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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜  作者: 烏羽 楓
第一章 忍び寄る灰の気配
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第39話「決して、諦めない」

 回転する光の術式を前に、ララは黙々とノートにペンを走らせていた。

 

 アンチマナブロックに浮かび上がった図形を、何度も角度を変えながら丹念にトレースしていく。回転しながら変化する幾何学模様(きかがくもよう)に眼を凝らし、かすかな揺らぎすら見落とさぬように。


 その姿に、ルークとガイは息を飲みながら見入っていた。


「あれ? ここ……回路が二重構造になってる。マナの流れを分割する仕組みかもしれない」


 ルークとガイは、思わず顔を見合わせた。


「なるほどな……けど、このレベルの術式をアレンジして組み上げるんだろ? 本当に組み上がるのか? ちょっとした魔力のズレで、暴走してもおかしくないぞ」


 ガイの声には、警戒と同時に畏怖が滲んでいた。


「そこは俺がやる。この中でこれを組めるのは、俺しかいない」


 ルークの言葉に、空気が少しだけ引き締まる。迷いのないその声に、ララもガイも静かに頷いた。


 その日を境に、三人は連日集まり、術式の解析と再構築に没頭していった。

 

 場所は学園裏手、今は使われていない旧実験棟の一室。かつて魔術理論の応用研究に使われていた古い研究室に資料を運び込み、朝から晩まで、紙とペンと魔力を駆使した試行錯誤が続いた。


 術式の一部を紙に描いては、光の魔力で再現し、動作を確かめ、何度も失敗を繰り返す。


 ララが構造の理論を説明し、ガイが危険な箇所を洗い出し、ルークが全体の構築を組み直していく。

 

 それは、ただの研究ではなかった。誰かの命を、確かに救うための戦いだった。


 ――けれど、時間は無情に過ぎていく。


 

 ◆


 

 ヒントを得てから、一週間。

 

 その短くも重い日々の中で、ミレーナの容態は目に見えて悪化していった。


 魔素による侵蝕は全身に及び、肌は黒く染まり、手足には鱗のような異形の皮膚が浮かび上がる。

 

 呼吸は浅く、体温も不規則に上下し、声を発することもできなくなった。

 

 かつて人間だった面影はほとんど失われ、病室に入った者は、誰もが唇を噛んで視線を逸らした。


「……もう、意識は戻らないでしょう」


 医師の言葉は静かだった。けれど、その静けさが、むしろ重く胸にのしかかる。


「このままでは、完全に魔物になります。苦しまないうちに……薬で安らかにさせてあげるのが最善かと、私は思います」


 その夕刻、特別病棟の一室。

 

 ミレーナの寝台の横で、医師は小瓶を手にしながらそう告げた。その中には、命を終わらせるための無色の液体が揺れていた。


 誰もが、その選択が“仕方のないこと”だと思い始めていた。誰もが諦めかけていた、そのとき――


 バンッ、と病室の扉が激しく開かれた。


「待ってください!」


 飛び込んできたのは、ルークだった。

 

 その背には、ララとガイが並ぶ。三人の顔には、決意の色があった。


「……君たち、何を――」


「その前に……たった一度だけ、彼女を救うチャンスをください」


 ルークの声は震えていなかった。


 医師は一瞬言葉を失い、やがて重く、頷いた。


「……五分だけだ。魔力干渉の結界を解く。ただし、異常があれば、即座に中止する」


 ルークは一礼し、ララとガイに目配せを送る。


「行くぞ」


「任せて」


「おうよ!」


 三人が素早く持ち場に散り、ララとガイが詠唱なく魔力を放つ。

 

 空間が揺れ、淡く色づいた青と金の光が病室を満たしていく。


 ルークは深く息を吸い込み、その魔力を掌握しコントロールする。集束した力が渦となり、空間に複雑な光の軌跡を描き始める。


 ――始まった。


 集中は限界を超えていた。まるで細い糸を辿るように、意識を術式の一つひとつに注ぎ込んでいく。

 

 幾何学模様(きかがくもよう)が次々に浮かび、交差し、連結しながら、空中に術式が立体的に構築されていく。


 わずかな狂いがあれば、全てが崩壊する。

 

 視界は滲み、こめかみが痛む。呼吸すらままならない。

 

 それでも、止めるわけにはいかない。


 助けたい。

 ミレーナが――もう、辛い思いをしないように。


 かつては、ただ強さを求めていた。だが今は違う。誰かを守る強さを、自分は知っている。


 ルークは歯を食いしばり、噛み殺すように言葉を吐き出す。


「絶対に……助けるッ!」


 その言葉とともに、最後の回路が接続され、眩い光が爆ぜるように広がった。

 

 緻密に構築された術式が病室全体を包み込み、ミレーナの身体へと優しく吸い込まれていく。


 その光景に、誰もが言葉を失っていた。まるで時間さえ止まったかのように、ただじっと、その奇跡の瞬間を見守っていた。


 奇跡は、今まさに、生まれようとしていた。

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