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封印の記憶――村人Aの真実

あの日、彼は“すべて”を捨てた。

名も、記憶も、そして――心までも。


ただの村人Aとして始まった物語は、静かに動き出す。

本当の名前を、取り戻すために。


第25話「封印の記憶――村人Aの真実」

自らを封じた理由と、その果てに待つ“再会”の予兆。

ここから先、もう“ゼロ”ではいられない。


「……ゼロ……あなたでしょ?」


その言葉は、長く閉じ込められていた記憶の扉を、そっと叩く音のようだった。

ヴァルゼクトの胸の奥で、忘れかけていた何かが揺らいだ。


その瞳に、答えを求める光があった。

けれど――彼は答えられなかった。彼女はいなくなった。


あの光の中に、全てが溶けてしまったのだ。


 


シュエル。

妖精王。

そして、かつて“あの森”で出会った、美しい光の存在。


 


彼は両膝をつき、燃え尽きた結界の中で空を見上げていた。

黒龍エルドリクスの封印も終わった。

そして――シュエルは、もう、どこにもいない。


 


「……俺は……」


声にならなかった。

呆然(ぼうぜん)と、空を裂いた黒き剣が、なおも右手に残っていた。その重みが、彼の罪を刻むようだった。

あの剣が、シュエルの背中に向いていた。

あの瞬間、確かに“ゼロ”としての自分が存在していた。


 


神々が降り立つ。

無慈悲な声が、戦場の上に降る。


 


「ゼロ。汝は(ことわり)から逸脱(いつだつ)しすぎた」


「世界の均衡を崩す“再生”と“破壊”に肩入れしたお前に、存在価値はない」


「――お前は封印される存在だ」


 

神々が手を上げた。

再び世界を“整える”ために。

規格外の存在を粛清(しゅくせい)するために。


 


その時、ヴァルゼクトは笑った。

乾いた、ひどく悲しい笑みだった。


 


「……バカバカしい」


「世界を守るだと? お前たちは……一体何を壊してきた?」


 


空がざわめく。

神の怒りが大気を揺らす。


 


けれど彼は、動かない。

ただ剣を、地に突き立てる。


 


「もう、誰も守らなくていい」

「もう、何も思い出したくない」

「もう、“ゼロ”なんて名前――いらない」


 


彼は、胸の奥に眠る力に、逆らうように命じた。

自分自身を――名も、記憶も、力も――閉ざすために。

それは、心も力も名も沈める、静かで残酷な封印だった


 


「この名も、力も、誰かを傷つけるなら――」


 


光が、深く渦を巻いた。まるで命の中心が、少しずつ削り取られていくように――。

彼の体は力を失い、静かに崩れ落ちていった。


 


 


──そして。


 


 


小さな村。

草原の向こう。

畑の端に、ひとりの青年がいた。


 


「おーい、 こっち手伝ってくれ!」


「はいはい、今行く!」


 


名もなき村。

名もなき青年。


彼は、ここで暮らしていた。

穏やかで、誰にでも優しく、村の子どもたちにも人気だった。


けれど――その目の奥には、何かが抜け落ちている。


 


夜。

満月の下、草の上に座った彼は、ふと呟く。


 


「……なんで、こんなに……胸が、苦しいんだろう」


誰の名かもわからない。

けれど、風の中に、微かに残る記憶があった。


 


花の香り。

笑い声。

そして――


「……ゼロ……あなたでしょ?」


 


その声だけが、心の奥に刺さったままだった。


 


(終わりたいのに……終われない)

(忘れたいのに……消えない)


そうして彼は、“ただの村人A”としての物語を始める。


 


けれど、その物語の結末には――

もう一度、“あの名前”を呼ぶ日が待っている。


 

その時だった。


無音の空間で、かすかな光が弾けた。


――閉ざされた記憶が、ふいに呼び戻されたようだった。




ヴァルゼクトの脳裏に、焼きつくような記憶が流れ込んだ。


 


金色の光に包まれた巨大な神殿。


漆黒の鎖が天から降り注ぎ、まるで魂ごと封じ込めるように彼を縛りつけていた。


神々は語っていた。


「これが最後だ。お前の力を、永遠に葬る」


幾重にも重ねられた封印術、空間すら軋む異様な呪文。


何も言えず、何も動けず、ただ命の根ごと封じられていく。


 


“それでも、力は消えてなどいなかった。”


暗闇の中で、彼は気づいていた。


魂の奥に脈打つ衝動――

それは破壊でも、再生でもない、“抗う意志”だった。


神々の声が、空間に焼きついたように響く。


「お前の存在は、理に逆らう。ならば、理ごと塗り替えられる前に、消すしかない」


 


“……そうか。だから俺は――村人Aとして生きていたのか”


自らの力を封じ、名も、記憶も、存在すら切り離し、ただ「生き残る」ことを選んだ。


それが、あの小さな村での、静かな日々の正体だった。


 


だが、今や全てが戻った。


力も、記憶も、そして――


失ったはずの“約束”すら、胸の奥で囁いている。


 


彼は目を伏せ、静かに呟いた。


「……思い出した」

俺がなぜ恐れられ、なぜあの日――彼女の背に、剣を向けていたのか。


世界を守ると信じた誰かの背に、自分が影のように立っていた理由も。


 


その瞬間、空間がわずかに震えた。


次に“あの声”を聞いたとき――彼はもう、“ゼロ”ではいられない。


 


──すべては、あの日から始まっていたのだ。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

神々に封じられ、自らも記憶を閉ざし、ただ生き延びた“村人A”。

その静かな日々の裏にあったのは、守れなかった“約束”と、奪われた“名前”でした。

けれど――

運命はもう一度、彼を物語の中心へと引き戻していく。

次回、『記憶なき再会――運命を導く者』


「本作は、【第13回ネット小説大賞】および【集英社Web小説大賞】の両方にエントリー中です。」

どうか引き続き、応援よろしくお願いいたします!


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