金色の檻、目覚めの咎
ついに“扉”が開かれた。
待ち受けていたのは、かつての自分――“禁忌”として神に封じられた存在。
世界の真実と向き合い、ヴァルゼクトは「選ぶ」ことになる。
これは、運命ではなく、意志で抗う者の物語。
――空間が、音を飲み込んだ。
開かれた金色の扉の奥、そこにあったのは“檻”だった。
天に届くほどの巨大な円柱の中心に、光と闇が交錯する茨のような封印が絡み合い、その中に――誰かが立っていた。
いや――それは、“誰か”なんかじゃなかった。
かつての俺だ。
「……お前……なのか?」
違う。
あれは、“誰か”なんかじゃない。
名前も、形もない。だけど――確かに、そこに“在る”。
光と闇がとけあうような揺らぎのなかで、ただ静かに……“それ”は、ずっと待っていた。
隣に立つシュエルが、震える声でつぶやいた。
ヴァルゼクトの胸に、雷のような既視感が突き刺さる。
見たこともないはずの姿。
けれど、知っている。
肌で、魂で、心の奥底で。
あれは――自分だ。
「ゼロ……?」
かつて名乗っていたはずの、虚ろな名を口にした瞬間。
檻の中心にいた存在が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、色がなかった。
金でも、紅でも、闇でもない。
ただ、空の世界を映す鏡のように。
「やっと来たか……僕」
それは確かに、自分の声だった。
檻の外に立つヴァルゼクトの体が、小さく震える。
熱いものが、背中からこみあげてくる。
呼吸が苦しくなるほどの懐かしさと、得体の知れぬ怖さ。
「何だ、これは……俺は……」
「君は、“僕”だよ。忘れてしまっただけさ。神が望んだ“器”――そして、神が最も恐れた存在」
檻の中の“自分”は、まるで語るように、いや“告げるように”言った。
「神々は恐れていた。完全でも、不完全でもない存在……“神の意志から外れた意思”を持つものを」
「俺が……神に作られた?」
「そう。“咎”として、世界の均衡を崩すためにね」
足元が崩れそうになる。
自分が、ただの村人だったはずが、神に創られた“禁忌”であるという、この世界そのものを嘲笑うような真実。
「じゃあ……俺は、最初から――」
「生かされていた。神々に管理されるこの世界で、“選ばれぬ意志”が芽吹かぬようにね」
ヴァルゼクトは目を伏せた。
心の奥で、何かが音を立てて崩れていく気がした。
村人として生きてきた記憶も、仲間と笑い合った時間も、全部――“創られたもの”だったのか?
神に造られた存在。
最初から、世界の敵として用意されていた。
……そんなの、認めたくなかった。
けど、今の自分の中で何かが目覚めているのを、確かに感じていた。
声がする。心の中で、囁くように。
『それでも、お前はどう生きる?』
ヴァルゼクトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……じゃあ、選ぶのは俺だ」
揺らいでいた瞳に、光が戻る。
「神がどう言おうと、俺が守りたいって思ったものは――全部、本物だったから」
「……?」
封印の中の存在が、静かに問い返す。
「……神が恐れたって、構わないさ。俺は――信じたものを守りたい」
「君は、それでも“神に逆らう”というのか?」
ヴァルゼクトは、少し笑って答えた。
「俺は……俺として、生きたい。それだけだ」
その瞬間だった。
檻が砕けた。
世界が反転するような轟音とともに、封印の鎖が四方に飛び散る。
光でも、闇でもない――黄金と黒が混ざり合った羽根が、ヴァルゼクトの背に広がった。
その姿は、まるで堕ちた神。
地上のどこかで、鐘が鳴る。
天界では、神々がゆっくりと目を覚ます。
そして、“神の使徒たち”は知る。
世界を揺るがす、“禁忌の目覚め”が始まったことを。
「さあ――これが、俺の選んだ“答え”だ」
全てを切り裂く覚醒の風が、世界を駆け抜けた。
……だったら、なぜ震えている?
ヴァルゼクトの中で、もう一つの意志が目を覚ます。
『ようやく、ここまで来たか』
砕けた封印の中――“もう一人の俺”が、ゆっくりと動き出した。
黒と金の羽根を広げ、その姿のまま静かに歩み寄ってくる。
鎖の残骸が音を立てて軋む。
金色の光のなかに、一筋の“闇”が差し込んだ。
『思い出したか? あの日、神々に捨てられた理由を』
「……俺が、“神に創られた禁忌の存在”だからか」
『そうだ。お前は選ばれたのではない。創られたのだ――神々のエゴの果てにな』
思い出す。
幼い頃、神殿の片隅で、ただひとり泣いていた少年。
その頭上に降り注いだのは、救いではなく――拒絶だった。
――お前は不完全だ。神の名を騙るな。
あれが“最初の拒絶”。
そして今、ここが――“最後の覚醒”のとき。
「ヴァルちゃん、だめ……それ以上、近づいたら!」
震える声が、背後から届いた。
それは、ずっとそばにいた小さな存在――シュエルの声だった。
「……あれは……君……なのか?」
その一言がすべてを語っていた
信じたかった。けれど、目の前にあるのは“神が恐れた存在”。
それでも、ヴァルゼクトは一歩を踏み出しました。
覚醒と共に動き出す世界。
次回、さらなる波乱が待ち受けます。