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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜  作者: 烏羽 楓
第二章 学年別闘技大会
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第53話「世界の闇に潜むもの」

 仄暗い空間に、微かに温もりが宿る。


 揺らぐ松明の炎の中で、エンカがそっと瞳を細めた。狐の尾がふわりと揺れる。


「この話は、誰にも語ったことはない。……わらわの記憶の深層に、埋もれておった話じゃ」


 低く、けれどどこか哀愁を帯びた声音だった。


「二百年前――魔王との戦いの際、わらわは違和感を覚えた。奴は強かった。だが、それ以上に……“通じぬ”存在だったのじゃ」


「通じない……?」


 ルークが問い返すと、エンカはゆっくりと頷いた。


「どれほどの剣も、魔術も、魂を削る呪いさえも……奴の“核”には届かなかった」


 エンカの声が、かすかに震え、ルークの背筋に、ひやりとした寒気が走る。


「唯一届いたのは、導星の一族の術だけじゃ。――だが、その血はもう絶えた」

 

 ルークは眉を動かすが、何も言わなかった。


「真に恐ろしいのはな……奴が、また蘇る可能性があるということじゃ。完全に消したのではない。今も、世界のどこかで静かに“目覚め”を待っているのかもしれぬ」


 言葉の余韻が空気を震わせるように響いた。


「……お主の中にある力。それは“魔王因子”の一端じゃ。厄災の種でありながら、奇跡的に制御されている。何故か……わらわにもわからぬ」


「……この力は過去に暴走しかけたことがある。あの景色は、今も夢に出る」


 ルークが静かに語る。


「二年前。王都での事件のとき……俺は、あの力に呑まれそうになった。でも、ある人が命懸けで俺を引き戻してくれて、今は制御できている」


 名を呼ぶことはしなかった。ただ、記憶の中に、静かにその人の姿を思い描く。


「あれほど禍々しく、強大な力を今抑え込めておるのは尋常なことではない。その者の助けがあってこそかもしれぬな」


 その言葉に、ルークの胸に微かな痛みが走る。

 

 ――あの手が、あの言葉がなければ。今ここに立つ自分は、きっといなかった。


「……俺は、このままじゃ終われない。真実を知る必要がある。なぜ俺が、”魔王因子”を宿しているのか」


「それがすんなり分かれば、誰も苦労せんわ」


 エンカが苦笑混じりに肩をすくめた。


「だが、お主がここに導かれたのは……単なる偶然ではあるまい。何者かの意志が、そこに絡んでおる。わらわの勘がそう告げておるよ」


 その声には、ただの直感以上の確信が滲んでいた。


「信じるかどうかは、お主次第じゃな。……わらわの勘など、当てにならんかもしれぬがの」


 そういってエンカは明るく笑う。


「しかし、奴らの動きにも、注意が必要じゃ。因子を集めようとする“手”が、すでに世界に伸び始めておる。いずれ、再び“目覚め”の時が来よう」


 その時、洞窟の奥が微かに震えた。


 空気が揺れる。風ではない――何かが、こちらを圧している。威圧のような気配が空気を震わせながら、確かに近づいてきていた。


「……来おったか。わらわを追っておった獣じゃな」


 エンカが扇を手に立ち上がる。闇の奥から現れたのは、巨大なフェンリルだった。その銀灰色の体躯が岩を踏み砕き、赤い瞳がエンカを捉える。


 ルークが無意識に手を剣に添える――その時、巨獣はすとんと前脚を伏せ、ゆっくりとエンカに頭を垂れた。


「フフ、良き子じゃ。ようやく見つけたか」


 どうやら、これまでダンジョンで見つかっていた爪痕や気配の主はこの獣だったようだ。


「これで、わらわもようやく外に出られる」


 エンカはルークを振り返り、ふと真面目な表情を見せた。


「礼を言うぞ、小童。……話せて、心が少し軽うなったわ。次に会う時は、もう少し晴れやかに笑えるとええの」


「ああ。ありがとう、エンカ」


 別れの言葉の代わりに、エンカはルークの黒髪をじっと見つめた。


 九本の尾が、ふわりと揺れ、柔らかな風が吹き、花弁のような燐光が空に散っていく。


「その髪を見ると、わらわが唯一愛したあの方を思い出す」


「……魔王を、愛していたのか?」


 ふいに問うと、エンカは吹き出すように笑った。


「何を言うておる。魔王は白髪じゃぞ?」


 ルークの目が驚きに見開かれる。


 エンカは懐から、雫型の装飾がついた小さなネックレスを取り出した。


 それを軽く放ると、ルークの手の中に収まる。


「肌身離さず持っておれ。わらわのマナが込められておる。一方通行じゃが、必要あらばそれを辿って参る」


「……助かる」


 ルークが頷くと、エンカはフェンリルの背に乗り、扇を一振りした。


「くれぐれも気をつけるのじゃぞ。――でわな!」


 彼女の残した風は、どこか懐かしい香りを残して、闇の中へと消えていった。

 

 静かになった洞窟で、ルークはネックレスを見つめる。

 

 ネックレスのそのぬくもりは、彼女の想いが形を変えたもののように感じられた。

 

 それは、深い闇の中に差し込んだ、ひとすじの光――彼の歩む道を静かに照らす希望のように思えた。


 “なぜ自分なのか”。その答えは、まだ深い闇の中にある。

 

 だが確かに、ルークは感じていた。――過去と未来の歯車が、いま静かに噛み合い始めたことを。

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