神の理、裁きの空へ――創られし呪詛と審判の眼
かつて神々が封じた“在ってはならぬ存在”――
その禁忌が、ついに神域で目を覚ます。
融合が進むルシェイドとクロエニクス。
その姿は、神ですら拒絶した“呪詛の化身”へと変貌しようとしていた。
だが、その瞬間。
天界すら震わせる声とともに現れる、“裁きの神”ディシディア。
そして、すべてを記録する“時の番人”クロノヴァリウス。
さらに、空を裂いて舞い降りる妖精の女王シュエルと、終焉の焔を抱く黒龍エルドリクス――
神と呪詛、理と愛、そして過去と現在が交錯する中、
それぞれの“答え”が、いま問われる。
物語は、ついに“最終局面”へ。
どうぞ、目を逸らさず見届けてください。
──天が、拒絶した。
それは、天界ですら許さぬ“存在”が、今この瞬間、神域に生まれようとしている証。
空が軋み、神殿が泣き、理そのものが歪んだ。
「……これは……っ」
神域の高座に座していたディシディアが、思わず膝を突いた。
頭上に広がるのは、光でも闇でもない、名もなき“歪み”。
その中心で、融合は進んでいた。
黒と白。聖と邪。秩序と混沌――
すべてをのみ込みながら、ルシェイドとクロエニクスは一つになっていく。
それは、かつて神々が最も恐れた“禁忌の果て”。
神が創り、神が壊したもの。
決して存在してはならない、“究極の呪詛の化身”。
「……止めなさい、エルミナ!!」
ディシディアが叫ぶ。
しかし、その声すらも、響かない。
女神は微笑み、指を――
“パチン”と鳴らした。
その瞬間、神殿の大地が脈打ち、世界が“それ”を受け入れた。
かくして、世界は終焉へと踏み出した。
そして同時に――“裁き”の扉が、開かれた。
“融合”が完成しつつあった。
ルシェイドとクロエニクス――
その二つの存在が、互いの境界を溶かし合い、
醜くも強大な“何か”を形作っていく。
それは、人でも、天使でも、神でもない。
ただひとつ、神々が“在ってはならぬ”と定めた存在。
「……これが、エルミナの愛の果て――神の名を騙る呪いか……?」
空を裂くように響いたその声に、神殿の空気が凍りつく。
現れたのは、天を統べる神々の中でも“中立の理”を体現する存在――
ディシディア。
銀白の髪をたなびかせ、青白い瞳を鋭く光らせながら、神殿の天井より降臨する。
その背に広がるのは、巨大な“秤”の幻影。
続いて、時間の歯車を身に纏う異形の神が、ゆっくりとその背後に姿を現す。
「……時間の歪み、確認。記録開始。
時の番人、クロノヴァリウス、参上」
無数の歯車がカチャッカチャリと回転し、空間に“観測”の圧力が加わる。
ディシディアは、ゆっくりとエルミナへと目を向ける。
「問おう。なぜ、貴様はこのような“呪詛の化身”を創り出した?」
神の声が、天地を貫いた。
しかし、エルミナは微笑みを崩さず、指先で金の髪を弄びながら答える。
「“創った”のではなく……“育てた”のよ。愛を持ってね。うふふっ」
「貴様の愛は、すでに醜い。神としての才もない。
己の欲望に溺れ、理を踏みにじった。――神としての資格は、とうに失っている」
冷酷に言い放つディシディア。
だがエルミナは顔を伏せ、低く笑った。
「……ふふ、そう……あなたも、ゼロも、私を理解できなかった」
その言葉に、ヴァルゼクトが眉をひそめる。
(……ゼロ? 今……俺の名前を?)
だが、言葉を挟む間もなく、ルシェイドが振り返る。
「ゼロ……か……」
その瞳に映るのは、かつて神に名を奪われ、ただ“番号”で呼ばれていた少年ではない。
今そこに立っているのは――“ヴァルゼクト”。
「……お前、本当に……ゼロなのか?」
震える声が、空気を裂いた。
「神々に名前を奪われ、0番と呼ばれていたあの頃……
お前は、俺に似ていた。
孤独で、痛みを知ってて……でも、それでも……どこか、強くて……」
ルシェイドの拳が、小さく震える。
(すべて、“ゼロ”……おまえのせいだ)
迷いが、融合の中心に揺らぎを与える。
だがその隙を、エルミナは見逃さなかった。
「さあ、最後の仕上げをしましょう?」
女神は、再び指を鳴らす。
“パチン”
神殿全体が震え、融合の進行が一気に加速する。
「……愚かな神に堕ちたものよ」
ディシディアが静かに剣を抜く。
光の粒子を纏ったその剣は、まさに“裁きの象徴”。
「お前は神の理に背き、存在してはならぬ者を生み出した。
その罪、神の名のもとに裁かれるべきだ」
その宣告に対し、エルミナは顔を歪め、大声で笑い出した。
「はあぁ!? 裁きですって? ……くっだらない!」
瞳に狂気を宿し、彼女は嘲笑うように言い放つ。
「私には“あの方”がついてるのよ?
そんな剣なんて、怖くもなんともないわ!」
「“あの方”……?」
ディシディアの眉が僅かに動く。
クロノヴァリウスもまた、手元の歯車が“異常”を検知したかのように、一瞬止まった。
だが、真意を問う前に――
神殿の天井が砕け、天翔ける黒き龍が現れた。
その背に乗っていたのは、輝きの妖精女王・シュエル。
「女神エルミナ、そこまでです――」
凛と響くその声が、神殿を切り裂く。
龍エルドリクスの咆哮が呪詛の霧を払い、空気を浄化していく。
ヴァルゼクトが驚き、振り返る。
「シュエル……!」
シュエルは静かに降り立ち、ヴァルゼクトの隣に立つ。
そして、融合を終えようとする“彼”――変わり果てたルシェイドの姿を見つめた。
その瞳には、悲しみと怒りが混在していた。
「……私は、決して許さない」
彼女はそっと口を開く。
「これは、神の愛などではない。
ただの執着、ただの呪い。
私は、精霊の女王として――“裁き”ます」
その言葉に、聖剣ソル・レリクスの刀身が共鳴するように輝いた。
青白い光が波紋のように広がり、神域の空に“調和”の気配が差し込む。
だが――その奇跡の一幕を、遠く離れた砦の影で見つめる、二つの存在がいた。
廃墟のような高台。崩れかけた塔の縁に佇む黒き影と、銀の髪を風に揺らすもうひとつの影。
そこには、ノクシアとセリオスの姿があった。
「……もう心が癒えたのか? ノクシア」
問いかける声に、応える言葉はなかった。
ただ、砦を包む風が静かに唸り、過去の残響だけがその場を満たしていく。
しばらくして――
誰ともなく、ぽつりと呟くような声が落ちた。
「なぁ……どうして、こんなにも……辛いんだろうな。――シュエル」
その言葉が、誰のものだったのか。
それは風に溶け、夜空へと吸い込まれていく。
沈黙とともに、砦を覆う暗闇が、深く、深く、静かに揺らいだ――
そして物語は、次なる“裁き”と“別れ”の章へと、静かに幕を開ける。
──神の理が歪むとき、心もまた、試される。
To be continued…
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第40話では、ついに“神の裁き”が動き出し、物語は終焉へと大きく踏み出します。
エルミナの真意、ルシェイドの葛藤、
そしてシュエルの“決断”。
それぞれの感情が交錯する中で、物語の核心へと近づいていきます。
残りはあと2話。最後までお付き合いいただければ嬉しいです。




