神の裁断――運命に抗う者たち
天が裂け、封印が砕けた時、運命は“理”の名を借りた神々の裁断へと動き出す――
禁忌の覚醒とともに、“真なる災厄”が目を覚まそうとしていた。
これは、世界が最も恐れた瞬間。そして、命に名を与えた者たちが、理に抗い立ち上がる物語。
「それ以上……近づいたら、ダメーーーーーっ!」
シュエルの叫びが、裂けゆく空を引き裂いた。
バキッ…バキバキッ!!
ガッシャ……ガッシャーン!!
巨大な黒の封印檻が粉砕され、
虚空の奥――赤黒い双眼が、光をのみ込むように開かれる。
その眼に見つめられた瞬間、世界の呼吸が止まった。
「ッ……あれは……」
その瞬間、轟音と共に記憶の回廊が崩れはじめた。
ゴォゴオォォーッ!!
回廊にあった長い階段はどんどん崩れゆく中、美しい光が2人を導くかのように包み込んだ。
それは、“あの丘“から放たれた光。
光は、崩れゆく記憶の回廊から、シュエルとヴァルゼクトを包み込んだ。
それは、どこか懐かしくも温かい――けれど確かに“今”へと繋がる光。
柔らかな光の導きは、“あの丘”からのものだった。
かつて三人で笑い合い、空を見上げて夢を語った場所。
その記憶が、ふたりを“現在”へと連れ戻したのだ。
次に目を開いたとき、彼らは――妖精の森に立っていた。
その瞬間、空気が変わる。
風が止まり、木々が静まり返る。
森全体が、彼女の“帰還”に息をひそめるように――。
そこに現れたシュエルの姿は、かつての無邪気な妖精ではなかった。
長く流れる銀糸のような髪は淡い光を帯び、
瞳は翡翠のように澄みきって、神秘の光を宿していた。
背には透き通る翠緑の羽が広がり、
その周囲の空間までもが、精霊の祝福を受けたかのように輝いていた。
一歩、足を踏み出すごとに、花が風に舞う。
それはまるで――女王の帰還。
妖精王として、彼女はそこに立っていた。
彼女の横に立つのは、覚醒したヴァルゼクト。
黒と金の翼を持つ“禁忌の存在”。
対になるように、精霊の光を纏う“妖精王”。
破滅の魔女ノクシアがふたりの姿を見て、わずかに目を細めた。
「……よくぞ、無事で戻ったな。お前たちが帰ることを、ずっと信じていた」
その言葉に応じ、シュエルはゆっくりと歩みを進めた。
その佇まいに、誰もが息をのむ。
彼女の声は、静かに、けれど確かに空気を変える力を持っていた。
「……心配をおかけしましたね、みなさん」
「しかし、我らは戻ってきました。理なき裁きに終止符を打つために――」
「……私は、命の名を授ける者。だからこそ、命を奪う理には、絶対に膝をつかない」
その瞳は、かつて失った命に祈りを捧げながらも、なお未来を信じる光を湛えていた。
それは、闇に覆われた世界に灯された、わずかな希望の光。
そして、紡がれた言葉には柔らかさと強さが同居し、妖精王としての威厳と覚悟が宿っていた。
……しかし、その静寂は長くは続かなかった。
ビリッ……!
空間に走る不快な“裂け目”。
突如、空気が逆流し始め、森の温度が一気に下がる。
ゴゴゴゴゴ……
空そのものが軋み、歪んでいく。
そして――
甲高い笑い声が響き渡った。
「キャハハッ♡ また、また参上でーす。」
白と黒の衣を揺らして、あの“双子”が現れる。
白のロリータファッションに身を包んだ、無垢な笑顔のミゼリア。
黒のゴシックを纏い、冷静な瞳で世界を見下ろすネフィリア。
「えっ……なーんで、まだ2人戻ってきちゃうのかなー?意味わかんなーぃ」
ミゼリアは残念そうに、けれど楽しげに首を傾げる。
「死んでしまえば良かったのにね♡キャハッハッ♪」
「大丈夫よ。ここで死ぬことになるから……」
ネフィリアが告げると、七柱の召喚陣が彼女の背後に展開された。
空が軋み、神々の使徒たちが降臨する。
ミゼリアは、くるりと舞うように一歩踏み出し、笑いながら呟いた。
「だって、“神の理”って――都合よく作り変えられるおもちゃでしょ? だから、壊しちゃおっか♡」
「この世界は、私たちの“神”の理のもとに統べられる。
その理に背く存在は、粛清されるのみ――」
「理、か……」
ヴァルゼクトが歩み出る。
黄金と黒の翼を背に広げ、紅き魔眼で双子の方を見た。
「神々は“理”というものを、見誤っているようだな」
魔眼がきらめいた瞬間、空が震えた。
「神々が理を語るなら、俺は“生きる者の声”で応える――それが、俺の理だ。」
ノクシアが微笑み、魔法陣を展開した。
「……破滅の調律……」
ノクシアの足元に、漆黒の魔法陣が音もなく広がった。
その瞬間、空間がわずかに歪み、虚空から一本の杖が滑り出るように彼女の手に収まる。
「静寂より生まれし“無”の旋律。さあ……葬送の一楽章を踊りなさい。」
ノクシアが杖をわずかに傾けた瞬間、
空間そのものが破裂音のように“ドン”と沈む。
「――《終焉穿孔アルペジオ》」
ドシュゥゥゥッ――!!
漆黒の光が螺旋を描きながら天へと伸び、神の使徒を貫いた。
空間が震え、七柱のうち一柱が断末魔も上げぬまま霧散する。
その静寂の中――
ミゼリアは、ふわりと首を傾げながら呟いた。
「……破滅の魔女さんって。すごく……こわーい。」
まるで他人事のように、口元に指を添えて。
目元だけが、どこまでも冷たく笑っていた。
「この世の“終わり”が、本当に来るかもねぇ」
その呟きが落ちるより先に、影が動いた。
ルシェイドが一歩、前に出る。
その剣は抜き放たれた瞬間、凍てつく霧を纏い、氷晶の煌きが宙に舞う。
「シュエルは渡さない――」
その声には、冷たくも確かな“意志”があった。
「……この命、既に捧げる覚悟はある」
そして彼は、指を鳴らした。
“パチン”
その音を合図に、ルシェイドの影が、まるで生き物のように蠢き始める。
地面に広がった影は一気に実体を持ち、
黒い鎖となって空間を縫うように駆け巡った。
「術式展開――《影の牢獄》」
次の瞬間、影は見る間に網を張り、七柱の一体を絡め取った。
引きずり込まれた空間の中――音が消えた。
世界は凍てついたように沈黙し、ただ蒼い炎だけが、彼の刃を照らしていた。
そして時間の流れが“狂い”始める。
重く、鈍く、遅く――まるでそこだけが、神々の手が届かない異界のように。
「影の中は、私の領域。時も、律も、すべて歪ませる」
冷えきった空気が、世界を支配しはじめる。
影の牢獄の中、ルシェイドの剣に氷が音を立てて纏いつく。
まるで氷の意志を帯びた刃のように、白い蒼炎が剣身を包む。
「――《氷魔穿影剣》」
その一閃は、美しくも凶悪だった。
一拍の静寂の後、切り裂かれた神の使徒が音もなく崩れ落ちた――氷の花が散るように。
黒き影と蒼き氷が融合した刃が全てを終わらせる。
仲間たちの意志が、一つになる。
破滅の魔女、堕天の剣士、そして禁忌を背負った存在――
空から降る神の光に抗うのは、この地上で“抗うこと”を選んだ者たち。
ミゼリアは、小さく笑った。
「あんたたちなんか……神々すら怖いって言ってた“アイツ”に、みーんな殺されちゃうょ♡ キャハッ♪」
その瞬間――
闇の果て、空間の裂け目がぐにゃりと歪んだ。
ズゥン……ッ。
地の底から響くような、重低音の脈動が世界を貫く。
空気が震え、大地が不気味に鳴いた。
次の瞬間――“それ”は、立ち上がった。
漆黒の瘴気をまとい、無数の赤い目が蠢いている。
理が軋む。
存在するだけで、世界の法則が捻じ曲げられていく。
「……ッ!」
誰もが、無意識に――息をのんだ。
無数の赤黒い目が、闇の底で蠢く。
その奥――脈動する“心臓”のような光が、じわりと明滅していた。
それは、神々ですら名を封じた“真なる災厄”。
やがて、闇の奥から声が――ゆっくりと、世界を蝕むように響いてきた。
「――ようやく……目覚めの鐘が、聞こえたな……」
空が、裂けた。
光がのみ込まれ、闇が降りる。
神々の“裁断”が始まる――
だが、それに抗う者たちが、今、剣を抜いた。
これは、粛清ではない。
“神の裁断”――それは、理を問い直す者たちへの、最初の宣告だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
“神の理”に支配された世界で、命を守るために剣を抜く者たちの姿が、少しでもあなたの心に響いたなら幸いです。
次回、ついにその名が語られる――
“真なる災厄”との邂逅。
どうぞ、震える覚悟でお待ちください。