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断罪の炎と別離の剣──すべてを赦さぬ、精霊の涙

ついに――神域における戦いは、避けられぬ運命を迎えます。

 


かつての英雄ゼロ、いまは調和の神ヴァルゼクト。

そして、妖精の女王シュエル。


 


目の前に立つのは、

かつて優しかった兄セリオス。


そして、呪詛と融合し、禁忌の器と化したルシェイド。


 


女神エルミナの狂気が、兄妹の運命を無情に引き裂いていく――


 


精霊の王としての誓いか、

妹としての情か。


 


シュエルは、涙を胸に秘め、運命の剣を見据える。


 


物語は、最終局面の扉を開く。

どうか、最後まで見届けてください。



砦の影のひとつが、静かにこちらへ歩み寄ってきた。


足音もなく――だが、その気配は圧倒的だった。


 


「元気だったか?……我が妹よ」


 


その声に、シュエルは一瞬、動きを止めた。


 


月明かりが、その姿を照らし出す。


白銀の髪。背に広がる神聖な六枚の翼。

纏う空気は、凛として、どこまでも高貴だった。


 


そこにいたのは――セリオス。


シュエルの兄であり、かつて“天の守護”と称えられた存在。



「……なぜ、兄さんが……」


 


その呟きは、まるで幼き頃に戻ったかのような声だった。


心の奥に沈めたはずの記憶が、波紋のように広がっていく。


 


兄と呼んだ存在。


すでにこの世から消えたはずの“天の守護”。


天界の歴史からも名を消され、“存在しなかったこと”にされた彼が――


いま目の前に立っている。


 


「ずっと、見ていたよ」


 


セリオスは、微笑を絶やさぬまま言った。



「お前が妖精の“女王”として選ばれた日も……

神々に背を向け、“心”に従って戦ってきた姿も……」


 


シュエルは、言葉を失った。



胸の奥がぎゅっと掴まれるように痛む。



兄は――ずっと、もういないと思っていた。

幼いころに見た背中。頼もしく、優しかった面影。



けれど今、目の前に立つその人は、あの頃の兄ではない。


涙がにじむ。

声にならない呼びかけが、胸の奥で何度も響いた。




(……兄さん……どうして……)


  


目を伏せる彼女の前で、セリオスは歩みを止めた。


 


「……だから、最後にこの目で見届けたかった。

お前が、“調和の存在”としての道を選ぶ瞬間を」


 


「調和の存在……?」


 


小さく呟いたシュエルに、セリオスはそっと手を伸ばす。


兄妹の距離は、もう数歩もなかった。



だが――


 


「すまない、シュエル。

お前は、これから……私を超えなければならない」


 


そう言って微笑んだその瞳には、どこか懺悔にも似た、深い影が宿っていた。




シュエルの胸は、さらに強く締め付けられた。



兄は――何を背負っているのだろう。

その静かな微笑みの奥に、どれほど深い影を抱えているのか。



だが、彼女は目を逸らさなかった。


心に、ひとつの覚悟が芽生える。



「……わたしは、逃げない。

 兄さんがどんな“罪”を背負っていたとしても……

 “裁くべき時”が来たなら、妖精の女王として立ち向かう」


 


月明かりの下、ふたりの姿が静かに対峙する。




そしてその遥か上空で――神域の空が、音もなく軋み始めていた。


 


運命が、ついに動き出す。





天の空が紅に染まり、神域を穿つように咆哮が響く。


クロエニクスと融合した“呪詛の器”――ルシェイドの姿は、もはや神々の理の外にある。



黒炎と毒霧の波動が地を焦がし、空を裂く。


 


「……ルシェイド」


 


ヴァルゼクトが聖剣を構える。

その傍らでは、黒き龍――エルドリクスが天を巡り、

妖精の女王シュエルが静かに彼の横に立っていた。



張り詰めた神域の空気を、唐突に切り裂くような声が響く。




「セリオス、久しぶりに会った妹と……涙の再会ってところかしら?」




妖艶な笑みを浮かべた女神エルミナが、楽しげに続ける。



「めでたいことねぇ……うふふっ」


 


艶やかな微笑を浮かべつつ、彼女はセリオスへと視線を這わせる。


 


「セリオス……契約……忘れてないわよね?」

 


「契約……?」


シュエルは小さく息をのむ。


胸の奥に、冷たいものが走った。

(この女神……兄さんと一体、何を……?)


 


「……邪魔者は、みんな消し去りなさい」


 


エルミナが指を鳴らした瞬間、呪詛の化身と化した

ルシェイドが咆哮し、神域全体に黒い瘴気が広がる。


 


その圧に対抗するように、ディシディアが一歩前へ進み出た。


 


「もう、それ以上――罪を重ねるのはやめるのです。女神エルミナ」


 


だが、エルミナは高笑いをしはじめた。


 


「罪? そんなもの、私には関係ないわ」

 



ヴァルゼクトの胸に、疑念が広がる。


 


その瞬間、ヴァルゼクトの手にある聖剣が淡く脈打ち、

胸の奥に直接、問いかけるような声が響いた。

 


「――心は、決まっているな?」


 


ヴァルゼクトは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


頭に浮かぶのは、旅路で笑い合ったルシェイドの姿。

無邪気に焚き火を囲んで話した夜。



「お前となら、どこまでも行ける」――

あの言葉が、耳に蘇る。



(……ルシェイド……)




だが、目の前にいるのはもう彼ではない。

呪詛にのまれ、神々の理すら拒絶した“化身”。



 

「……ああ、わかっている。だが――」



ほんの一瞬、迷いが胸をよぎった。

だが、その隣でシュエルがそっと手を差し出す。



小さな命の光――命の種子が、彼女の掌に浮かび上がった。


 


「ルシェイドの魂は、まだ穢れていません。

 悪しき呪詛に歪められても、心の奥は……美しいままです」


 


その声に呼応するように、聖剣ソル・レリクスが蒼白の光を増す。

神域の空に調和の波紋が広がり、闇に沈んだ空間に光が差し込んだ。


 


――その瞬間。


 


時の番人クロノヴァリウスの背後に、新たな歯車の時計が現れた。


カチリ……カチリ……


まるで“新たな時の記録”が刻まれていくかのように。


 


「やはり……本物だったのですね」

ディシディアが呟き、深くひざまずく。


 


「この世界に“調和の神”が顕現した……

 我ら神々の上に立つ、新たな理の象徴として」


 


その光景は、神域にいる全ての存在に悟らせた。



――ただの人ではない。

かつての“村人A”は、いまや神すら畏れる存在となったのだ。


 


シュエルが静かに告げる。


 


「……ヴァルゼクト、ためらうことはありません。

 これは、解放の一太刀。どうか……彼を救うのです。」


 


黒龍エルドリクスが咆哮を上げ、空気が震えた。

聖剣が応えるように輝きを極め、ヴァルゼクトは前へと踏み出す。


 


「――俺が、終わらせる」


 


蒼白の光が軌跡を描き、空間を裂く。

その瞬間――




「……また、会えるといいな……ヴァル……」



風が止まり、彼の声だけが世界に響いた。


 


呪詛にのまれきったはずのルシェイドが、

最後の一瞬だけ、優しい笑みを浮かべていた。



 

視界が、にじんだ。



胸の奥からこみ上げてくる熱が、喉を締めつける。

まるで、心そのものが痛みに焼かれているようだった。


 


(……ああ、必ず……また)


 


涙をこらえ、聖剣を振り下ろす。


 


蒼白の閃光が神域を貫き、呪詛は音もなく裂かれ、浄化されていった。



シュエルの手から舞い上がった二つの小さな光が、夜空に吸い込まれていく。


 


――それは、別れの輝き。

そして、彼らがまたどこかで巡り会うことを願う、祈りの光だった。


 


蒼と白の光が空へ舞い上がり、神域を浄めていく。



その光景を、女神エルミナは呆然と見上げていた。



「……嘘、でしょ……?」



美しい顔が、初めて恐怖に染まる。



彼女が生み出した“最強の禁忌”――呪詛の化身が、

調和の神の聖剣によって、あまりにも容易く散ったのだ。




「わ、わたしには……“あの方”がついている……」




震える唇が、自分を守るようにその言葉を繰り返す。

だが、その瞳には隠しきれない動揺が宿っていた。




「ほんと、使えない……ルシェイドだわ……

 あんな剣で……ふふ、ふふふ……」




笑い声は震え、焦燥に滲む。

その姿は、次の逃げ道を探す狡猾な獣のようでもあった。



そして――彼女は手を掲げる。




「セリオス……契約、行使します」



女神の声は甘美にして残酷。

空気が裂ける。彼女の唇から、聞いたこともない古の呪文が紡がれた。



「──〈深淵に眠りし漆黒よ〉

 〈歪みの理を抱き、契約を成せ〉

 〈魂を喰らい、絶望を翼に〉……!」


「──〈虚無の王に捧ぐ、我が影の契約〉」


指が、二度鳴る。


――パチン、パッチン。



指先の音とともに、世界がひとつ息を止めた。

次の瞬間、紫黒の光輪が天に浮かび、堕落の儀が始まる。



セリオスの背から広がる六枚の翼が、紫黒の瘴気に覆われていく。

羽根の形は次第に禍々しく歪み、髑髏の模様が浮かぶ。



その姿は、妖精ではなく、もはや“魔の使徒”。

人と魔族の境界すら踏み越えた、破滅の存在だった。




「く……はは……ああああああああっ……!」



セリオスの悲鳴が、神域にこだまする。

顔は苦悶に歪み、瞳は漆黒に沈んでいく。



シュエルは唇を噛み、声を震わせた。



「……兄さん……魂だけでなく、すべてを失ってしまったのですね。

 自らの意思で……」




ヴァルゼクトは聖剣を握りしめたまま、動けなかった。

心臓を掴まれるような痛みに、胸が震える。



(……本当に、斬らなければならないのか……?)



一瞬の迷い――だがその隣で、妖精の女王は静かに立ち上がる。

涙をこらえながらも、その瞳には妖精の女王としての威厳が宿っていた。



「……ヴァルゼクト。

 たとえ私の兄であっても――」


シュエルの瞳が、涙を宿しながらも鋭く光る。



「精霊の意思に従い、妖精の女王として必ず裁きを下します。」



月光と紅の空が交わる神域。

運命の刃が、ついに次なる決断へと迫ろうとしていた――。




To be continued…

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 


第41話では、兄妹の運命が大きく動きました。

シュエルはついに、妖精の女王としての覚悟を固め、

兄セリオスに“裁き”を下す決断を迫られます。


 


そして、呪詛の化身となったルシェイドは、

ヴァルゼクトの聖剣によって終焉を迎えました。


しかしその一瞬、彼が残した言葉――

「また、会えるといいな」


この余韻が、きっと皆さまの胸にも届いたはずです。


 


だが、まだ物語は終わりません。


女神エルミナと交わされた“契約”の真実。

セリオスが選ぶ、最後の運命。

そして、ノクシアの残した謎の言葉。


 


すべては次回、最終話へ――。


 


どうぞ、最後まで見届けてください。


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