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深淵の胎動――終焉へ誘う声

深淵は、すでに目を覚ましていた。


神々の滅びが空けた虚無の座。

その空白を埋めようと蠢く、かつてない影。


それは絶望の残響か、それとも新たな理の胎動か。


ヴァルゼクトが聖剣を握りしめる先に、

まだ誰も知らない“終わり”が口を開こうとしていた。


世界が変わる前夜――

その一端を、共に見届けてください。




深淵が――目を覚ます。



黒い胎動は、祝福か、それとも終焉か。



その扉の先にあるものを、まだ誰も知らない。




“クク……クククク……”


 


どこからともなく響く、

耳の奥をひっかくような嗤い声。


 


それは――

崩れかけた聖域の空を、

鈍く黒い靄のように染め上げていった。


 


赤黒い瘴気が蠢き、

瓦礫の上を冷たく絡む風が吹く。


 


「……神々は、この世界を……我に与えた」


 


低く湿った声が、

嘲るように、それでいて憧れるように響いた。


 


「なんと、素晴らしいことか……」


 


その声の奥に――

千の絶望と、飢えた憎悪、

そしてひどく歪んだ渇望が混ざっているのを、

ヴァルゼクトは感じ取っていた。


 


(この声……)


 


それはただの闇ではない。


怨嗟(えんさ)でも、嘆きでもない。


 


――何かが、まだ終わらせてはならぬと、

執拗(しつよう)に手を伸ばしてくるような、

底知れぬ執着の気配。


 


崩れゆく神殿で、

その声だけが、

ひどく鮮明に、残酷に響いていた。


 


(……お前は……)


 


聖剣ソル・レリクスが、

黒と白の光を編むように脈打った。


 


深淵が――

いま、目を覚ます。



崩れかけた聖域の空に、赤黒い靄が満ちていく。



それは、神々が交わした“禁忌の契約”が

現世へと滲み出す証だった。


 


“ドクン……ドクン……”


 


心臓の鼓動のような低音が、足元から震えを伝える。

その震源は、神殿の奥――



深く封じられた空洞にあった。


 


ヴァルゼクトは聖剣を握りしめる。


黒と白に脈打つ刃が、何かを待つように微かに震えた。


 


(……これが、神々が恐れたもう一つのものか)


 


闇に沈む大気が、ひび割れた空間に染み込んでいく。



重く、冷たい。

それでいて、何かを誘うような気配を(はら)んでいた。


 


 “――終わらせる。すべてを。”


 


 黒いもやが爆発するようにあふれ出した、その瞬間。


神殿を包む結界が、

バキッ!と音を立ててゆがんだ。


 


瓦礫が砕け、紅い光が走る。




ヴァルゼクトは聖剣を掲げると、

静かに目を閉じた。


 


 (違う。……これは“形あるもの”ではない)


 


これは、神が最期まで隠し通した“何か”。




(……神々を討つだけでは終わらない。

その先には、もっと深い絶望が待っているのかもしれない。)



それでも――



神々が滅びた後に現れる――


もう一つの“王座”を欲する存在。




自分は立ち止まらない。


「……俺が断つ。

お前が何であろうと、すべてをのみ込むつもりなら――」



 


聖剣ソル・レリクスが、

ひときわ鋭い光を灯す。


 


 


「この剣で終わらせる」


 


その声に呼応するように、


瘴気の奥から、影がゆっくりと輪郭を持った。


 


それは、神でも人でもない。



形を定めぬ、深淵の理そのもの。


 


(わら)う声が、空気を裂いた。





ヴァルゼクトの胸に、ひとつの疑念が灯る。



(まさか……これは――)


 


その瞬間。

赤黒い影が、地を這うようにのびていく。


 


彼の足元に、ねばつくように絡みついた。


 


 


空が――叫んだ。

まるで世界がひび割れるような音が、頭の奥に響く。


 


神殿を包んでいた光の壁が、

バラバラと崩れていった。


 


 


それでも――


その中心に立つ“何か“は、

まったく揺れなかった。


  



「……お前……まさか」


剣を抜こうとする声が、かすれた。




その瞬間だった。




――ひかりが、差しこんだ。


 


空気が止まる。


風も音も、時間さえも、凍りついたかのようだった。


 


 


「ヴァルゼクト。

そのものを――絶ってはなりません」


 


 


透きとおるような声が、空から降ってきた。


まるで鐘の音のように、遠くまで響いた。


 


それは、

あの妖精の女王――シュエルの声だった。




すべては、これから――。



 

三千年もの眠りの果てに目覚めたこの剣は、

かつて神々ですら恐れた“終焉の戦い”を見届けた証人。


 


そして今――

新たな主を選び、また歩みを始める。


 


(……久しぶりに、あの声が聞けたな)


 


ヴァルゼクトの胸に浮かぶ、その微かな想いを知るかのように、

ソル・レリクスは淡く光を揺らす。


 


その光には、ただの力ではない、

過去から未来へと通じる確かな意志が宿っていた。


 


この剣は知っている。


神々の崩壊の先に、なお立ちはだかる

“もう一つの理”の影を。



終わるのか。

それとも、すべては今、始まったばかりなのか。


 


彼の手に握られた聖剣だけが、

その答えを知っている。


 


だが一つだけ確かなことがある。


 


この剣は、

選ばれし者を導くためにこそ蘇った。


 


世界の終焉を越え、

新たな理を創りあげる、その日まで――。


 


物語は、なお深く蠢き続ける。


 


運命の鼓動が、静かに、しかし確実に加速し始めていた。

 


(第37話・了)



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


深淵から溢れ出す影は、

ただの憎悪ではなく、失われた過去と渇望が混ざり合ったもの。

それはヴァルゼクトが選んだ運命を、静かに試そうとしています。


三千年の眠りから目覚めた聖剣ソル・レリクス。

この剣が知る“真の戦い”は、まだ始まりに過ぎません。


そして、封じられた契約の行方。

魔女ノクシアとの繋がり。

この先、世界を覆す秘密が少しずつ明らかになります。


次回も、どうか彼らの旅路を見守ってください。


また次話でお会いしましょう。


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