記憶の支配——偽りのヴァルゼクト
8話ではヴァルゼクトの過去の一端が明かされ、彼が封印された本当の理由が少しずつ姿を現しました。そして9話——ここから、物語はさらに加速します。
ルシェイドが求めるものとは何なのか。監視者の真の目的とは。そして、シュエルが見た"金色の扉"の正体とは——。
"記憶の支配"という名の戦いが幕を開け、ヴァルゼクトは自らの存在そのものを賭けることになる。
覚醒は終わりではなく、始まりに過ぎない。
どうぞ、最後までお楽しみください。
空気がきしんだ。
時間が止まったかのような静寂の中、俺は**"それ"**を見ていた。
黒い炎をまとった存在。
黄金と深紅に輝く瞳。
背には漆黒の翼が広がり、ゆっくりと羽ばたくたびに、周囲の空間が歪んでいく。
(……誰だ、コイツは)
まるで、この世界そのものを支配するような圧倒的な存在感。
しかし、それが何よりも異質だったのは——
「……俺……なのか?」
そう、そこにいるのは"俺"だった。
「はぁ……」
微かな吐息が聞こえた。
振り向くと、シュエルが宙に浮かびながら俺をじっと見ていた。
その翡翠色の瞳が揺れている。
「ねえ、ヴァルちゃん……これ、本当にあんた?」
彼女の問いに、俺は答えられなかった。
何かがおかしい。
それは確かに俺の姿だが——"俺"ではない。
「いや、違う……これは」
その瞬間——"俺"がこちらを向いた。
黄金と深紅の瞳が俺を射抜くように見つめる。
「お前がヴァルゼクト?」
低く、冷ややかな声だった。
まるで俺の存在を否定するかのような響き。
——その時だった。
俺の中に、"何か"が流れ込んできた。
途切れていた記憶の欠片。
断片的に、散らばるイメージ。
神々の光。
燃え落ちる大地。
そして——"封印"の瞬間。
(俺は……何者なんだ?)
「ヴァルちゃん!」
シュエルの声が響く。
俺はハッとして、再び目の前の"俺"を見た。
すると、そいつはゆっくりと微笑んだ。
——いや、違う。
あざ笑っていた。
「お前は、存在してはいけない」
その言葉と同時に、黒炎が弾けた。
瞬間、視界がゆがむ。
(——チッ!)
俺はとっさに後方へ飛び退く。
だが、遅い。
黒炎が渦を巻き、俺を飲み込もうとする。
「待て、これは——!!」
直感が告げる。
これはただの攻撃じゃない。
"俺"は——"俺を消そうとしている"。
「ふぅん……これは面白い展開だねぇ」
突然、別の声が響いた。
——ルシェイド。
気づけば、彼はすぐそばに立っていた。
漆黒の翼を広げ、冷笑を浮かべて俺と"俺"を交互に見つめている。
「お前が"ヴァルゼクト"なら——"そいつ"は何者なんだ?」
その問いに、俺は息をのむ。
「ヴァルちゃん、これ……本当にやばいかも」
シュエルの声は、どこか焦りを含んでいた。
その時——
——ゴゴゴゴッ!!
世界が震えた。
「おいおい、これは……」
ルシェイドが低く笑う。
「"記憶の支配"が始まったな」
「記憶の……支配?」
「そうだ」
ルシェイドは静かに俺を見た。
その瞳には、わずかに興味と愉悦がにじんでいる。
「お前は、今"自分の存在"を試されている」
——次の瞬間。
"俺"が動いた。
黒炎をまとった手が、俺へと伸びる。
俺はとっさに剣を抜くが——
(……!?)
身体が動かない。
「くそっ、これは……!!」
「ヴァルちゃん、逃げなきゃ!」
シュエルが必死に叫ぶ。
だが——
俺の足元に、黒い鎖が絡みついていた。
「無駄だ」
"俺"があざ笑う。
「お前は、俺になる」
——次の瞬間。
視界が、闇に塗り潰された。
——俺の"存在"が、のみ込まれていく——。
黒い霧がゆらめく。
——その中心に、"偽りのヴァルゼクト"がいた。
黄金と深紅に輝く瞳。漆黒の炎をまとい、その背には圧倒的な威圧感を放つ漆黒の翼が広がっている。どこかで見たことのある光景……そう、ルシェイドと重なる姿。
「……ヴァルちゃん、これ……」
シュエルの声が震える。彼女は、ゆっくりと後ずさった。
「なんか……ヤバくない?」
言葉にできない不安が胸を満たしていく。
ヴァルゼクトの記憶の中にいるはずなのに——目の前にいるのは、本当にヴァルゼクトなのか?
「なぁ、ヴァルちゃん……あんた、さっきと何か違わない?」
シュエルが慎重に問いかける。
だが、その"偽りのヴァルゼクト"は何も答えなかった。ただ、不気味なほど静かに、ゆっくりと視線を向ける。
その瞳の奥には、"意思"があった。
(……まさか)
シュエルは息をのんだ。
(これ、記憶の中のヴァルちゃん……じゃない!?)
確かに、ここはヴァルゼクトの記憶の中。だが、記憶にあるはずの光景が、徐々に塗り替えられていく。
黒い霧が広がり、かつての記憶の世界を侵食していく。階段の上にあった金色の扉が、ゆっくりと霞み、消えていく。
「ヴァルちゃん、ちょっと待ってよ! ここって……あんたの記憶の中、だよね?」
焦るシュエルをよそに、"偽りのヴァルゼクト"は一歩、前に進んだ。
その瞬間——
「——お前は、誰だ?」
低く、響く声。
それは、ヴァルゼクト自身の声だった。
——いや、本物のヴァルゼクトの声。
シュエルはハッとする。
(本物のヴァルちゃんが……問いかけてる!?)
しかし、"偽りのヴァルゼクト"は答えない。
代わりに——口元に、ゆっくりと冷たい笑みを浮かべた。
「お前こそ……誰だ?」
ヴァルゼクトが顔をしかめた。
(こいつ……俺に問い返しているのか?)
その瞬間、ヴァルゼクトの視界が揺れた。
——まるで、自分の存在が"塗り替えられていく"かのように。
「ヴァルちゃん! ヤバいよ、これ!!」
シュエルの声が響く。
彼女は、ヴァルゼクトの身体が"闇に侵食されていく"のを見た。
「ちょっ……何これ!? 体が……ヴァルちゃん、溶けかけてるよ!?」
黒い霧がヴァルゼクトの腕を絡め取り、まるで別の存在へと"書き換えよう"としているかのようだった。
「——これは"記憶の支配"」
どこからともなく、別の声が響いた。
ヴァルゼクトが声の主を探すよりも早く、"偽りのヴァルゼクト"が冷たく呟いた。
「貴様は、存在を忘れる」
「……なに?」
ヴァルゼクトの意識が、急速に霞んでいく。
「ちょっと、待って待って待って!? ヴァルちゃん、しっかりして!!」
シュエルが必死に呼びかけるが、ヴァルゼクトの目はぼんやりと虚空を見つめ始める。
——名前を失えば、存在が消える。
シュエルの言葉が、ヴァルゼクトの脳裏をよぎった。
(俺は……誰だ?)
「そうだ、忘れろ」
"偽りのヴァルゼクト"が静かに微笑む。
(忘れ……る?)
違う。
俺は——
俺の名前は——
「ヴァルちゃん!!」
シュエルが叫ぶ。
その瞬間、ヴァルゼクトの目が見開かれた。
——意識が戻る。
「……チッ、しぶといな」
"偽りのヴァルゼクト"が舌打ちした。
その手が動く。
次の瞬間、ヴァルゼクトの背後に黒い"影"がうごめいた。
「っ!!」
(まずい!!)
シュエルがとっさに叫ぶ。
「ヴァルちゃん!!」
だが、黒い影はすでにヴァルゼクトを包み込もうとしていた。
「……チッ!」
ヴァルゼクトが拳を握りしめた、その時——
——バチィッ!!
鋭い衝撃が走る。
ヴァルゼクトの意識が、再び深淵へと引きずり込まれた——。
闇が揺れる。
視界がゆがみ、意識が深い闇へと引き込まれる感覚——。
俺は確かに目を覚ましたはずだった。
だが、目の前には"偽りのヴァルゼクト"が立ち、俺を嘲笑うように見下ろしている。
「貴様はすでに消える運命なのだ」
その声は低く、冷たく響いた。
記憶の支配——。
それが"偽りのヴァルゼクト"の能力なのか?
——違う。
これは、ルシェイドの能力だ。
(……こいつ、まさか)
俺は納得のいかない状況に、悔しさと怒りが込み上げた。
ルシェイドの能力"記憶の支配"——それは、相手の記憶を改ざんし、存在を上書きする禁忌の力。
(あいつは……俺になろうとしているのか?)
その瞬間、"偽りのヴァルゼクト"が手を伸ばす。
「お前の存在は不要だ。消えろ」
ズズッ……!!
黒い霧が俺の体を侵食する。
腕が、足が、ゆっくりと霧に溶けていく。
「っ……!」
力が入らない。
まるで、俺という存在がこの世界から薄れていくかのように——。
「ヴァルちゃん!!」
焦った声が響く。
シュエルだ。
「ヤバい、ヤバいって!! 何これ、ヴァルちゃんが……!!」
彼女の小さな手が、俺の腕を掴む。
だが、俺の体は虚空へとのみ込まれそうになっていた。
「ねえ、ヴァルちゃん。本当に思い出した? 何であんたが封印されたのか」
シュエルが真剣な目で俺を見つめる。
「神々にとって、ヴァルちゃんは“危険すぎる存在”だった。だから封じたんでしょ?」
シュエルが必死に声をかける。
「……」
俺は答えられなかった。
目の前の"偽りのヴァルゼクト"が、再び薄く笑う。
「お前はただの"記憶"に過ぎない」
「違う」
俺は声を振り絞った。
「俺は、ヴァルゼクトだ」
「ならば証明してみせろ」
"偽りのヴァルゼクト"が黒い光を集める。
次の瞬間——
ズドォォォン!!!
爆発が起こる。
俺とシュエルは吹き飛ばされ、黒い霧が視界を覆った。
「ヴァルちゃん……!」
「俺は……」
闇の中で、俺は自分自身に問いかけた。
——俺は、誰だ?
「……そんなの、決まってるだろ」
俺は拳をしっかりと握りしめた。
「ヴァルゼクトは……俺だ!!」
その瞬間——
全身を覆っていた黒い霧が、一気に弾け飛ぶ。
「……ほう」
"偽りのヴァルゼクト"が、初めて興味深そうに俺を見た。
「なるほどな……やはり、お前は……」
その言葉の続きを聞く前に——
俺の意識が、一気に現実へと引き戻された。
闇が晴れる。
シュエルが驚いた顔で俺を見つめていた。
「ヴァルちゃん……戻った!?」
俺はゆっくりと息を整え、視線を前へと向けた。
時が止まる瞬間——それは、すべての運命が交錯する刻。
世界の歯車がきしみ、時間の流れが凍りつく。
——そして、俺の目の前にはルシェイドが立っていた。
彼は薄く笑みを浮かべ、余裕のある表情を崩さない。
「——いい目をしているじゃないか、ヴァルゼクト」
その瞳が鋭く輝く。
「ならば、試してみるか? 俺とお前……どちらが“ヴァルゼクト”にふさわしいのかを」
その言葉と同時に、俺の内側に眠る力が沸き上がる。
嵐の前触れのように空間が震え、俺の手に宿った魔力が渦を巻いた。
「証明してみせろ、だと?」
低くつぶやいた瞬間、大気が震え、地面に亀裂が走る。
力が解放され、俺の体に炎のような熱量が宿る。
これは——俺が俺であることを示すための"証"だ。
だが、その瞬間——
「——封印の執行、開始」
静かに響く監視者の声。
次の瞬間、天から降り注ぐ黒い鎖が俺の四肢を絡め取り、拘束する。
(これは……監視者の封印……!? いや、それ以上の力だ!)
「ヴァルちゃん、ヤバくない!?」
シュエルが宙を舞い、焦ったように叫ぶ。
だが、俺の身体はすでに自由を失っていた。
「おい、監視者……何のつもりだ?」
監視者は静かに答えた。
「ヴァルゼクト、お前の覚醒は……まだ不完全」
「……何?」
「ルシェイドよ、お前に封印の執行を許可する」
その瞬間、俺の脳内に警鐘が鳴り響いた。
(ルシェイドが、俺を封印する……!?)
「ほう……」
ルシェイドが小さく笑う。
「つまり、お前は“俺”を選ぶということか」
「待って待って待って!! ちょっと待ってよ!!」
シュエルが両手を振りながら叫ぶ。
「え、え、つまり何? ルシェイドがヴァルちゃんの代わりに“ヴァルゼクト”になっちゃうってこと!?」
「ふふ、鋭いな、小さな妖精よ」
ルシェイドは楽しげに微笑んだ。
「この世界は"名前"がすべてだ。ヴァルゼクトがヴァルゼクトでなくなるなら——“新たなヴァルゼクト”が生まれる。それだけのことだ」
「待て、ルシェイド!!」
俺は鎖に縛られながら、力を込めて叫んだ。
「お前が欲しいのは、俺の力なのか……それとも、俺という存在そのものか?」
「さあ、どちらだと思う?」
ルシェイドの瞳が不気味に光る。
彼はただ俺を上書きし、俺の存在そのものを消し去ろうとしている。
(このままでは……俺は、本当に消える)
存在の書き換え。
——まるで、最初から俺がいなかったかのように。
「……へぇ、なるほどねぇ」
不意に、すぐそばでシュエルの声がした。
彼女は小さな腕を組み、じっと俺を見つめている。
「ねえ、ねえ……ヴァルちゃん?」
その声は、妙に静かで——どこか悪魔的な響きを持っていた。
「……助けてほしい?」
「……」
俺は、視線を上げる。
シュエルの唇が、いたずらっぽく微笑んだ。
「助けてあげても、いいけど?」
「……条件付きってわけか」
「そりゃあ、タダじゃ嫌だもん」
彼女は、にっこりと笑った。
「ヴァルちゃんが覚醒したときに見たもの……それを、もう一度見せて?」
「……俺の記憶を?」
「うん」
シュエルはくるりと宙を回り、軽やかに言う。
「私、気になっちゃったんだよねぇ。あの金色に光る扉のこと」
俺の目がわずかに見開く。
「やっぱり、見えてたのか」
「うん、バッチリ!」
彼女は満面の笑みを浮かべる。
「それに、ルシェイドがヴァルゼクトになっちゃったら、それはそれで超つまんないし?」
「……勝手なことを」
「へへ、妖精だからね!」
彼女は俺の肩にちょこんと座り、囁くように言った。
「で? どうする?」
「……」
俺は目を閉じる。
選択肢は一つしかなかった。
「……いいだろう」
俺はシュエルに向かって、静かにうなずいた。
「俺の記憶を、お前に見せる」
その瞬間——
シュエルの瞳が、怪しく輝いた。
「——じゃあ、契約成立!」
彼女が小さく指を弾いた瞬間——
——時が止まった。
ルシェイドの手が止まり、監視者の言葉が途絶え、空間そのものが静寂に包まれる。
「さて、ヴァルちゃん」
シュエルが嬉しそうに笑う。
「私のとっておきの特技……見せてあげるね?」
時を止める妖精。
記憶を覗く妖精。
そして——この場で唯一、ルシェイドに対抗できる"存在"。
俺は、彼女の正体をまだ知らない。
(……シュエル、お前は一体……)
止まった世界の中、彼女は翡翠色の光をまといながら、ゆっくりと俺に近づく。
まるで、すべてを知っているかのような、その微笑。
そして、そっと囁いた。
「ここからが、本当の“ヴァルちゃん”の話だよ?」
その瞬間、俺の視界がゆがむ。
何かが、"書き換えられる"ような感覚がした——。
「シュエルだよー! うふっ♪」
ねぇねぇ、今回のヴァルちゃん、ちょっとヤバかったよね?
だってさ、記憶の中に閉じ込められちゃって、しかも"偽り"がどうとか言われてるし……。ねぇ、大丈夫なの? ほんっとに最強なの?
まぁ、私は知ってるけどね! ふふっ♪ でも教えてあげなーい! だって、もっと面白くなるから!
それにしても、最近ブクマしてくれる人が増えてきてるんだよね! うれしいなぁ♪ みんな、ヴァルちゃんのこと気に入ってくれたのかな? それとも、私のこと……? ふふっ♪
まだブクマしてない人? そこのあなた! もしかして忘れてるだけかもよ? ほらほら、今のうちにポチッとしちゃえば、次もすぐ読めるんだからね!
次回も絶対見逃しちゃダメだから! ね? 約束だよ♪