砦に刻まれし記憶――目覚めし聖剣
静かに脈打つ聖剣が、長き眠りから目を覚ます。
神の意思を宿す刃、過去を映す記憶、そして──封印されし呪詛が、今、解き放たれる。
これは、失われた時間と向き合い、覚悟を刻む物語。
ひとつとなる“存在”がもたらすのは、希望か、それとも終焉か。
どうぞ、物語の転機をご覧ください。
――我を、覚えているのか……ヴァルゼクト。
それは、剣の奥底から響いた声だった。
懐かしさと威厳を湛えたその声は、ただの武器ではない“存在”のもの。
かつて神と共に在った、意思を持つ聖剣の問いかけ――。
ヴァルゼクトが手を添えた瞬間、聖剣は微かに脈動を始めた。
心臓の鼓動と同調するように、淡い光が刀身を包む。
静寂に満ちた神殿跡。
彼はひとつ、深く息を吐いた。
その手にあるのは、封印を解かれたばかりの聖剣。
「ああ……覚えているとも」
「選定を開始します。
調和の力は、いまだ未完成。
しかし、それでも……今が“時”です」
ヴァルゼクトの指先に、剣の熱がじんわりと灯る。
それは記憶の欠片を辿るような、懐かしい温もりだった。
──妖精の森、聖域。
静かに佇むシュエルの前に、光の揺らめきが神殿の情景を映していた。
聖剣の脈動と、それに応えるように立つヴァルゼクトの姿。
「ヴァルゼクト、その聖剣の名を……覚えているのですか?」
「……その名を呼んだ時、あなたは戻れなくなるわ」
剣に真なる名を与えた瞬間、運命は決定的に動き出す。
美しく澄んだ声は、確かな“覚悟”を迫っていた。
――そのときだった。
シュエルの声に呼応するように、神殿の奥が震えた。
封印されていた“呪詛の核”が、瘴気と共に暴れ出す。
「っ……!」
空気が震え、地面が軋む。
禍々しい黒煙が神殿の奥から噴き出し、空間そのものを歪ませていく。
“それ”は、聖剣とヴァルゼクトの契約を阻もうとしていた。
そして――
ルシェイドの瞳が見開かれる。
呪詛の共鳴が、彼の内に閉ざされていた記憶の断片を揺り起こす。
(これは……エルミナ?)
暴れる“それ”――クロエニクスが、神殿の奥の形なきものを呼んでいる。
三つに分かたれていたルシェイドを、一つに戻そうとするかのように。
「……おまえが……ヴァルゼクト……?」
クロエニクスは、呪詛の渦の中からヴァルゼクトを認識していた。
聖剣と共にこの地に封じられし存在ゆえ、動くことを許されなかったはずの者。
そして――
聖剣は、最後の問いをヴァルゼクトに投げかけた。
「――神を殺す覚悟は、あるか?」
静寂が深くなる。
その言葉の重みに、神殿の空気さえ凍りつく。
だが、ヴァルゼクトは迷いなく答えた。
「もちろん……あるとも」
(――ならば、真の名を呼べ)
心に直接語りかけてくる声。
剣の意思が、彼の覚悟を試している。
ヴァルゼクトはゆっくりと剣を掲げ、名を告げた。
「聖剣――ソル・レリクス。俺の名は、ヴァルゼクトだ」
その瞬間――
剣から溢れ出す光がすべてを包む。
熱と光、そして……圧倒的な記憶の奔流。
――3000年前。
聖剣が見ていた、神と人とが交わった時代。
忘れ去られたはずの記憶が、ヴァルゼクトの中に流れ込んでくる。
断片が繋がる。
忘れていたはずの感情が、胸を刺した。
「これが……お前の記憶か、ソル・レリクス……」
剣は応えることなく、ただ静かに光を放ち続けていた。
だが、ヴァルゼクトには確かに伝わっていた。
この剣が、今も彼を選び、共に歩もうとしているということが。
──その頃。
クロエニクスは、すでに暴走の兆しを見せていた。
「ヴァルゼクト、クロエニクスの暴走を止めるのです」
シュエルは冷静に語る。
「存在がひとつとなるとき、終焉は訪れます。」
──神殿へ。
神殿の大扉が、重く軋んだ。
聖域の空気が揺れ、大地を踏みしめるような足音が鈍く響いてくる。
それは――ヴァルゼクトの足音だった。
静寂の中に、その存在が確かに刻まれていく。
その手には、光を秘めた聖剣ソル・レリクス。
振るわれていないその剣が、まるで神殿の空気を裂いているようだった。
神殿の中心には、ひとりの女神が立っていた。
白金の髪に、冷たい蒼の瞳。
その存在だけで、空間が“神域”へと変わるほどの気配を放っていた。
「その剣は……“調和の神”のもの。なぜ、おまえが……」
女神――エルミナが、わずかに震える声で呟く。
その背に輝く羽が、ひく、と震えた。
……その時だった。
「……コロす……カミだから……」
低く唸るような声が、神殿に響く。
現れたのは、クロエニクス。
「おまえも……神ダカラ……ケサ……なきゃ……!」
呪詛に蝕まれた身体が、ヴァルゼクトに一直線に突進する――!
だがその瞬間、光の羽が舞った。
「クロエ、やめろッ!」
ルシェイドの叫びが、空気を震わせた。
「それ以上……神を殺すな!」
その声に、クロエニクスの足が一瞬止まる。
わずかに震えるその姿は、理性か、あるいは迷いか――
だがすぐに。
「……ふふ」
エルミナが、静かに右手を持ち上げた。
その仕草はまるで、儀式の始まりを告げる合図のようだった。
「……始めましょうか」
“パチン”――
指を鳴らす音が神殿に響いた瞬間、
床に染みついていた禍々しい黒の模様が、一斉に立ち上がる。
空間のひび割れから、封印の奥底に眠っていた“呪詛”の気配が、怒涛のごとく噴き出した。
まるで狭間の門が開かれたかのように、
黒煙は逆流し、神殿の隅々まで染め上げていく。
「っ……!これは……!」
ヴァルゼクトが目を細める。
それはただの魔力ではない。
3000年もの間、聖剣と共に封じられてきた“禁忌の呪詛”そのものだった。
静かに、けれど確実に――
この神域が、闇にのまれていく。
触手のような黒い糸が、クロエニクスの身体を包み込む。
手、足、胸、頭――すべてが、黒に染まっていく。
「なっ……やめろ! クロエから離れろ!」
ルシェイドが駆け寄るも、呪詛の壁に弾かれた。
「融合、始まっちゃったから」
悪びれる様子もなく、エルミナは小さく笑った。
「ざーんねん。ルシェイドって、ほんと使えない天使ね」
無邪気なその声が、神殿の空気を凍りつかせた。
黒く染まりゆくクロエニクスが、咆哮を上げる。
「全部……あいつのせいだ……!」
その瞳に映るのは、ヴァルゼクトただ一人。
燃え上がるような嫉妬、呪詛、怒りが混ざり合い――
ついに、ひとつめの“融合”が完成する。
神ではなく、怪物が誕生した――その瞬間だった。
黒き呪詛にのまれたクロエニクスは、もはや言葉を失っていた。
その身体は変容を続け、神でも人でもない“歪な存在”へと至りつつあった。
「クロエ……!」
ルシェイドが手を伸ばす。しかし、そこにあの頃の面影は、もはやなかった。
心をえぐるような咆哮が神殿を満たす。
――そのとき、ヴァルゼクトの耳に、また声が届いた。
「……哀しきものよ。それでも、お前は斬る覚悟があるか?」
聖剣ソル・レリクスの意思が、静かに語りかけてくる。
「――このまま融合が進めば……
いずれ、おまえの手で“ルシェイド”を斬ることになる」
その言葉に、ヴァルゼクトは一瞬、目を伏せた。
だがすぐに、まっすぐに剣を見つめる。
「……だからこそ、俺が終わらせる。
これ以上、誰も失わないために」
剣は何も答えなかった。
けれど、わずかに刀身が脈打ち、彼の決意を受け止めたかのように静かに輝いた。
迷いはなかった。
その瞳に映るのは、怒りでも、哀れみでもない。
ただ、覚悟の色。
そして、聖剣が静かに告げた。
「――叶わぬ愛を抱き続ける者たちに、安らぎを与えるとしよう」
それは、まるでノクシアを想うかのような言葉だった。
……その頃。
妖精の森、聖域。
シュエルが振り返ったとき、そこにいるはずのノクシアの姿は、もうなかった。
「ノクシア……?」
風の気配すら感じさせず、まるで“消えた”ように。
どこへ行ったのか。なぜ――いま、この時に。
(まさか……呼ばれた? あの神殿に……?)
胸騒ぎが、静かな森に鳴り響いた。
その頃、神殿のはるか上空。
誰もいないはずの“砦”の塔に、一つの影が立っていた。
黒衣のフードが風に揺れる。
その男――セリオスは、静かに呟いた。
「……ゼロ。いや、ヴァルゼクトだったね」
その視線は、神殿で激突の時を迎えようとしている“かつての英雄”に注がれていた。
そして。
「――妹は、元気かな?」
言葉の意味はわからない。
だがその“問い”が、物語の深層に潜む因果を、そっと揺らした――。
【To be continued...】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに、封印されていた聖剣ソル・レリクスが目を覚まし、
それに呼応するように、かつての呪詛が暴れ出しました。
融合、覚醒、覚悟、そして「神を殺す」という選択。
誰かを守るために、誰かを斬らなければならない。
そんな運命に立ち向かうヴァルゼクトの姿が、私はとても好きです。
そして、謎の男・セリオスの登場。
彼の最後のひとことが、この世界にどんな波紋を広げるのか──
次回、さらに深く物語の核に触れていきます。
どうか、最後まで見届けてください。




