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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜  作者: 烏羽 楓
第一章 忍び寄る灰の気配
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第32話「静寂の先に潜むもの」

 ダンジョンと授業、そして時折の訓練。そんな学園生活が続き、入学からすでに二か月が経とうとしていた。


 ルークたち三人の成長は目覚ましく、初々しさと未熟さが混じっていた頃のぎこちなさは、もうなかった。

 ガイは衝動的ながらも動きに練度が出始め、ララの詠唱速度と安定感も格段に上がった。ルーク自身も、二人の動きを活かす戦術を即興で組めるようになってきていた。


(……だが、それでも俺は、まだ足りない)


 ルークの中には、常に焦りがあった。


 誰に対してか?

 何に追いつこうとしているのか?

 それは、彼自身がいちばんよく知っている。


 夕焼けに染まる帰り道。石畳の道を歩いているところで、ふとルークは足を止めた。


「ん? どうした、ルーク?」


 ガイが不思議そうに振り返る。


「いや……あれ、ミレーナじゃないか?」


 ルークが顎で指した先、寮とは逆方向に進んでいく細い裏道。その先に見えたのは、橙色の長いストレートヘアー、鋭い赤の瞳――間違いない。ミレーナだった。


 彼女の隣には、フードを深くかぶった長身の男がいた。顔は見えない。だが、その佇まいには、ただならぬものがあった。


「あ、ほんとだ。って、あの人だよ! 前にミレーナちゃんと一緒にいた人!」


「まさか……でも、教師じゃないよな。あの男」


 ルークの胸に、奇妙なざわつきが走った。


(あれは……学園の人間か?)


 疑問は膨らむばかりだった。


「先に行っててくれ。俺は、ちょっと様子みてくる」


「あんまり深追いするなよ? あの男、嫌な予感がする」


 ガイが肩をすくめ、ララも不安そうな顔を向けてきたが、ルークは頷き、ゆっくりとミレーナたちのあとを追った。


 音を立てぬよう、草を踏む角度まで意識しながら。


 道はやがて、闘技ホールの裏。外れにある小さな森へと続いていた。


 陽が落ちかけた空の下、森は不自然に静かだった。虫の声も、鳥の気配も薄い。まるでこの場所だけ、時が止まっているようだった。


(こんなところに、何の用がある?)


 茂みの陰に身を隠しながら、ルークは様子をうかがう。


 数十メートルほど先、開けた小さな広場のような場所で、ミレーナが剣を振るっていた。向かいには、あの男。


「……これは、訓練……?」


 ルークの視線が鋭くなる。


 ミレーナの動きは、普段の彼女のそれよりも鋭く、激しく、そして焦燥感に満ちていた。まるで何かを振り払うように剣を振るい、男はそれを受け流し、時折指導するように身振りを交えている。


(教師でも、騎士でもない……けど、訓練に見えなくもない……か)


 ルークは眉をひそめた。


 ……ただの訓練か。そう割り切れば、何もない話だ。彼女には彼女の事情があるだろう。自分が踏み込むべきではないと、そう判断しかけたその時だった。


 男が、ふと腕まくりをした。


 その袖口から覗いた、左腕の内側。


 ルークの目が、それに吸い寄せられる。


(――あの印)


 白地に、黒くうねるような模様。見間違えるはずがなかった。


 かつて王都を襲撃した、テロ組織の構成員に見られる刺青――それと、まったく同じだった。


(まさか……!)


 血の気が引き、思わず息を飲む。一瞬で、二年前に起こった王都襲撃テロの惨劇の情景が脳裏を駆け巡る。


 “敵”だ。あの男は、確かに“あちら側”の人間だ。


 ミレーナがその事実を知っているのかはわからない。だが少なくとも、彼女は今――その男と、親しげに言葉を交わしている。


(どういうことだ……?)


 胸の奥に、得体の知れない不安が渦を巻く。


 何もかもが分からないまま、ルークはその場に踏みとどまり、身を潜めた。


 冷たい風が吹き抜け、まるで嵐の前の静けさを体現するような雰囲気が辺りを包み込む。


 ルークの心には、もうただの静かな夜とは思えない、なにか“始まり”の予感が、冷たく芽吹いていた。

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