終焉と再生――“あの方”が目覚める時
この世界が生まれるより前――
神々は〈理〉を刻み、精霊は〈秩序〉を紡ぎ、
龍は〈力〉を授けた。
だが、時は流れ、理は歪み、秩序は裂け、力は滅びを呼ぶ。
いま、神々の契約は破られ、
世界は終焉か、あるいは救済か――その岐路に立っている。
調和の神ヴァルゼクト。
黒龍エルドリクス。
そして、妖精の女王シュエル。
彼らが選ぶ一太刀は、すべての未来を決する。
すべての運命は、この一戦に委ねられている。
どうか、その結末を見届けてほしい。
――世界は、静かに死に始めていた。
空は紅と黒に裂け、海は逆巻き、
大地は呼吸を忘れたかのように沈黙する。
神々の契約は破られ、
精霊たちの歌は悲鳴に変わり、
龍たちの翼は炎を孕んで燃え落ちていく。
その中心に、たった三つの影が立っていた。
調和の神ヴァルゼクト。
黒龍エルドリクス。
そして――妖精の女王シュエル。
彼らの一太刀が、
この世界のすべてを救い、
あるいは完全に終わらせる。
紅の稲妻が大地を穿ち、
空から黒い羽根が雪のように舞い落ちる。
その瞬間、女神エルミナの高笑いが響いた。
「――さあ、幕を引きなさい。
契約の名のもとに!」
女神の声が神域を震わせた瞬間、
紫黒の光輪が天を裂き、空に巨大な魔の門が開く。
そこから溢れ出す瘴気が、月光すらのみ込み、
白き空間を漆黒に染めていく。
セリオスの背にあった六枚の聖翼が、ゆっくりと、
しかし容赦なく歪む。
羽根の一本一本が黒く焦げ、
やがて髑髏の影を刻み、腐蝕の煙を噴き上げた。
「ウオォォォォ……――ッ!」
響き渡る咆哮は、もはや妖精のそれではなかった。
紅蓮に光る瞳、獣のように研ぎ澄まされた爪、
そして全身を覆う禍々しい紋様――
そこに、かつての面影は一片も残っていない。
「……兄さん……なぜ、悪しきものと契約を……」
震える声で告げたシュエルの問いに、
セリオスはただ沈黙で答えた。
瞳と瞳が交錯した瞬間、
言葉では届かぬ想いと覚悟が、
刃のように鋭く空気を裂いた。
――風が止む。
妖精の女王は、一歩、また一歩と前へ進む。
その背には、世界中の精霊たちの祈りと、
幾千年の歴史が託されていた。
その歩みは、運命に抗う者の歩み。
そして、兄を討つ者の歩みだった――。
「ヴァルゼクト……あとは任せます。」
そしてーー
終焉の黒龍エルドリクスに微笑むシュエル。
「あなたの終焉の炎で……終わらせるのです。」
「……妖精王権式」
その声は、深淵すら震わせる祈りの響き。
瞬く間に、彼女の周囲へ数えきれぬほどの光蝶が舞い降り、
夜空を覆う天の川のように輝きを放つ。
それは――“良き神”をこの世へ呼び戻す、
最後の聖なる儀式。
妖精の女王としての威光と、
終焉の炎によって歪められた神の世界をも
再生する祝福の力が重なり合い、
新たな神域が、その胎動を始める。
すべては、調和の神ヴァルゼクトが
正しき理へと世界を導くために――。
ヴァルゼクトは、彼女をただ真っ直ぐに見つめ、
その瞳に迷いの影を一切映さない。
黒龍エルドリクスは天を仰ぎ、
その双眸に、滅びを焼き尽くす終焉の炎を宿した。
三つの力が重なり、
神域は白く、そして紅に――燃え尽きていった。
その中心で、ヴァルゼクトは聖剣を振り抜く。
蒼白の軌跡が空間を裂き、呪詛の残滓をすべて切り払った。
炎が、黒龍エルドリクスの翼から奔流のように迸り、
大地を新たな色で塗り替えていく。
シュエルは術式を紡ぎ終え、
ふっと笑みを浮かべると、
その姿は光と共に、消え去っていった。
どこからか小さな声が聞こえてきた。
「……約束、守ったわよ」
その声は、どこか誇らしげだった。
世界が再び呼吸を始める。
風が優しく頬を撫で、
精霊たちの歌が空に満ちていく。
気がついた時には、女神エルミナは姿を消していた。
――そして、戦いは終わった。
場面は、あの丘へ。
かつて三人で交わした「いつか三人で旅をしよう」という“あの約束“の場所。
ヴァルゼクト、擬人化したエルドリクス、
そして小さなどSな妖精が並んで、遠くの空を見つめていた。
「やっと……終わったな」
「ええ。でも、まだ旅はこれからーー」
そこへ――
丘のふもとから、二つの影が駆けてくる。
一人は、どこかで見たナルシストな少年。
もう一人は、白いロリータ服に身を包んだ口の悪い少女。
「おっそーい!」とどSな妖精が腕を組んで怒る。
「変顔したら許してあげるっ♡」
「この美しい僕に……変顔をしろと言うのか」
少年は不機嫌そうに呟く。
「あーら、美しさでは私の次ってことよね。キャハハッ!」
少女は楽しげに笑う。
この二人が何者なのか――答えはまだ、誰も知らない。
――しかし、その静けさは長くは続かなかった。
崩れゆく砦の奥で、一人立ち尽くす黒き影――ノクシア。
その瞳は、すでに遠くの未来を見据えている。
「……調和の神……黒龍と精霊の女王の息子よ……時はきた」
低く紡がれた言葉は、夜の風に溶け、世界の果てまで響いた。
次の瞬間、ノクシアの姿は霧とともに消え失せる。
だが、そこに残された“気配”だけは、確かに誰かを待っていた。
闇の深奥。
女神エルミナが、ただ一人、不気味な微笑を浮かべていた。
「……“あの方”は、すべてをご存じよ。
――だから、世界はまだ滅びない」
その声は、甘くも冷たい刃。
そして――その“あの方”が何者であるのかは、
まだ深淵の奥に封じられたままだ。
――物語は終わらない。
むしろ、ここからが“本当の開幕”だった。
その時、誰も知らぬ場所で――“あの方”が、静かに目を開いた。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
今回は、私にとっても特別な一幕でした。
“調和の神”としてのヴァルゼクトが、仲間と共に世界を救い、
同時に、大切なものを失う瞬間を描く――
その場面に筆を置くたび、私自身が胸を締め付けられる思いでした。
あの強く、美しい妖精の女王が、力と引き換えに選んだ道の重さを、
少しでも感じ取っていただけたら嬉しいです。
そして、最後に現れた“二人の謎の人物”。
さらに、霧の中へと消えたノクシア。
女神エルミナが口にした“あの方”。
――物語は、終わったようで、まだ終わりではありません。
この世界の奥底には、まだ語られていない真実が眠っています。
次に訪れるのは、静寂ではなく、新たな嵐の気配。
どうか、この旅の続きをーー。
そして、まだ見ぬ“嵐の向こう側”を、共に。




