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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜  作者: 烏羽 楓
第二章 学年別闘技大会
52/53

第52話「七つに分かたれし王と、その欠片」

 静かに瞼を閉じ、ルークはひとつ、深く息を吐く。


 禍々しい気配が、潮が引くように消えていく。洞窟の空気も、どこか軽くなったようだった。


 世界が呼吸を整えるように、静寂だけが残る。


 次に目を開けた時には、彼の瞳はいつもの静けさを取り戻していた。そこには、魔に染まりかけた片鱗も残っていない。


 ただ、静謐で、どこか冷たいほどに澄んだ視線だけがあった。


 蒼く煌めいていた剣を鞘へと納めながら、ルークは静かに歩を進める。


 音ひとつ立てずに、だが確かな足取りで、九尾の前に立った。


「……これで話しやすくなったな。改めて俺はルークだ。名前を聞いてもいいか?」


 九尾はしばしの沈黙の後、ふっと唇を持ち上げて笑う。


 妖艶さと懐かしさが交じる微笑みに、何とも言えぬ余韻が漂った。


「名乗るほどの者でもないが……よかろう。わらわの名は《エンカ》。かつて魔王と刃を交えた者のひとりじゃ」


「……魔王と?」


 ルークの眉がわずかに動く。その目には、ただの興味ではない驚きが宿っていた。


 魔王――それは、現代においてはもはや神話の中の存在。語られることはあっても、信じる者は少ない。


 エンカは懐かしむように目を細め、ゆっくりと語り始めた。


「最後の戦いから……もう二百年が経ったかの。あの時、志を共にする者達が魔王の軍勢を討ち滅ぼさんと集い、血を流し、命を賭けた」


 その言葉には、確かな感情がこもっていた。

 

「名もなき者らが散り、英雄たちは肩を並べて立った。じゃが……討ち果たすには至らなかった。わらわも深手を負い、癒えぬ傷を抱えたまま、長き眠りについたのじゃ」


 語る声は静かだが、ひとつひとつの言葉には重みがあった。まるで、その場にいたかのような生々しさがにじむ。


「……けど、《灰の焔》に見つかったんだな」


「うむ。奴らはわらわをこの地に連れてきて封じ、魔力を吸い上げ、魔物を強化し、いずれ人の地を呑み込まんと画策しておる。わらわは……そのための“生きた触媒”とされたのじゃ」


 エンカは薄く笑ったが、その笑みは虚ろで、どこか自嘲めいていた。


 ルークの視線は冷静だが、内には確かな怒気が宿っていた。


「……それにしても、さきほどのマナ。あれは常人のそれではなかった。お主……何者じゃ?」


 その問いに、ルークの表情がわずかに陰る。だが、迷いなく言葉を紡ぐ。


「俺の中には――“魔王因子”が封印されている」


「なんじゃと!?」


 エンカの目が大きく見開かれた。その声音には、驚愕と困惑、そしてほんのわずかな畏怖すら含まれていた。


「魔王の身体を構成する“核”。討ち果たせなかった魔王を、魂、胴、頭、両腕、両脚――計七つに分断し、封印した。まさか、その一つが……お主の中に宿っておるとはの……」


 その言葉は静かながら、石壁に染み入るように重く響いた。


「伝えられておる英雄譚では、魔王は完全に滅びたことになっておる。だが、現実は違う。あれは“勝ったことにした戦”じゃ。封じただけに過ぎぬ。今もなお、奴らは”王”の復活を目論んでおる。奴らがそれを成すには……魔王因子を揃えるしかあるまいて」


 エンカの言葉に続けるようにルークは静かに言葉を継ぐ。


「その一部が、俺の中にある……。ただ、どうしてそうなったのかは、俺にも分からない。……ただの“子供”として生まれただけの俺が、何を背負わされてるのかもな」


 エンカは深く息を吐き、目を伏せる。そのまま、静かに問いかけた。


「ふむ……口ぶりから察するに、何者かがわざとその“因子”を封じ込めたようじゃな。……お主は、いずれその“理由”と“代償”に向き合うことになるぞ」


 ルークは目を伏せ、手を握りしめた。


「生まれた時から、俺は魔法が使えなかった。だが、それは“魔王因子”が俺の魔臓に封じ込められていたからだった。……今は封印の一部が解かれ、その力を使っている。けど、それは命を削る力だ。遅かれ早かれ、向き合うことになるのは覚悟してる」


 言葉を終えたその瞬間、洞窟の空気が一瞬だけ揺らいだように感じられた。


 この対話が、何かを変えてしまう。ルークは、うっすらとそんな確信を覚えていた。


 エンカは目を閉じてしばし沈黙し――やがて、ゆっくりと顔を上げた。


「……そうか。ならば、聞くがよい」


 その声には、哀しみと覚悟、そしてかすかな希望の気配が滲んでいた。


「――お主は、知っておかねばならぬ。わらわが見てきた“真実”と……お主が背負う“運命”をな」


 ルークはまだ知らない。


 この言葉が、自身の過去と世界の深淵を暴く扉になることを。

 

 そして、その扉の先で“かつての英雄たち”と“今の敵”が交差する未来が、すでに動き出しているということを――。

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