第1話 転生したら、黒縁メガネの俺だった
かつて俺は、異世界で“最強の勇者”と呼ばれていた。
魔王を倒し、七つの国を救い、数え切れないほどの仲間に慕われ――その最期は、神の加護を背に、世界を守るために命を捧げた。
……そのはずだった。
「……は?」
目を覚ました俺の目に映ったのは、薄暗い天井。カビ臭い一人部屋。
そして、反射した鏡の中――黒縁メガネにボサボサ頭、冴えない顔をした陰キャ男子の姿。
「転生してる……俺が……?」
しかもここ、どう見ても“地球”じゃねぇか。
スマホ? 電気? カーテンレール? おいおい、現代文明ってやつじゃないか。
俺の名前は――いや、今の俺の名前は「真田 悠斗」。高校二年生。
らしい。
「マジで……陰キャ高校生に転生って、どういうチョイスだよ……神……!」
俺の脳裏に、かつての最後の瞬間がよぎる。
女神レミリアの笑顔。「お前の魂は新たな世界へ送られるだろう」って……。
おい、女神。せめてもうちょい華のある人生くれよ。
とはいえ、勇者としての記憶も力も、どうやら全部残っている。
ステータスウィンドウなんてものは見えないけど、力の感覚は身体に染みついている。
俺は試しに、右手を突き出した。
「《ファイア・ボルト》」
ボンッ。
手のひらから火球が現れ、目の前のティッシュ箱を吹き飛ばした。
「――あっぶねぇ!? 火事になるっての!」
慌てて水を出して消火する。……やっぱ使える。しかも威力、落ちてない。
つまり、俺は“元・勇者のまま”この世界に生まれ変わったってことか。
***
翌朝。俺は久しぶりに――いや、初めての気分で学校へ向かった。
相変わらず地味な制服姿に、クラスの誰もが俺に無関心。
「陰キャ真田くん」としての地位は、すでに完成されていた。
「……うわ、真田くん、また一人で弁当食べてる〜」
「昼休みにラノベ読んでたらしいよ、マジでオタクすぎ~」
女子たちの声が耳に痛い。
けど、俺にとってはむしろ都合がいい。
目立たず、静かに、でも力は圧倒的に最強――これ、最強すぎる設定だろ。
が、その日は違った。
「おい、真田ァ。ちょっと表、出ろよ」
不良グループのひとり、金髪の橘がニヤつきながら俺の席を蹴った。
「またゲームやってたらしいじゃん。オレの彼女に変なメッセ送ったろ? あ?」
は? 誰だそれ。記憶にねえよ。
てか、陰キャの俺が誰かにLINE送れる度胸あると思ってるのか?
完全なる濡れ衣だ。
でも――まあいい。
試してみるか、“最強”ってやつを。
「……わかった。外でやるか」
俺が立ち上がると、クラスがざわついた。
真田が抵抗した? いや、そもそも喋った? みたいな空気。
先生も止めに来ない。完全に“空気”扱いってわけだ。
***
体育館裏。誰もいない場所。
橘が仲間を数人引き連れて、俺を囲んだ。
「で? どこまで耐えられるか試してやるよ、真田」
橘が拳を構えた瞬間、俺はふっと笑った。
「悪いな。試されるのは、そっちだよ」
瞬間――橘の腕が、目にも止まらぬ速さで捻られる。
「ぐぉっ……!? な、なんだ今の……!」
俺は足を軽く踏み鳴らし、空気を震わせた。
気絶寸前の橘の仲間たちは、顔を青くして逃げ出す。
「二度と俺に触れるな。今のは“忠告”だ」
俺はそう告げて、制服の袖を払った。
――かつて、異世界で俺を恐れた魔王たちと、全く同じ目をしていた。橘の表情。
「あ、あいつ……なんなんだ……」
知らなくていい。これが、俺の第二の人生だ。
***
「……面白い子ね、真田くんって」
夕暮れの廊下で、誰かに声をかけられた。
振り向くと、学年トップの美少女、月城 沙耶が微笑んでいた。
「見てたわよ。さっきの、喧嘩」
「……そっか。チクるか?」
「まさか。むしろ、協力してほしいの。あなたの“力”、必要なの」
彼女はそっと俺に紙を渡した。
そこには、信じられない一文が書かれていた。
『この学園には“異能”を持つ者たちが集められている』
「……なんだって?」
まさか、現代に来ても“異能バトル”かよ……!
でも悪くない。
また戦える。今度はこの世界で、“最強”の座を――
奪い返してやる。
⸻
(続く)