金色の扉の先で――ゼロとの統合
名前も記憶も失っていた“名もなき男”が、ついに――自分の“原点”と向き合います。
金色の扉の先で待っていたのは、かつての自分。
過去と現在、ゼロとヴァルゼクト。
交錯する記憶と感情が導くのは、世界が恐れる“真の存在”の目覚め。
これは、“運命に選ばれた存在”が“自分の意志で目覚める”瞬間の物語。
どうぞ、最後までお付き合いください。
「……ねえ、ヴァルちゃん。あの階段の先にある“扉”……開けなきゃ、きっと何も変わらない」
シュエルの声は、静かながらも確かな決意を帯びていた。
その瞳が見つめていたのは、記憶の中に佇む、あの金色の扉。
扉の奥に、何があるのか。
彼女はもう、知っているようだった。
「……お前も見えていたのか」
ヴァルゼクトは、ゆっくりと扉の前に立った。
記憶の中にあるにも関わらず、扉から伝わる気配は“現実”以上に重く、強烈だった。
ギィ……。
重い音を立てて扉が開かれた瞬間、黒い風が吹き抜けた。
黄金に光るはずだった扉の先に、広がっていたのは――
漆黒の世界。
「ここは……」
ヴァルゼクトの胸が、どくんと脈打つ。
その瞬間、彼の中に封じられていた“過去の記憶”が、一気にあふれ出した。
そこは、名もなき闇の世界。
何もない空間で、ただ“力”だけを与えられ、感情すら知らずに育てられた少年。
「ゼロ……」
そう呼ばれていた。
それは“存在しない”という意味の名前。
感情を持たず、ただ破壊の力だけを宿す“理に反する”子。
神々によって造られ、神々によって監視されていた。
彼は神々の実験体であり、器であり、同時に恐怖そのものだった。
しかし、ある日――
「……あなたに、名前をあげる」
差し伸べられた小さな手と、翡翠色の瞳。
それが、シュエルとの出会いだった。
「“ゼロ”じゃなくて……“あなたの名前”を」
それがすべての始まりだった。
感情を知り、怒りを知り、そして――“守りたい”という想いを初めて知った。
その感情こそが、神々の予想を超える禁忌の目覚めだった。
「俺は……“ゼロ”だった。名前も、記憶もすべて失う前……俺はこの漆黒の世界で生まれた」
ヴァルゼクトのつぶやきに、シュエルが小さく頷いた。
「やっぱり……ここが、ヴァルちゃんの“原点”なんだね」
「いや、違う」
彼はゆっくりと振り向き、シュエルを見つめた。
「お前と出会って、初めて“ヴァルゼクト”になれた。だからこそ、もう……“ゼロ”のままではいられない」
その言葉と共に、扉の奥から――“ゼロ”が現れた。
幼い頃の姿ではなく、大人のヴァルゼクトと同じ姿をしたもう一人の自分。
漆黒の衣、紅と金の瞳。静かに、無表情で彼を見ていた。
「……来たか、“俺”」
そこには、“ゼロ”とヴァルゼクト――二人の“自分”が、確かに存在していた。
同時に、周囲の空間が淡く光を帯びていく。
ヴァルゼクトは、ゆっくりとその男の瞳を見つめた。
片方は紅――灼熱の感情を宿した瞳。
もう片方は金――ゼロとして封じられていた記憶の光。
その瞬間、彼は気づく。
(俺の目も……同じ色……オッドアイ……)
赤は“今を生きる者”の証。
金は“かつて存在したゼロ”の痕跡。
だが、融合が進む中で――金色の光は静かに消えていく。
「……そうか」
彼は静かに目を閉じた。
(過去はもう、俺の中にある)
そして目を開いたとき、両の瞳は深紅に染まっていた。
それは、“破滅の魔女”ノクシアの瞳すら凌駕する、絶対の魔眼。
世界の理すら拒む、意志の色だった。
「俺は、もう迷わない」
ヴァルゼクトの声が、空間に響き渡る。
金色の目が消えたことで、ゼロの記憶は完全に“統合”された。
もう、過去に縛られることはない。
そして、今の自分を否定する理由もない。
「俺は、ゼロであり――ヴァルゼクトだ」
その言葉と共に、空間が揺れた。
そして、その瞳――
金と紅、ふたつの記憶と感情が融合した魔眼が、ゆっくりと開かれる。
それはかつてのゼロの象徴であり、ヴァルゼクトの証でもある。
だが今、それは誰にも定義できない“新たな存在”の輝きだった。
——それは、神々すら恐れる、真の“禁忌の目”だった。
「お前は俺の一部。だが……お前だけでは、俺は完成しない」
「…………」
ゼロは何も答えず、ただ一歩、前に進んだ。
その手を、まるで鏡のように同時に伸ばし――
次の瞬間、二人の身体が重なった。
空間を満たす眩い奔流の中――
シュエルはまるで、すべてを見届ける“鍵”のように微笑んでいた。
「これでようやく、“本当のヴァルちゃん”になれたね」
黒と金の力が融合し、ヴァルゼクトの中で、すべての記憶が結びついていく。
神々に封じられた記憶。
封印された感情。
シュエルと交わした、“守る”という誓い。
そして、自分という存在をかけて、理不尽に抗い続けた過去。
そして――
**“あの約束”**も、確かに思い出していた。
いつかきっと、自分を取り戻すと。
たとえ記憶を失っても、名前を忘れても――あの手を、もう二度と離さないと。
「俺は――」
世界が、息をのむ。
神々の名すら凍りつくような、静かな一言。
「……俺は、“神々が最も恐れる禁忌の存在”――ヴァルゼクトだ」
その言葉と共に、彼の背に漆黒の翼が広がる。
双眸は紅に輝きを宿した。
その瞬間、監視者の存在が揺らぎ、神々の気配がざわめいた。
これはもう、止められない覚醒。
誰にも、この運命を封じることはできない。
扉が静かに閉じる。
そして、ヴァルゼクトは階段を降り、今度は――“自分の意志で”歩き始める。
「ありがとう、シュエル」
「へへっ。……だって、ヴァルちゃんは“守る”って言ってくれたじゃん」
笑う彼女の横顔を見ながら、ヴァルゼクトは静かにつぶやいた。
「俺はもう、俺自身を否定しない」
その言葉に、漆黒の空が、ゆっくりと晴れていく――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回、ヴァルゼクトは「名前を取り戻す」のではなく、
「過去と感情のすべてを受け入れた上で、ヴァルゼクトとして“名乗る”」という選択をしました。
それは、ただ記憶が戻ったからではなく、
“あの約束”が、彼の中にずっと残っていたからだと思っています。
次回からは、“覚醒したヴァルゼクト”と、“彼を恐れる神々”の本格的な対立が始まります。
物語は、ここから加速します。
どうか、この先も彼の旅を見守っていただけると嬉しいです。
※この作品は【第13回ネット小説大賞】応募作品です。
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