第31話「初陣の果てに」
――重く、軋むような音を立てて、巨大な扉が開いた。
その先に広がっていたのは、朽ちかけた玉座が鎮座する広間風の空間。壁はひび割れ、天井からは剥がれた石材が垂れ下がっている。だが、不思議と空気は澄んでいた。むしろ――張り詰めた静寂が、緊張を極限まで高めてくる。
「……来るぞ」
ルークが一歩前へ出ると、玉座の影がゆっくりと動く。
ギギ……と金属が地を擦る音。次いで、唸るような低い咆哮が空間を震わせた。
現れたのは、身の丈を超えるほどの大斧を引きずった一体の魔物――キング・コボルト。灰色の体毛に覆われた巨体は、通常のコボルトの倍以上。赤く濁った瞳が、侵入者たちを睨み据える。
「デケェ……! でも、やってやるぜッ!」
先に動いたのは、ガイだった。剣を構え、まっすぐに突進する。
「待っ――!」
ルークの声が届く前に、キング・コボルトの斧が唸りを上げた。
――ガンッ!
衝突音と共に、ガイの体が宙を舞った。咄嗟に防いだとはいえ、斧の一撃は重く、彼の身体を壁際まで吹き飛ばす。
「ガイッ! 大丈夫!?」
ララが急ぎ、回復薬を飲ませる。癒しの光が、ガイを包み込んだ。
「っぐ……へへ、まだいける……ッ!」
剣を支えに立ち上がるガイ。その頬には擦り傷が残るが、目の奥は折れていない。
「動けるなら立て。もう一回だけ、頼む」
ルークの声に、ガイは不敵に笑ってうなずいた。
「ララ、次の攻撃には詠唱を被せるんだ! ガイは囮役に徹してくれ! 俺が斬る!」
即座に指示を飛ばすルーク。その目は冷静だった。
ルークが間合いを詰め、剣を横に構える。斬りつける――が、キング・コボルトは斧を盾のように構えて防ぎ、反撃に転じてくる。
だが今度は、ララが発動させた光魔法《閃光》が一瞬だけ視界を奪った。ルークの指示どおりのタイミングだ。
「今だッ!」
剣が深く食い込む――が、思ったほどの手応えはない。皮膚が異常に硬い。骨格すら分厚い。
「チッ、こいつ……戦闘慣れしてる……!」
受けたダメージの割に、キング・コボルトの動きには衰えがない。むしろ、より獰猛な殺気を放ち始めていた。
「これで終わりだと思うなよ……!」
ルークが息を切らす中、キング・コボルトが再び咆哮を上げた。
すると、床の影から次々と――無数の雑魚コボルトが湧き出してくる。
「っ、うそ……! あんな数、さすがに無理……!」
ララが後退しながら魔力を集中させる。ガイも歯を食いしばりながら盾でコボルトの群れを押し返す。
「単体では大したことないけど、数で押されるときつい……!」
ララは背後を警戒しつつ、詠唱を中断するタイミングを見極めていた。
「どうする……!? ルーク!」
焦りの声が響く中、ルークは目を閉じた。
(このまま押し切られる……否。違う)
呼吸を整え、集中する。頭の中に浮かぶのは、あの人の言葉。
――「戦場では、迷うな。迷えば一瞬で死ぬ」
ルークは目を開けた。
「……全員、今――全力で叩く!」
その瞬間、空気が一変した。
ララが一斉魔法を展開。広範囲の【火球陣】が雑魚コボルトを一掃する。
ガイがキング・コボルトの死角に回り込み、大斧の軌道を逸らす。
その一瞬の隙を見逃さず、ルークは踏み込んだ。
剣を構え、敵の懐へ――
「はあああああッ!」
かつて修行で何度も叩き込まれた“斬り返し”の技。相手の動きを読んでからの、二段斬撃。
剣閃が唸りを上げ、キング・コボルトの膝と腹部を裂いた。
鈍い悲鳴が響く。巨体がよろめき、よろめいた瞬間、ガイが全身を使って体当たりを叩き込む。
「とどめは……ルーク、頼むッ!」
キング・コボルトの眼前まで飛び上がり、 ルークの一閃が閃光のように走る。
鋭い風切り音が空間を裂き、剣先は迷いなく敵の喉元を貫く。
巨体が揺らぎ、ドサッとその場に、キング・コボルトが崩れ落ちた。
戦闘の終了を告げる静寂が、辺りを包む込む。
「……やった……の?」
ララが呆然とした声で呟く。
「マジかよ……俺たち、本当にやったのか……!」
ガイも思わずその場に腰を落とした。
「まぁ、初のボス戦としては上出来だな」
皆が笑い出す。緊張が解けて、全身から力が抜けていく。
ルークは、崩れたキング・コボルトの亡骸を見下ろしながら、そっと呟いた。
「次は……もっと強いやつにも、勝たないとな」
その言葉に、ララとガイも顔を上げる。
「おうよ。ついてってやるぜ、リーダーさん」
「ふふっ……そうだね。まだ、始まったばかりなんだもん」
そして三人は、静かに帰路へと歩き出す。
ギルドでの報告と報酬が待つ、その日常へ。
だが彼らは、ひとつ確かな手応えを得ていた――。
自分たちは、進んでいる。強くなっていると。