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囁く影と、封じられた契約

かつて神々が封じた“声”が、今、囁きはじめる。


聖剣が目覚め、影が動き出す時――

世界は、再び選択を迫られる。


妖精の女王が語る真実とは。

そして、契約の果てに待つものとは――


光も闇も、すべてが揺らぎはじめていた。




「ヴァルゼクト。

そのものを――絶ってはなりません」


 


澄んだ声が、空を通して届いた。


風も音も凍るような静寂の中に、

それだけが遠く、鐘の音のように響いた。


 


――シュエルの声だった。


 


聖剣ソル・レリクスが静かに震え、

刃先に宿った光がゆっくりと淡くなる。


まるで、剣自らが「待て」と言っているかのようだった。


 


「……なぜ止めた」


ヴァルゼクトは声を落としたまま、空に向かって問いかけた。



「この影は、世界を呑もうとしている。

ならば俺は――斬らねばならない」


 


「それは、“まだ早すぎる”のです」


 


空間の向こうから、シュエルの声が静かに返ってくる。

その声音には、確かな恐れと、痛みが滲んでいた。


 


影はなお、そこにあった。

輪郭は曖昧なまま、黒いもやがゆらゆらと空間に染み込み、

瓦礫の隙間から這い出すように広がっていく。


 


“……我は……我は……忘れられた……” 


 


囁くような声が、また耳の奥に届いた。


ヴァルゼクトは剣を下ろさずに、その声を聞いていた。


 


(……この声は……ただの呪いではない)


何かが混ざっている。

怨嗟だけではない――もっと深く、渇いたもの。


 


“……なぜ……あの方は我を選ばなかった……” 


 


影の奥から、名前のない痛みが滲み出す。


エルミナ――

そう、今その名が確かに囁かれた。


 


「……エルミナ、だと……?」


ヴァルゼクトは、剣を構えたまま目を細めた。


 


その瞬間、ソル・レリクスがわずかに光を灯した。


 


(……久しぶりに、あの声が聞けたな)


 


刃の中に、もう一つの意識が眠っていた。

かつてこの剣を振るった者の記憶。

世界がまだ形を持つ前に、深淵と交わされた“契約”の記録。


 


【……聞け、選ばれし者よ】

ソル・レリクスの意志が、静かに語り出した。


 


【三千年前。

神々が世界を治める以前――

この影は、もう一つの“理”として存在していた】


【“ルシェイド”――名を持たぬ深淵。

かつて、女神族の一柱エルミナを想い、

神々に叛旗(はんき)(ひるがえ)した存在】


 


【だが彼は敗れ、

その妄執(もうしゅう)を“呪詛”として封じられた】


 


【封印には代償があった。

“彼”を斬るには、存在そのものを対価として捧げる必要があった】


 


(……存在そのもの?)


 


【当時の聖剣の使い手は、封印を選んだ。

命も、記憶も、歴史からも姿を消す“代償”を払って】


 


【そして、その契約の媒介となった魔女がいた】


 


【ノクシア。――お前と、血をつなぐ者】


 


ヴァルゼクトの目が見開かれる。


ノクシア。

あの、何もかもを知っているかのように笑った魔女。


 


(……なぜ、ノクシアが……?)


 


「ヴァルゼクト」


再び、シュエルの声が届く。


 


「“あれ”を断てば、契約が破られます。

封じの輪が崩れれば、世界そのものが歪む」


 


「どういうことだ。

世界が――歪む?」


 


「“理”とは、ただ神々が定めた秩序ではありません。

その根底に、あの影との均衡があるのです」


 


「お前の存在は、“その契約の上”に成り立っている」


 


ヴァルゼクトの指が、わずかに震えた。


 


ソル・レリクスが再び囁く。


 


【この剣は、お前を導くために蘇った。

あの影を斬るためではなく、理解するために】


 


【……まだ、決してはならぬ。】


 


空が――再びざわめいた。


影の声が、最後にひとことだけ呟いた。


 


“……我を、覚えているのか……ヴァルゼクト……”


 


その声に、確かに聞き覚えがあった。

遠い昔。自分がまだ“誰か”だった頃。



なぜ、俺の中に“懐かしさ”がある…? この影に――



――声の主。その名を知ったとき、ヴァルゼクトの運命は覆る。

真実は、“世界の創世”よりも深い場所に、封じられていた。


 


ヴァルゼクトの意識に、光と闇が交錯する。

そして――忘れていた記憶の扉が、軋みを立てて開きかけた。


 


「……まさか……お前は……」


 


その名を口にする寸前、

空が再び閉じるように静まりかえった。


影は消えず、ただ深く沈み、次の脈動を待っている。


 


世界は、まだ沈黙しているだけに過ぎない。



そして、彼の物語もまた――


ようやく、始まったばかりだった。



(第38話・了)

「我を、覚えているのか――ヴァルゼクト」


この一言が告げる意味とは何か。

血によって結ばれた“禁忌の存在”が、なぜ今、彼の前に現れたのか。

そして、それを呼び覚ましたのは一体誰なのか。


ノクシアの封印、神々の恐れ、そして“調和の神”の真実――

すべてが繋がり始め、ひとつの扉が、静かに開きつつある。


次回――

「調和」とは何か。

「継承」とは誰に託されたものなのか。

眠りから目覚めた“声の主”が、ヴァルゼクトに何を告げるのか。


物語は、決して後戻りできない領域へ。

世界の輪郭が、変わり始めます。


続きを、お楽しみに。

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