はじまりの鼓動 ― 聖剣が眠る地で
かつて、神々の座に挑んだ者がいた。
それは、ただの反逆ではない。
“運命”そのものに抗い、
この世界を救うために選ばれた、唯一の存在。
そして今――
聖域に眠っていた“断罪の剣”が目を覚ます。
それは同時に、ヴァルゼクトの完全なる覚醒を意味していた。
神々が封じた“名”を取り戻し、
彼はついに、神すらも凌駕する真の力に目覚める。
世界の均衡は、音もなく軋みを上げる。
この章では、すべてが静かに、しかし確実に崩れ始める。
ヴァルゼクトの決断と、
ルシェイドの目覚め――
闇に蠢く“胎動”の正体。
そして、神々が長きにわたり封じ続けてきた
“始まりの罪”が、ついに白日の下にさらされる。
物語は、運命の選定へと進む。
“神を断つ者”の覚醒が、世界の未来を変えてゆく。
──新章、開幕。
空が――泣いていた。
崩れゆく聖域の奥、
誰にも届かぬ祈りは
風に溶け、静かに消えていく。
その静寂の底で――
“神を断つ剣”が、
確かに脈動を始めていた。
ソル・レリクス。
その名を知る者は、いまや世界にわずか。
かつて神をも震わせ、
天と地を裂いた“終焉の刃”。
いま――瓦礫の中で、
まるで“誰か”を待つかのように
微かに、光を灯していた。
そして、ひとつの影が近づく。
瓦礫を踏みしめるその足取りに、迷いはなかった。
「……ようやく、お目覚めか」
闇色のフードを脱いだ男の瞳には、
怒りと――深き決意の光が宿っていた。
ヴァルゼクト。
完全なる“記憶”。
真なる“名前”。
そして、神すらも超える“存在の核”。
すべてを取り戻した彼の手には、
長き眠りから目覚めし聖剣――
ソル・レリクスが、静かに応えていた。
(俺たちが目指す“神々の殲滅”……
その先に、本当に“救い”はあるのか?)
瓦礫に膝をつき、剣に手をかざす。
その瞬間、黒き稲妻のような力が、空間を割った。
――聖剣が脈動する。
まるで、この世界そのものが息を呑んだかのように、
空間が凍りつき、時間の流れが歪んだ。
静寂。
そして――爆ぜる。
「……ッ!」
視界が揺れる。
雷鳴のような衝撃が、背中を貫いた。
神殿の奥――
そこに封じられていた“何か”が、
聖剣の覚醒に呼応するように、目を覚ましたのだ。
黒き瘴気が、底から吹き上がる。
赤黒い靄が音もなく蠢き、
聖域全体を、胎内のように包み込んでゆく。
だが、それは単なる瘴気ではなかった。
――それは、“契約”の破片。
遥か古に、神々が世界の理を捻じ曲げてまで結んだ、
闇との“禁忌の契約”。
それは本来、永遠に発動してはならぬものだった。
だが今、
ヴァルゼクトの覚醒と、聖剣の目覚めが揃ったことで――
その契約が、“有効化”されてしまったのだ。
“ドクン……ドクン……”
低く、重く響く。
それは、世界そのものが脈打つような、禍々しき心音。
そして、そこに混じる“異音”。
“クク……ククククク……”
どこからともなく響く、
耳の奥をひっかくような嗤い声。
「……神々は、この世界を……我に与えた」
「なんと、素晴らしいことか……」
ヴァルゼクトが眉をひそめる。
思考に割り込むように、
見たことのない闇の光景が脳裏をよぎった。
――それは、滅びた神々の後に訪れる、“もう一つの支配”。
「……これは……違う。俺の力じゃない」
その声に応えるように、
彼の手の中で、聖剣ソル・レリクスが微かに震える。
(……聖剣の主よ。
お前が見たものは、“この世界の行末”)
ソル・レリクスが、彼に未来の断片を見せていた。
神なき世界に、新たな王座を欲する“者たち”の影を――。
神々が滅びれば、
空いた座には、必ず“別の存在”が現れる。
そのことを、神々は知っていた。
だからこそ、彼らは――
闇の種族と契約した。
ヴァルゼクトを、封じるために。
いかなる方法であろうとも、
彼の覚醒だけは防がねばならないと信じて。
そしてその契約には、発動条件があった。
――聖剣の目覚め。
――そして、その使い手の出現。
それは、ただの偶然ではない。
むしろ、運命が緻密に仕組んだ“引き金”だった。
聖剣の覚醒と、主の帰還。
その同時発現こそが、古の契約を“発動”へと導いた。
(……この剣の覚醒は、祝福などではない)
(これは、“何か”を招く――呼び水だ)
ヴァルゼクトは確信した。
そして、足元の瓦礫を踏みしめ、静かに立ち上がる。
「……来るぞ」
闇の底で、新たな存在が動き始めていた。
神々の崩壊は、終わりではなかった。
これは、“次の災厄”の始まり――
闇が、聖域へと迫っていた。
「……おまえは――誰だ?」
だが、そこには誰の姿もなかった。
それは“何かを断罪する覚悟”を決めた者の“姿なき力“だった。
「――俺は、世界を…….」
その一言が、空気の膜を裂いた。
刹那、聖剣ソル・レリクスが――
世界の意志に抗うように、静かに、しかし確かに引き抜かれる。
光が、舞う。
黒と白、混ざり合うような刃の煌めきが、
すべての運命を切り裂くように。
「この時を……ずっと待っていた」
その言葉の先には――
誰も想像できない未来が待っていた。
崩れゆく神殿、そこには
まだ“閉ざされた扉”があった。
これから守ろうとする“すべて”とは、
聖剣ソル・レリクスに選ばれし者の避けられぬ運命の幕開け――
忘れられた神々の影。
裁かれぬ罪の記録。
深淵より這い出る、“なにか”――
“黒の胎動”は、静かに、確実に。
新たなる“戦いの予兆”を告げていた。
第36話、ご覧いただきありがとうございました。
聖剣ソル・レリクスの目覚めは、
単なる“武器の覚醒”ではなく、
この世界に課せられた封印そのものを打ち破る
“象徴”であり“導火線”でもあります。
神々、闇、そして命の器たち。
三つの命脈が交差するとき、
この世界はかつてない選択を迫られます。
これは“破滅”の胎動か。
それとも、“創世”の胎動か。
世界は今、静かに――選ばれようとしていた。
次話では、その“前兆”がはっきりと形を現します。
ここから、世界が動き出す。
引き続き、彼らの旅路を見届けていただければ幸いです。
また37話でお会いしましょう。