妖精の森に眠る約束
妖精の森と、黒き龍が棲む山。
そこで出会った三人の子供たち――名もなき少年“ゼロ”と交わした、ただ一つの約束。
本話では、記憶の奥に眠る“始まりの時間”を描きます。
優しさと哀しさが交差する、静かな回想。どうぞお楽しみください。
(……わたしは、“あの約束“を覚えている)
風が、森を撫でていた。
陽光に透ける葉が、ささやくように揺れる。
それは、何でもない一日だった。
けれど、三人にとって――きっと、永遠に忘れられない一日。
一人は、光そのもののような存在だった。
朝露のきらめきのような瞳を持つ、無垢な妖精の子。
一人は、山を越えてきた小さな竜。
金色の瞳に、優しさと孤独を隠した、炎の子。
そして、最後の一人は――
どこか影のように、音もなく現れた。
「……君の名前、なんて言うの?」
妖精が問いかけた。
少年は、少しだけ目を伏せて、ぽつりとつぶやく。
「名前なんて、ないよ」
「“ゼロ”って呼ばれてる」
その言葉に、森の風が少しだけ止まった気がした。
彼の目には、恐れも怒りも、笑顔もなかった。
ただ、何かを失くしたような、どこまでも深い虚無が揺れていた。
「じゃあ、ゼロくん。ここでは、私たちと遊ぼうよ」
妖精の子――シュエルが笑った。
そしてその笑顔に、竜の子――エルドリクスも頷いた。
ゼロは、ほんの少しだけ戸惑った後、ゆっくりと手を伸ばした。
その手が触れた瞬間、私は確かに感じた。
この子は――壊すために生まれた存在なんかじゃない、と。
それが――三人の物語の、すべての始まりだった。
ゼロは、“神の教会”から抜け出してきた少年だった。
感情も、自由も奪われ、番号だけを与えられた子供たち。
掟を破り、ほんの少しの“生”を感じたくて――彼は森に来ていた。
この森は、彼にとって唯一の“呼吸できる場所”だった。
三人は、すぐに打ち解けた。
エルドリクスは彼に空を教え、
シュエルは彼に花の名を教えた。
そしてゼロは、何も言わずに二人と歩いた。
いつの間にか、笑っていた。
いつの間にか、未来の話をしていた。
「いつか、三人で旅に出よう」
「この世界の外に、行ってみたいね」
そして、その日。
彼らは“約束”を交わした。
誰にも知られず、記録にも残らない、ただの子供の約束。
けれど――
それが最後だった。
次の日から、ゼロは二度と森に現れることはなかった。
あの日、ゼロと呼ばれた少年は――
果たしてもう、この世界にいないのだろうか。
それとも、誰かとして生き続けているのだろうか。
そして、今。
神々のもとに、一振りの黒き剣を携えた者が現れた。
その名は――ヴァルゼクト。
けれど私は、まだ気づいていなかった。
あの日、あの森で手を伸ばしてきた少年と、同じだなんて――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
このお話は、“ただの回想”ではありません。
ゼロと名乗った少年が、どんな心を抱えていたのか。
妖精と竜と過ごした、たったひとつの“約束”が、物語の根幹を静かに支えています。
次回、神々と共に現れる黒き剣の持ち主――その名を知ったとき、シュエルの心に走る衝撃と覚醒。
平穏だった記憶が、戦いの引き金に変わります。
本作は**「第13回ネット小説大賞」応募作品**です。
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それではまた、次の章でお会いしましょう。




