。

 じゃあオレよりも強くなった時、刀をあげるか考えてあげる」


「――!? 本当か!?」


 アデルは目をキラキラと輝かせた。

 ヴェベールは満足そうに頷くと、アデルを地面に下ろして親指を立てた。


「もちろん、約束だよ!

 ……まぁその前に、オレに勝てるようにならないと話にならないけどぉ。

 ずうっと黒星をあげ続けてるもんね、アデルぅ?」


「な――汚いぞ、ヴェル兄!

 なら今日こそ勝ってやる!」


 アデルは近くに置いてあった竹刀を手にとって、ヴェベールに襲い掛かった。

 しかしヴェベールは楽々と躱してしまい、逆に返り討ちにしてしまった。

 結果としてその時は、ただヴェベールの笑いのネタにされて終わった。




***




 あの時の刀が、今ここにある。

 ヴェベールが最後に渡したいもの……それがこれであるのは確かだ。

 あの時の約束を、果たすために。


「……馬鹿か。

 まだ俺は……ヴェル兄よりも弱いのに……」


 強かったらヴェベールが身を挺して守るなんて事態にはならない。

 まだこの刀をもらう資格なんてない。

 そう思い、刀を戻そうとした時ヴェベールのある言葉が頭をよぎった。



 ――生きている方が、勝ち。



 いつに言われただろう?

 それすら思い出せない。

 凄く小さい時か、はたまたつい最近ことか。

 もしかすると、些細なゲームをした時に飛び出た言葉かもしれない。

 

 でもアデルの手を止めるには、十分だった。


「……――ぁ」


 アデルは無意識に刀を抱き寄せた。

 彼の腕は小刻みに震えていたが、力が入っていたわけではない。

 その証拠として、アデルの視界が歪み始めた。



 気付くと、床に大量の水が落ちていた。

 それが涙だと分かった時にはすでに、鼻水も垂れて顔が大変なことになっていた。

 

 でも、それを気にする余裕はない。

 絶え間なく零れ落ちる涙と一緒に、胸の奥に押し込んだ全てがあふれ出てきた。


「あ、ぁあ――――」


 もう抑えられない。

 そう思った矢先、喉の奥から聞いたことのない嗚咽が吐き出された。

 だがそれよりも、心臓がきつく締め付けられて痛すぎる。

 アデルはようやく、心の底から泣き出すことができた。


「ゔわぁぁぁぁぁぁぁあ゙!!!

 あ゙っ、あ゙ぁぁ……! ひぐっ、ぐあ゙ぁぁぁ!!!」


 アデルは一人で、子供のように泣きじゃくった。

 その間、誰かに頭を撫でられたような気がした。

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