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まだ、終わってない

静かに語られる“創られた存在”クロエニクスと、

彼女の核を持つ堕天使・ルシェイドの対峙。


名前を奪われ、過去を踏みにじられた彼の祈り。

そして“感情”を獲得しつつあるクロエニクスの、ほんの小さな揺らぎ。


これは、まだ終わっていない物語。

失われたものが、再び響き合い始める――その予兆。


白銀の風が、静かに頬をなでた。

目の前に立つ少女は、どこまでも無垢な顔で、ただ――微笑んでいた。



「ねえ、ルシェイド。あなたは、悲しいの?」



その声には、優しさがあった。

だが、どこかが――空っぽだった。


彼女の中には、“エルミナ”という名前も、その記憶も存在していなかった。

まるで最初から、その存在が――なかったかのように。



ルシェイドは気づく。

彼女の記憶は、「神々によって整えられている」。

都合の悪い過去も、感情も、まるごと切り落とされた“改ざんされた核”。



そして今、

目の前の少女は、“誰かの願い”を語るためだけに、そこにいる。



……それは、本当に彼女の言葉なのか?



「……でもね、ルシェイド」


クロエニクスは、ふと視線を落とした。

胸元に手を当て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「わたしは、ずっと考えてたの」

「“幸せ”って、なんだろうって」



そして――微笑んだ。



「きっと、“他人を消すこと”なのよ」

「そうすれば、大切な人はずっと傷つかない」



無垢すぎる声に、ルシェイドは言葉を失った。

その理屈はあまりにも歪んでいて、

けれどどこか“本気”だった。



「……違う」



ようやく、ルシェイドは絞り出すように返す。



「それは違う、クロエニクス」


「誰かを消して得る“幸せ”なんて……それは、孤独だ」



その一言に――


クロエニクスの瞳が震えた。



そして、

ぽろり、と。


ひとすじの涙が、頬を伝った。



「どうして……?」

「私は、あなたのために生まれたのに」


「あなたの“欠けた想い”を埋めるために……ここにいるのに……」



声が、震えていた。


感情の存在などないはずの“器”が、

まるで――“少女”のように泣いていた。



その涙に、ルシェイドはかつての自分を見た。

愛されたいと願い、裏切られた日の記憶が、胸を焼いた。



クロエニクスは、ただ問う。


「わたしは、間違ってるの……?」



ルシェイドが返答に詰まったそのとき――

空間が微かに揺れた。


 


……一方、神界。


淡い金色の光に包まれた“上位神の間”。



大理石の円卓を囲むのは、

神々の中枢を担う十二の座。



そのひとつが、低く(うな)るように告げた。


 


「クロエニクスが……“覚醒”を始めたようだ」


 


静寂。


いや、呼吸すら(はばか)られるような緊張が走った。


 


「予定より早い」

「感情の進化が、計画を超えている」


 


「本来、彼女は“器”として完成するはずだった……」

「意志を持つなど、ありえない」


 


幾つもの神声が重なり、苛立ちが空間に(にじ)む。


 


「原因は、“ルシェイド”か?」


 


「彼の存在が、彼女の“未熟な核”に揺らぎをもたらした」


「……やはり、あの天使は処分すべきだったのだ」


 


 


そのとき、ひとりの神が言葉を継いだ。


「だが――今、彼女を止めるのは得策ではない」


「“神殺しの器”として機能する限りは、感情進化も制御可能」


「それよりも問題は……“名”だ」


 


「消去したはずの『ヴァルゼクト』という名が、

微かに反応を示している」


 


神々がざわめいた。


 


「記憶の封印が……揺らぎ始めている……?」


 


「“第二の封印計画”を始動させろ」


「もし彼女が――“ヴァルゼクト”を思い出したら……」


 


「その時は――存在ごと、消去する」


 


光の間に、張り詰めた空気が満ちていく。


神々はまだ知らなかった。


 


クロエニクスが、もう“ただの器”ではないこと。

“想い”という名の火を、その胸に宿し始めていること。


それを――


 


「……違う」


 


沈黙の中、ルシェイドがぽつりと呟いた。


その声は微かに震えていた。

けれど、込められた想いは、確かだった。


「お前は“俺のため”なんかじゃない」


 


クロエニクスの涙のあとに残った微笑みは、

どこか危うくて、壊れそうだった。


 


「他人を消して、誰かの幸せが成り立つなんて……それは、願いじゃない。

それは、“命の否定”だ。」 


 


少女はその言葉に、ゆっくりと首を傾げた。


まるで、意味がわからないとでも言いたげに。


 


「でも……わたしは、そう教えられたの。

“あなたが苦しまないように、世界を壊せ”って」


 


ルシェイドは目を閉じ、かすかに息を吐いた。


その言葉の奥にある“記憶の欠落”に、確信を深めた。


 


――神々は、クロエニクスの感情を“加工”した。


都合のいい“優しさ”だけを残し、

それ以外の痛みも、愛も、すべてを削った。


 


 


「……やっぱり俺は、間違ってたんだな」


 


ぽつりと漏れたその言葉は、

ルシェイドの“過去”と“決意”を隔てる線だった。


 


「お前を創ったのは、確かに俺の核だ。

でも……それを“歪めた”のは、神々だ」


 


「だからこそ、俺は……」


 


静かに、けれど確かに彼は言い切った。


 


 


「神々に踊らされ、創ってしまったこの罪に――俺が、終止符を打つ」


 


「もう、誰にも――奪わせはしない」


 


それは、“神々の道具”にされ、

堕ちた者の――再び立ち上がる宣言だった。




ルシェイドの背が、ゆっくりと去っていく。


その姿を――クロエニクスは、無言で見つめていた。


 


風が吹いた。


白銀の髪が舞い、胸元の“核”が、静かに光を放つ。


 


片方は黄金。

もう片方は、深紅の輝き。


 


まるで、ルシェイドの眼差しを真似たように――


いや、それ以上に“深く”共鳴していた。


 


「……ヴァルゼクト……?」


 


クロエニクスが、ぽつりと呟いたその名は、

本来、彼女の記憶から“完全に消されていた”はずの言葉だった。


 


けれど今――


胸の奥に宿る“消された記憶”の底から、

その名前だけが、微かに浮かび上がった。


 


「……わたし、知らないはずなのに……どうして……?」


 


その声には、戸惑いと哀しみが滲んでいた。


 


ふと、瞳の奥がきらりと揺れる。


ほんの一瞬。

“人間らしい迷い”が、そこにあった。


 


そして、誰にも聞こえぬほど小さく――


 


「……ねぇ、わたし……なにか、大切なこと……忘れてる?」


 


 


胸の“核”が、脈打つ。


その鼓動は、確かに“何か”を呼び起こそうとしていた。


 


――記憶の底に沈められた、“もうひとつの願い”。


それが、静かに揺れはじめていた。



 



 


あの封印された神殿で、

“ヴァルゼクト”という名前をのみ込んだクロエニクス。


記憶からは消されたはずのその名は、

完全には、消えていなかった。


 


「神殿の中心で、微かな揺らぎが始まっていた。

それを静かに見守っていたのは――

女神、エルミナ。」


 


 


そして今、時が動き出す。


 


ルシェイドが、ついにヴァルゼクトと“初めて”対面する――


 


神々に命じられ、堕天の姿で降り立つルシェイド。

けれどその胸の奥にあったのは、ただ一つ。


 


「エルミナに……愛されたかった」


 

その想いが、彼を迷わせ、

“ヴァルゼクトの記憶”を支配しようとした。



――だが、それを阻止する者がいた。



小さな妖精、シュエル。

彼女こそが、“名を与えた者”――その存在に気づく者は、まだいなかった。




……だが、ルシェイドだけは、気づきかけていた。



“あの時”覗いた記憶の中にいた、あの妖精。

その面影と、目の前にいる彼女が――

どこか、似ている気がしたのだ。



小さな違和感。

けれど確かに、胸に残る微かな引っかかり。



それが、やがて“真実”へと繋がっていくとは――

この時、誰も知らなかった。



「この妖精……どこかで……」



その違和感が、確信へと変わるのは、もう少し先のこと。



だからこそ、彼は“旅に同行させる”と決めた。



本当のことを――確かめたくて。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、ルシェイドとクロエニクスの対話を通して、

“歪められた記憶”と“消された願い”の輪郭が、静かに揺らぎ始めました。



誰かのために創られた存在であっても――

そこに芽生えた感情が、本物ではないとは、誰にも言い切れない。



そして、クロエニクスの中に微かに浮かんだ「ヴァルゼクト」という名。

その名こそが、彼女の“器”を越えた存在への兆しかもしれません。



静かに、しかし確かに。

世界は、少しずつ変わり始めています。


 


次回、物語はひとつの節目を迎えます。

どうぞ、その瞬間を見届けていただければ幸いです。

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