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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜  作者: 烏羽 楓
第一章 忍び寄る灰の気配
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第38話「刻まれし記憶と、儀式用の術式」

 日は傾き、空に朱が差し始めていた頃。

 

 ルークたちは、大図書館を後にして学園の外れ――かつて魔術の実戦訓練に使われていた演習場へと向かっていた。


 朽ちかけた木製の観覧席と、雑草に覆われた土の地面。かつて栄えたはずのその場所には、今や静寂しかない。


「なあルーク、ここに来たってことは……何か思いついたのか?」

 

 ガイが少し息を切らせて尋ねた。ララも首を傾げる。


「学園長に、何かヒントをもらったんでしょう?」


 ルークは頷くと、上着の内側――胸元の内ポケットに手を入れた。


「……これだよ」

 

 そう言って、彼は懐から小さな黒い物体を取り出した。


 拳ほどの大きさの正八面体。まるで光を吸い込むような漆黒のアイテム。その表面には、極めて細かい文様が幾何学的に刻まれていた。


「うわ……何それ、めちゃくちゃ不穏な見た目してるな……」

 

 ガイが一歩引くようにして言った。


「これが、師匠が作ったアイテム――《アンチマナブロック》だよ」


 ルークの掌の上で、それは沈黙のような重みを持って存在していた。

 

 魔力を感じさせない。けれど、確かに“何か”を内に秘めている異質な物体。


「ルーク、それ……どうやって使うの?」

 

 ララが慎重な声音で尋ねる。


「これは魔力の扱いを上達させるのに使うんだけど、試してみたほうがわかるかな」


 ルークは、彼女にアンチマナブロックを差し出す。


「ララの感覚なら分かるかもしれない」


「えっ、私が?」

 

 驚きつつも、ララは受け取り手に持つ。


「身体強化のときみたいに、それをマナでそっと覆ってみて」


「……分かった」


 ララは両手でアンチマナブロックを包み込み、静かに目を閉じる。


 マナを静かに集め、両手のひらからアンチマナブロックへ向かって、薄く、慎重に――


 次の瞬間。


「……えっ!?」


 ララの両手の間で、マナが霧のように弾け飛んだ。

 

 まるで何かに拒絶されるように、流れは寸断され、四散して消えていく。


「は!? なんだよ、今の!?」

 

 ガイは驚きに声を上げる。


「い、今の……私、マナで包もうとしただけなのに……」

 

 ララは両手を見つめ、戸惑いの声を漏らした。


「それが、このアイテムの性質なんだ」

 

 ルークが静かに口を開く。


「マナが近づくだけで拡散させてしまう……それが《アンチマナブロック》の性質。もしこれを応用できれば、“魔素”も……拡散させて無力化できるかもしれない」


「なるほど……けど、それって……」

 

 ララが眉をひそめ、真剣な表情でルークを見る。


「そもそもこの中にどんな術式が入ってるのか、分かってるの? マナを注いでも拡散するなら、中を解析することもできないんじゃ……」


 その問いに、ルークはゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫。これは、俺にとっては“修行の課題”だったんだ」


 彼はララの手からアンチマナブロックを受け取ると、懐かしそうにそれを見つめ、手のひらで優しく包み込む。


 そして――マナを纏わせる。


 だが、それは散ることなく、八面体の表面に沿って薄く、緩やかに流れ循環していた。


「……消えない……!?」

 

 ララが驚いた声をあげる。


「師匠に徹底的に叩き込まれたんだ。『無駄を削ぎ落とせ』『一点の濁りも許すな』ってね……。このアイテムにマナを纏わせるのが、俺の修行のひとつだった」


 そう言って、ルークはアンチマナブロックの中心に、魔力をそっと注ぎ込む。


 すると――


 カチリ、と微かな音とともに、アイテムが淡く光を放ち始めた。

 八面体の中心から、赤・青・白の三色が渦を巻くように広がり、複雑な魔術式が空中に浮かび上がる。


「……これが、術式?」

 

 ララが思わず見惚れるように呟いた。


 幾何学的(きかがくてき)な図形が連なり、回転しながら展開されていく。


 しかし、そのとき──ララの表情が変わった。


「……これ、違う」


「え?」

 

 ルークとガイが同時に振り向く。


「この構造……魔術理論じゃない。もっと、根本的に違う体系。これ……“儀式用術式”だよ」


「そうか! 設置型の魔法にも使われる術式か」


「そう。通常の魔術が“即時展開”なのに対して、儀式は“時間と構造”を使って、段階的に力を繋ぐ術体系。魔術の原型とも言われてるものよ。しかも、これは……かなり古いもの」


 ララは目を見開いたまま、ノートを取り出して一心に写し始める。


「これなら、魔素の流れを制御できる可能性がある……! 転化も遮断も、応用次第でできるかもしれない……!」


 その言葉に、ルークの胸の奥で熱が灯る。


 ミレーナを救う手段が、確かに見え始めていた。


「――よし。急ごう」


 ルークの言葉に、ララもガイも力強く頷いた。


 夕陽に照らされた演習場に、三人の影が伸びていた。

 かつての修行が、今、新たな希望を導いていた。


 そして、その術式が“儀式”であると気づいたとき――

 物語は、より深い領域へと踏み込もうとしていた。

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