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君が微笑んだ、その日から

命を与えられたのか。

それとも、利用されただけだったのか。


――ルシェイドの過去が明かされます。


愛した女神、エルミナ。

彼女の微笑みは、本当に「救い」だったのか。


名前とは、存在の証。

そしてそれを“奪われた”とき、人は何を失うのか。


神々の企ての中で、

彼はただ、愛を信じてしまっただけだった。


終盤、現れる“少女”クロエニクスの姿――

それは、あまりにも皮肉な創造だった。


愛しき女神――エルミナ。


 


……なぜ、俺だったんだ?


ただ、彼女の笑顔が見たかっただけだった。

ただ、その“温もり”に触れたかっただけだった。


それなのに――


 


「あなたが、ヴァルゼクトになればいい」


 


その言葉を信じた俺が、愚かだったのか?

それとも……信じさせた“神”が、あまりにも残酷だったのか。


 


違う。

本当は、気づいていたのかもしれない。

彼女の瞳の奥に、俺を見る色など最初からなかったと――


 


けれど……気づかないふりをした。

そうでもしなきゃ、“愛されたかった俺”が、壊れてしまうから。


 


 


……あの日、

俺は“ゼロ”の記憶を(のぞ)いた。


 


神々は言った。

「ゼロが出会った人物を見つけ出せ。

その名の起源を知るために、記憶を探れ」と。


 


隣で静かに微笑んでいたのは、他でもない――エルミナだった。


その微笑みが“偽り”だと知らずに……

俺は、ゼロの記憶に手を伸ばしてしまった。


 


 


「……妖精の森?

……少女と、竜の少年……?」


 


少女がゼロに語りかけ、

手から放たれる――小さな光。


 


その瞬間、

神々が息をのんだのがわかった。


 


その光は、“命を与える者”の証。

神々が最も恐れる力――


 


――“妖精王の名の力”。


 


 


神々は、決意した。

“あの名前”を、ゼロから引き剥がすことを。

そして、新たな“器”に押し込むことを――


 


その器こそ、

何も知らずに彼女を愛した――俺だった。


 


 


「“名前”とは、魂の座標であり、存在の証明。

それを神ではない存在が与えたとしたら……?」


 


「――しかも、それが妖精王だとしたら」


 


 


沈黙。

空気が、凍りつく。

それは神々にとって“最大の侮辱”だった。


 


「その名を奪え!」

「ヴァルゼクトを、この世界から切り離せ!」


 


 


……そうして選ばれたのが、俺。


記憶を覗き、名の由来を知った“ただの天使”。


 


利用しやすく、

操りやすく、

そして、感情に脆い存在。


 


「あなたの核ならば、あの名を移せる」


「あなたが、“ヴァルゼクト”になれ」


 


「そうすれば、ゼロはゼロのままでいられる――」


 


そう言ったのは、他でもない。

――エルミナだった。


 


 


俺の中で、何かが崩れた。

でも、彼女を疑いたくなかった。


 


「ゼロを守るため」

「この世界を救うため」


 


どんな言葉も、俺には“愛の証”に聞こえた。

……そう思いたかっただけなのに。


 


 


――結果は、“神を殺す器”としての刻印。


ヴァルゼクトという名を“奪うため”に、俺は神殿に送られた。


 


名の意味を捻じ曲げ、

記憶ごと封じられた神々の聖域。


そこにいたのは――

名もなき村人と、

小さな情報屋の妖精。


 


その妖精の名は――シュエル。


 


 


そうして俺は、

“天使”から、“神々の道具”へ。


堕ちるにふさわしい、悲しき堕天使となった。


 


 


けれど――

どうしても、ひとつだけ……聞きたかった。


 


 


「エルミナ、お前は――」


「……俺を、愛したことがあったか?」


 


 


答えのない祈りが、風に溶けて消えていく。


 


彼女の笑顔は、まだ記憶の中にある。

……けれど、それはもう――


 


温かくなんて、見えなかった。





──その問いに、答える者はいなかった。


 


ただ、風がひとひら揺れた。


そして。


 


「……久しぶり、だね。ルシェイド」


 


柔らかく、どこか懐かしい声が空気を震わせる。


振り返った先に、ひとりの少女が立っていた。


 


 


白銀の髪が、静かに風を撫でる。


宵闇(よいやみ)をすくうような、黒のリボンが揺れた。


そして――


左目には金色の光。

右目には、深紅の炎。


それはまるで、

俺自身の“裏返し”のような瞳だった。


 



まるで俺の心の裏側が、

そのまま形になったかのように。


 


 「お前……誰だ?」


俺は声を震わせながら問うた。


 


 


少女は、微笑んだ。


それは、かつて俺が愛した“誰か”に、よく似ていた。


 


「私は……クロエニクス」


「あなたの核と、“神々の願い”から生まれた存在」


 


 


心臓が、止まりかけた。


“俺の核”が……?


 


 


「私は“器”……あなたがなり損ねた、“完全なる姿”」


「でも――私は、あなたの“記憶”だけは、大切にしてるよ」


 


 


その言葉に、俺は息をのんだ。


なぜだ――

その笑顔が、エルミナに似すぎていた。


 


「どうして……そんな顔をする?」


 


クロエニクスは、俺の問いに首を傾げた。


 


「だって、私は……あなたが“本当に望んだ存在”として、創られたから」


「だから――あなたの目と、逆にしたの。ね?」


 


その瞬間、

俺の奥底で何かが(きし)むように鳴った。


 


彼女は俺の“破片”だ。

愛されたいと願った、俺の願望が生んだ、もうひとりの――


 


“堕天の少女”。


 


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、堕天使ルシェイドの視点から

“名前”に込められた想い、そしてそれを利用した神々の冷酷さを描きました。


エルミナを想う純粋な愛が、

もっとも非情なかたちで踏みにじられてしまった――

その過去は、クロエニクスという存在の誕生と悲劇に、深くつながっています。


少女として現れた彼女の“願い”は、果たして誰の願いだったのか。

そしてその姿は、これから何へと変わっていくのか。


ルシェイドとクロエニクス。

引き裂かれた“核”が、ふたたび響き合う日は来るのか――




静かに語られる“堕天使”の記憶、そして愛の残響──



次回も、ぜひお付き合いください。



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