勇者として異世界に召喚されたけど、僕を呼び出した人たちが慌てています
それは、なんの前触れもなく起こった。
僕が自宅で寛いでいると、唐突に白い光に取り囲まれた。慌てて周りを見るが、その光はなんとも強く、向こう側を見ることはできない。確認できるのは、木目調の天井と畳だけだ。
直後、景色が変わった。石造りの天井と赤い絨毯。僕の知らない場所のようだ。白い光は未だに消えず、赤い絨毯には奇妙な図形が描かれている。
六芒星と二重の円。僕を中心にして現れた二つの円周の間には、なんだか見覚えのない文字が幾つも刻まれている。魔法陣とでも言うのだろうか。いつの間にやら、そんなモノがあった。
「おお! 召喚の儀式は成功したようじゃ!」
嗄れた声が聞こえた。徐々に薄くなる光の向こう側には、お爺さん。彼はなんだか奇妙な姿をしている。大きな冠を被っていて、分厚い真紅のマントを羽織り、右手には長めの杖を持っている。まるで王さまのような格好だ。
「やりましたな、陛下!」
その傍らにいた、もう一人のお爺さんが叫んだ。彼は踝まである紫色のローブを着ていて、それと同じ色のとんがり帽子を被り、右手には、やはり長めの杖を持っている。なんだか魔法遣いっぽく見える。
「これで世界は救われたも同然です!」
背後からのその声に、僕は振り返った。すると、またしてもお爺さん。彼は白を基調とした衣を纏っていて、真っ白な縦長の帽子を被り、右手には、もちろん長めの杖を持っている。なんとなく聖職者みたいに思える。
「さぁ、勇者よ! 早速だが魔王を倒してきてくれぃ!」
無茶苦茶な要求をしてきたお爺さんに、僕は向き直る。大きな冠、真紅のマントが再び目に映った。やはり変な格好だ。
どうにも可笑しなことが起きている。ついさっきまで自宅にいたのに、今は石造りの部屋にいる。変な格好をしたお爺さんたちがいて、変なことを言い続けている。しかし夢でもなければ、ドッキリでもない。なんとなく、それは分かる。
おそらく、これは異世界転移だろう。僕は勇者として召喚されたようだ。いま僕の周りにいるのは、本物の王さま、魔法遣い、聖職者に違いない。とはいえ僕が勇者だなんて、なんとも荷が重いし、気が重い。
白い光は随分と弱まっているのに、お爺さんたちからは僕の姿が見えていないのだろうか。
ああ、そうか。お爺さんたちは全員が杖を持っている。自分の足だけでは立てない程にヨボヨボみたいだ。膝は震えているし、腰は曲がっている。だったら目も悪いに違いない。だから、まだ僕の姿がよく見えていないのかもしれない。
「必要な武具や金貨は与えるゆえ、今すぐ出立の準備を───」
王さまの言葉が途中で止まった。白い光が完全に消えたことにより、僕の姿を漸く捉えたからだろう。彼は唖然と───、いや、愕然としている。
「・・・は?」
魔法遣いが間の抜けた声を漏らした。彼は首を傾げ、ぽかんと口を開けている。直後、僕の背後にいる聖職者が喚きだす。
「こ、これは・・・、どうなっとるんじゃ!?」
それはこっちが聞きたい。どうして僕が召喚されたのだろう。
「・・・こやつが、勇者なのか!?」
「そ、そんな筈はありません!!」
聖職者に続き、王さまと魔法遣いも喚きだした。そうして三人とも、随分と慌てだした。
お爺さんたちの言葉を僕は理解できるが、逆はどうなのだろうか。こっちの言葉はお爺さんたちに通じるのだろうか。
まぁともかく、事情を訊くために僕は口を開く。
「ワン! ワンワン!」